一難去ってまた二難
「超能力を消したァ!? 何言ってんの!?」
「俺も自分で何言ってんだって感じだけど……多分、消した……」
あの後、その場でメッセージアプリを開きディケのグループチャットに【いまロキの奴らに会った。話したいことがある】と送った。
すぐに既読がつき直接話そうという流れになったため、三人で部屋に集まり今に至る。
黒瀬は長い息を吐きながら机に項垂れた。
「無事だったならとにかく良かったよ〜。……けど、消したなら礼奈の暴走も収まってるはずだよね」
「粒子化から戻ってないのが良い証拠でしょ。絶対気のせい」
「え〜!? 綿来くん、私にもできる? その消すやつ!」
「やるの!?」
「だって戻せる感じはするんでしょ?」
疑って信じない黒瀬に対抗するためか宝木さんが自ら買って出た。怖いもの知らずにもほどがある。
「ちょっと待って。それで戻らなくなったらどうすんのさ」
「あれ〜? 彗は信じてなかったんじゃないの〜?」
「もしもだよ。信じてるわけじゃない。……綿来、僕にやってみてよ」
「マ、マジで言ってる!?」
「マジ」
黒瀬の目は覚悟が決まっていた。一番最悪なのは黒瀬の超能力が消え、戻らないこと。これなら何も起こらない方が良いのではないか? と色々考えていれば黒瀬から「早く」と催促される。
「俺責任取れねぇぞ!?」
差し出された腕を掴み感覚を研ぎ澄ませ——発動した。
黒瀬の腕から手を離しパイプチェアに座り直す。
「……なにも変わった感じしないけ……ど……!?」
空になったガラスのキャニスターに手を翳すがなにも起こらない。黒瀬の念動力が発動しないのだ。
「す、彗の超能力が……!?」
「え、嘘でしょ。調子悪いだけ……とか今まで無かったな、本当にそんなことが……」
「ヤバいヤバい、戻す! 戻すから!」
絶対に戻せるという確証はないが机から身を乗り出し、黒瀬の肩を強く掴んだ。深呼吸し心を落ち着かせ、もう一度発動させる。
「……あ」
次は無事にキャニスターが空中に浮遊した。
黒瀬の念動力が戻った証拠だ。
「よ……良かった…………」
俺は緊張から解放され、背もたれへ重心を移し天を仰いだ。
「本当に消せるんだね!?」
「黒瀬今の本当か!? 演技じゃねぇよな!?」
「なんで疑ってた人間が演技すんのさ!? てか綿来が言い出したのになんで驚いてるんだよ!?」
「お、俺だって自分で信じられなかったし!」
俺の慌てる反応に続いて黒瀬も驚く。部屋の中はプチパニック状態だ。
「……で、切替能力が判明したところで……これ、報告する?」
黒瀬は副リーダーである宝木さんに尋ねた。
「うーん……一応報告だけしておくね。綿来くんはまた検査になると思うよ〜」
「超能力波がやっとキャッチできるかもね」
「いやーどうだろな〜?」
とは言いつつも、黒瀬の言葉に浮ついた心持ちになっていた。
そうして話題は来留さんへ移った。
「来留さんって、粒子化してたら精神感応使えないのかな。少しでもキャッチできたら良いのに」
「どうなんだろ、聞いた事ないなぁ〜」
「それより来留はなんで見つからないんだろね。あの人の強化能力は三分なのに」
黒瀬に言われて今更ながらハッとした。
暴走しない程度の強化が三分という制約なら、暴走させる強化ならもっと時間が短縮されるはずだと考えるのが普通だ。
なのに来留さんは一向に発見されない。
「佐倉さんの仮説を基に考えられるのは、暴走自体はすでに終わってて元に戻ってるけど、遠い場所で戻るに戻れないパターンとか? 暴走が続いてるなら、強化能力はあくまできっかけにしかすぎなくて、自分で暴走状態から抜け出せない……とか?」
「ループ状態ってこと?」
「そうそう。ちょっと分からないことが多すぎて、どれも憶測でしかないけど……」
「ま、とにかく綿来が第二の超能力に覚醒したってのは本当だったってことで。……来留が帰ってきたら忙しそうだね」
二人が同時にこちらを見る。
「……えっ?」
「任務がすぐ終わりそ〜!」
「お役御免にならないように頑張らないと」
好き勝手言いながら椅子から立ち上がり帰る雰囲気を出す。俺はまだまだ超能力者と対面で渡り合える人間ではないのだから、大きな期待は寄せないでほしいところだ。
「あ、連絡返ってきた。綿来くんは明日、支部で検査してって」
「分かった、行ってくる」
「いや僕も行くよ。検査結果気になるし」
「え、私も」
「そんなに気になる!?」
二人の野次馬魂が炸裂し、結局全員で向かう約束をした。
「今日はエビフライですよ〜」
帰宅後。ダイニングテーブルにはご飯、味噌汁、きゅうりのサラダ、そしてエビフライが五尾鎮座している。
「いただきます」
いつものように味噌汁から始まり、エビフライへかぶる。ぷりっとした歯応えとざくざく食感に舌鼓を打つ。
「綾人、最近任務の方大丈夫なのか? 大変だったんだろ?」
「そうなんだよ。今は休止中」
親には心配をかけると思い、オブラートに包んで説明はしてあった。あまり探られないよう、簡単に答える。
「はぁ〜そうか」
「あと、俺……本当に超能力に目覚めたかもしれない!」
「え〜ほんと〜?」
真剣に言っているのに母は笑いながらきゅうりサラダを食べている。ほんの少しムッとして今日の出来事を一部掻い摘んで伝えた。
「——って、ことだから。これは本当に超能力でしょ!」
「う〜ん……」
父はエビフライを見つめながら考え込んだ。
「なに?」
「それな……もしかしたら……もしかしたらだぞ」
「だからなに」
父は食物を嚥下すると真っ直ぐにこちらを見た。
「雪女の血……かもしれない」
「……ゆ、雪女……?」
挟んだはずのきゅうりが箸から滑り落ちる。
どうしてここで新たな妖怪の名が出てくるんだ。
「雪女? 初めて聞いたわよ?」
「俺も今まで忘れてた。だいっっぶ古い血だけどな」
「……そ、それがなんでこの力と関係あるんだよ……」
「雪女は精気を吸い取る力があるんだ。それが変化して目覚めたのかもな」
「退化というか、進化? なんだろうね〜」
先祖に雪女の血が入っているというところまでは理解した。だが、精気を吸う力が超能力の切替能力に変化した? 流石にこじつけにもほどがある。
「父さんが言ってるのは無理矢理だ。それっぽく繋げてるだけ」
「だからもしかしたらって言ったじゃんかよ〜! 推測だからそんなに怒るなって!」
「別に怒ってないし」
俺は茶碗からご飯をかき込み、両手を合わせてから食器を運んだ。
階段を駆け上がり自室のベッドへ背面からダイビング。
先ほどからやたらモヤモヤとイライラが渦巻いて消えてくれなかった。
どれだけ俺を妖怪の枠から出ないようにしたいんだ、と父への怒りが収まらない。
「……くそ……明日分かることだし……!」
俺はやるべきことを最低限済ませ、さっさと眠りの海に潜った。
*
一旦睡眠を挟んでしまえば怒りは薄まっていた。だが薄くなっただけで消えてはいない。
朝食を取り身だしなみを整え制服に袖を通し学校へ足を運ぶ。教室でスマートフォンをいじっていると一瞬だけ教室の中がざわついた。
思わず反応してしまい教室全体を一瞥する。
紅茶にミルクを垂らした色をしたふんわりとうねる髪に色素の薄い目。
来留さんだ。
けれど本当に彼女か? 見間違い? 夢? いやそんなわけない、これは現実だ。
彼女がバッグを机に置くとこちらの席へ向かってきた。
「…………心配、かけたな。ごめ——」
俺は来留さんの腕を引いて廊下へ出た。階段を降り、その裏側の空いている隙間に入る。
「本当に……来留さん……!?」
両腕を握ると、形がある。熱がある。生きている。
目の奥がじんと痛くなった。
「そうやで。……昨日の夜にやっと戻れてん。多分暴走させられたらしいな。……それと、綿来くんが別の超能力に目覚めたかもしれんって話も聞いた。戻れたのも綿来くんのおかげなんやろ?」
俺は来留さんから手を離さなかった。離せず、そのまま屈み込むと二、三滴の雫が床に落ちた。
「俺は……あのときなにも、できなかった……来留さんが戻ってくれて……生きてて……良かった……」
「なんか、そんなに言われたら恥ずかしいわ」
薄紅色の頬をした彼女が眉尻を下げながら笑みを浮かべた。俺も、彼女につられて口角を引いた。
夕刻。支部で再度検査することになったため、黒瀬と宝木さんを部屋で待つ。事情を知った来留さんも「私も行くわ」と言い出し、彼女も同様に待機。
「おつかれ〜……って、れ、礼奈〜!?」
来留さんを見るや否や、宝木さんはダッシュし抱擁した。抱きしめられた強さから「ぐえ」と潰されたような声を上げる来留さん。
「精神感応でもなんでもいいから、戻ったなら教えてよ! なんで黙ってたの!」
「いきなり精神感応でもしたらびっくりさすと思て……ご、ごめん」
「戻ったのは良かったけど……体とか、超能力は大丈夫なの? 安静にしてる方が良いんじゃない?」
黒瀬はキッチンでなにやら作業をしながら冷静に尋ねる。
「検査も異常なかったし、体調も万全やで。夜に研究員バタバタさせたのは申し訳なかったな……」
「テミスからも礼奈の調子次第で任務再開、ってメール来てる。……礼奈、本当に無理しないでね」
「分かっとるよ。二、三日様子見てみるわ……お?」
キッチンから出てきた黒瀬が持ってきたのは切り分けられたホールのシフォンケーキ。真ん中にどんと置き、小皿を四人分並べた。
「暇だったから作ったんだけど、快気祝いってことで」
「うわ、黒瀬のお菓子久々! いただきます〜」
「あ、なんか甘い匂い! メープル?」
「正解」
皆シフォンケーキに群がり、しっとりと弾力のあるケーキを味わう。噛めばメープルシロップの香りが広がった。
来留さんはすでに二切れ目に突入している。
「食べるの早くない? 喉詰まるよ」
「いけるいける」
「礼奈ゆっくり食べなよ〜」
心のどこかでもう無理なんだと絶望が襲ってくるたび、必死に掻き消して押さえ込んでいた。
そんな諦めかけていた景色が、目の前にある。
メープルシロップを混ぜ込んだシフォンケーキは少しだけしょっぱかった。
「他人の超能力を操作する超能力……ねぇ。礼奈ちんの暴走といい、分からないことが多すぎて頭がこんがらがるわ〜!」
「あの佐倉さん、検査は……」
「いまやっとお昼ご飯だから! 食べ終わってからでいい? ……あっち! あ、その辺座るなりご自由に!」
支部に来たものの健診ルームで佐倉さんは見つからず、医務室にてインスタントのカップうどんを啜る彼女を発見。
俺と黒瀬はパイプチェアに、来留さんと宝木さんはベッドに腰をかけた。なんとも自由気ままな空間だ。
「礼奈ちんは本部で検査してもらったんでしょ? なんて言われたの」
「状況からして暴走させられたのは確実やて。三分でそれは終わったけど、広範囲に散らばってもうたから回復にだいぶ時間かかったみたいや」
「ほー。じゃあ結局アヤトンの目覚めた超能力は関係なかったってこと?」
「けど……綿来くんがロキと接触して強化能力を消した時あたりから、急激に回復が早まったらしい。私を感知てくれた接触感応能力者の研究員さんが言うてた」
「へえ〜。じゃあ本来ならもっと時間かかってたってわけか」
表情が崩れそうになるのを唇を喰んで誤魔化す。来留さんが気を遣って嘘をついてくれているんだろう、と心の中で唱え続ける。
「それにしても、何を狙ってるんだろうね。礼奈を戦力外にさせた次は、綿来くんを連れて行こうとしたんでしょ?」
「暴走させようとしたけどできなかったから、物理的に消そうとしたんじゃないの? ……いや、それなら四人目の仲間が強行手段に出るはずか」
「分からないことが多すぎる〜! 仕事をこれ以上増やさないでくれ!」
佐倉さんはヤケ食いするようにうどんをずるずると吸い込んだ。
今考えればもっと相手の情報を引き出すべきだったな、と反省。
「……さて、食べ終わったし検査しますか〜」
「お、お願いします!」
健診ルームへ移り機械の準備をする佐倉さん。いつものように電極を額にぺたぺたと貼り付けていく。
「発動するイメージで良いから、やってみて。それでキャッチはできるから」
「分かりました」
あのときの感覚を最大限まで思い出し、切替能力を発動するイメージを持つ。
「佐倉さん、どうですか?」
「……ん? やってるの? こっちは特に変化が……」
「綿来、僕でやりな」
経験済みの黒瀬が躊躇うことなく左腕を出してきた。
「ちょちょちょ待って! 超能力を消すんだよね!? 彗ぴん分かってる!? 戻る保証ないよ!?」
「あ、もうやったんで」
「やった!? 怖いもの知らずすぎない!? そういうことは大人に相談してからじゃない!?」
いい加減で自由そうな佐倉さんがこういう場面ではきちんと大人になるのだなと生意気にも驚いていた。
来留さんを除いた俺たちは平謝りし、「今のは聞かなかったことにするわ」といつものいい加減な佐倉さんに戻った。
「じゃあ……いきます!」
俺は黒瀬の腕を借り切替能力を発動。
「どうですか!?」
「……うん、念動能力が発動しない。綿来のはしっかり発動してるよ」
「……」
佐倉さんはモニターをじっと見つめていた。反応がない。
「さ、佐倉さん?」
「……綾人くん、もっかいやって」
「は、はい」
もう一度切替能力を発動。黒瀬の体は宙に浮いた。
「戻ってる。……これで一応証明にはなったよね」
「……ダメだ、全っ然うんともすんとも……」
「なんで綿来くんだけ反応せんのやろな?」
「じゃあ逆に彗の超能力波を検査してみたら? それなら確実な証明にはなるんじゃない?」
「ななちんナ〜イス。一回チェンジで」
電極を俺から黒瀬に付け替え、再検査。
黒瀬の超能力波は俺の切替能力発動によって地を張ったり、山を作ったりしていた。
「おー! 本当だ! 彗ぴんの超能力が綺麗に……」
佐倉さんは黒瀬から電極を外すとウキウキでキーボードを操作し始めた。
「検査は終わりだから、もう帰っていいよ〜」
「……あの、他に検査は無いんですか。超能力を確かめられるやつ」
「今の技術じゃこれが精一杯なんだよ〜。アヤトンは特殊体質だから……」
「分かりました、ありがとうございました」
俺は扉を開けると早足で健診ルームを出る。
「綿来くん!?」
来留さんの声を皮切りに、三人が急いで追いかけてくるのが嫌でも聞こえた。
黒瀬に肩を力強く持たれ足を止める。
「急にどうしたの」
「なんかあったん?」
「さっきのこと……?」
言葉にできない。どうしたらいいか分からない。
希望がぷっつり切れてぐちゃぐちゃに心を掻き回されて。
情けないことに視界には磨りガラスのような膜が張られている。
「……俺は、やっぱり皆と一緒じゃない。……仲間じゃない」
「なんでそうなるん? そんな気にしてるん?」
「見ただろ。俺は超能力者じゃないんだって」
分かってたことだ。俺は元々超能力者じゃない。それでも皆と出会って、ここに入りたいと思った。
一緒に過ごすうちに距離が縮まって、縮まれば嘘をついている事実が膨らんでしまった。
新しい能力に目覚めたら超能力だと思い込んで、結果違えば落ち込んで、馬鹿だ。
「機械がキャッチしなかったら超能力者じゃないなんて誰も言ってないよ」
宝木さんの落ち着いた声音が響く。
「飛行能力と切替能力がちゃんと存在してる。それで十分でしょ」
黒瀬の冷たくも温かみのある言葉。
「綿来くんは綿来くんでええんよ。超能力者でもそうじゃなくてもええ」
優しくされればされるほど、卑怯な自分がより際立ち嫌悪感が増す。
俺は卑怯なままでいいのか。
この膨らんだ嘘から手を離して、落としてしまおうか。
どうか、この嘘によって壊れないでほしい。
指を折り曲げ、強く強く握る。
「……俺、その……実は——」
刹那。
ガラス窓が大きな圧力によって弾けるように割れた。
黒瀬が咄嗟に念動能力で壁を作ってくれたため、ガラス片が刺さることはなかった。
「な、なに……!?」
窓から侵入してきたのは、漆黒のケープマントを纏いボブヘアをした子。しかも全く同じ装いが二人だ。
砕けたガラス片を踏みしめ、前髪の奥で俺たちを捉えている。
「侵入成功しました」
その瞬間、『一階東廊下にて侵入者発生』と放送が鳴った。
「ロキの奴だ……!」
「念動能力で二人を連れて帰ったってヤツ?」
黒瀬が肩の汚れを払いながら問う。
「そう……だけど昨日は一人だった」
「……アレ、人間とちゃうで」
来留さんは眉を顰め、ケープマントの少女二人を見つめた。
「どういうこと!?」
「後で説明する。とにかく制圧だけ考えて」
来留さんと黒瀬が前衛に位置し、戦闘態勢となる。
「退避します」
ケープマントを揺らし後方へ跳躍し、距離を取る二人。
「……え?」
呆気に取られていると念動能力であっという間に飛び去った。
「た、ただの嫌がらせ……?」
一難去ったのは良いとして、せっかくの一大決心を見事に潰された。挫かれたわけではないが、続きを言える雰囲気ではない。
「これ……結構ヤバいな……」
特に来留さんが異様に重い表情になる。
「ヤバいって?」
「こんな堂々と侵入されてるんやで。普通やったら予知能力者が予知してるはず。……それがなんの連絡も無いし、他の実働部隊チームも出動してない……」
奇襲にも拘らず、彼女は冷静に思考を巡らせていた。
そんな来留さんを目の当たりにし、大事にならずに済んだと安堵していたことに自省する。
「予知能力者、もしくは人工知能になにかあったか……その両方の可能性も——」
「君たち、実働部隊の子たち!? ちょっと話聞かせてもらって良いかな!?」
黒瀬が話している途中で支部の職員が割って入り、俺たちは別室で事情聴取となった。
事情聴取といっても状況確認が主で、すぐに解放してもらえた。
「礼奈が帰ってきてすぐにこんなことになるなんてね〜……予知能力者の検査と人工知能のメンテナンス……任務はしばらく無しか……」
「精神感応系超能力者は可能な限り事件をキャッチして阻止に努めてください……って、エライ無茶言うやん……」
来留さんは天を仰いで「ゔあー」と声を上げた。が、すぐに澄ました顔に整える。
「私は予知できんけど、計画的な犯罪はある程度阻止できると思う。いつも通り部屋集合な。なにかあればその都度精神感応で連絡はする」
リーダーっぷりを発揮し今後の方針を立てる。ここまで来るともはや管理職だ。
結局告白できるような雰囲気は流れ、絶対に次の機会を逃すまいと涙を飲んだ。
*
「じゃあここを〜……来留。……来留?」
「ッ、ハイ!?」
「この問三答えて」
「……えっと、五です」
「正解。で、次のところだけど……」
テミスでの予知に不具合が見つかってから一週間。予知能力者の検査、人工知能のメンテナンス、どちらも異常は発見されなかったが、事件の誤予知は相変わらずだった。
仕事が増えたせいか、いつでもしっかりした授業態度の彼女はここ最近ぼうっとしていることが増えた。
部屋の扉を開けても銃声は響いておらず、机に突っ伏して睡眠をリカバリー中のご様子。起こさないようゆっくりパイプ椅子を引いて座った。
甘い香りがしそうなふんわり綿飴の髪。同じ色をしたまつ毛は緩いアーチを描いた前髪に触れそうだ。
寝息を立てる彼女の丸い頭にぽんと、片手を置く。
……いや何をしているんだ俺は。キモすぎるだろと我に返り即座に手を引っ込めた。
次の瞬間、意識を取り戻した彼女が何度か瞬きをし俺を見る。
「……あ、綿来くん来てたんか。ごめん寝てた」
「全然、来留さんは少しでも寝てな」
「ありがとうな。ちゃんと寝てるはずなんやけど、めっちゃ疲れんねん……」
重そうな瞼を擦りながら欠伸をする来留さん。さっきのは気づいていないようだが心臓は未だ大きく拍動していた。
「にしてもなんなんやろな、ここ最近の超能力犯罪は」
あれから事件の形がガラリと変わってしまったのである。事件の雰囲気を来留さんが感知し向かうと必ずケープマントの奴らがいる。
こちらに敵対心を向け戦闘になることもあるが、それとは別で犯罪を犯そうとした超能力者を叩きのめしていることもある。
「何がしたいんだろうな、あのアンドロイド」
「ほんまにな」
そして来留さんの精神感応能力によってケープマントの子は人間ではなく、人工知能を搭載したアンドロイド超能力者だと判明した。
俺たちは超能力犯罪者とともにアンドロイドも制圧しなければならなくなっていた。もはや後者がメインと言ってもいい。
「潰しても潰しても湧いてくるのんキツイ……!」
「テミスの方でも捜査してるけど、進展ないみたいだしなぁ」
二人同時に吐いた息が混じり合い、笑った。
数分すると来留さんのスマートフォンが小刻みに揺れ、画面をタップし耳に当てた。
「七花? どうしたん? ……え、どういうこと? ちょっとそこで待ってて」
「なにかあったの?」
「なんか黒瀬が変なこと言い出したって……とにかく行くで」
来留さんが瞬間移動を発動し、宝木さんと黒瀬が通う学校近くの路地裏へと到着。
「七花!」
「礼奈……綿来くん……」
宝木さんはブロック塀にもたれ俯いていた顔を上げる。唇を噛み締めて必死にこぼれないようにしていた。
「黒瀬が変なこと言うて来られへんって、どうしたん?」
「彗が……もうディケを辞めるって言い出して……」
「はあ!?」
あの黒瀬が急にディケを辞める? どういう心変わりが起きてそうなったんだ。
色々口から出そうになったが、今はグッと堪える。
「理由聞いてもよく分からなくて……テミスのやり方はダメだとか、もっとやるべきことがあるとか……私どうしたら良いか分かんなくなって……」
「そうか…………ほんで黒瀬は?」
「多分、家に帰ったと思う……」
来留さんがスマートフォンを操作し耳に当てる。が、すぐに離しポケットへ仕舞った。
「電話も無視か……よし。黒瀬の家に突撃するで」
言い終える前に三人一緒に黒瀬の自宅前へ瞬間移動。
目の前にはダークグレーの玄関扉。周りをキョロキョロするとマンションの渡り廊下のよう。反対側の手すり壁から頭を出して見ると、地面からおよそ十五メートルの高さだ。
「黒瀬のとこって六階やったっけ?」
「そうだよ、ロクマル……サン、ここ」
玄関扉を二つ素通りしたところが黒瀬の家とのこと。
なんだかすごく嫌な胸騒ぎがした。
来留さんがチャイムを押すと、制服のままの黒瀬が出てきた。
「……なに?」
「彗、本当にどうしたの? 急に辞めるって——」
「黒瀬くんはこっち側に協力するって言ってくれたのでね」
奥の部屋から声が聞こえた。俺たちは一斉に声の主に注目する。
「……あー、そういうことなん」
「ここに来ると思ってたよ」
姿を現したのは三十代くらいのメガネをかけた男性。
アテナを訪れた際に見かけた医療課課長の雲切だった。
「く……雲切さん……? 何、言ってるの?」
「七花、綿来くん、引くで」
「えっ!? けど黒瀬になにも——」
「ええから」
来留さんの瞬間移動で一旦上空へ強制移動させられ、逃げるように部屋へ向かう瞬間移動を繰り返す。
「ちょ、ちょっと待って! 黒瀬は!? 連れて行かないと!」
「部屋に帰ってから説明するから! とにかく今は引くんや!」
「来留さんいつも『後で』じゃん! せめて納得できるように今説明して——」
「もう嫌だ!」
宝木さんの劈くような声が俺の昂る感情を抑え、来留さんは瞬間移動を止めた。
彼女の頬には露が通った跡がうっすらと見える。
「礼奈があんなことになって……やっと戻ってきてくれたって安心したら……わけわかんないアンドロイドのせいでめちゃくちゃになって……彗も変なこと言い出して……」
「……そうやでな。この短期間でいろんなことありすぎたもんな……」
来留さんは宝木さんの背中に優しく手を添えた。
この混乱の中、雰囲気を保とうとしていた彼女にも限界は来ていたのだ。
「ごめん。私が折れたらダメだって分かってる。……けど、もう……無理」
顎から滑り落ち、ぽたぽたと雲の中を通り抜けてゆく雫。
ほんの二週間ほどで俺たちは苛立ちと疲弊を募らせ、満身創痍となっていた。
「……よし! 部屋に戻んのやめるわ!」
「急だな!?」
「本日は緊急事態につきディケはお休み! というわけで行く場所は一つ!」
今度は行き先も分からぬまま、強制連行された