デルガードの再来
ディケは学生チームだからということで土日は任務が入らないようになっているが、平日もゼロ件になることは珍しい。来留さんとテミスへ行ったとき以来である。
放課後、せっかくだから気になる映画があれば観ようと思い映画館へ足を運んだ。
薄暗い館内はキャラメルの甘い香りがそこらじゅうに漂い、映画広告が流れている。
上映スケジュールや上映予定の作品からホラー映画らしきものはチェックする。が、ネタ系やサスペンスメイン系などイマイチ刺さらない作品が多かった。
「うーん、ホラーは微妙だなぁ……」
「ホラー好きなの?」
「まぁそれなりに……って!?」
声の方を見ると胸元にネクタイを結んだブレザーの制服に、ブラウンヘアが二つ揺れている。
同じく学校帰りの宝木さんがいた。
「任務無いから来ちゃった。綿来くんも?」
「俺も面白そうなのがあればと思って。宝木さんは何か観るの?」
「えっとー、恋愛映画! 好きな漫画が実写化するからさ」
いかにも女子高生らしいチョイスである。
宝木さんの背後に「地味系女子と人気アイドルが同居することに……!?」とキャッチコピーが書かれているポスターが目に入りアレか、と納得した。
「もうすぐ始まるから行くね!」
「あぁ、いってらっしゃい」
宝木さんは手を振って受付を通り、スクリーンへ駆けていった。しかし、ドア横には先ほどのポスターとは違った。
別の恋愛映画だったのか、と思い映画館を出ようする。が、たまには趣向の違う映画を勉強がてら観てみるか、と思いその映画のチケットを買った。
中へ入ると盗撮の注意を促すムービーが流れている途中。全体を見渡すと半分くらいは埋まっている様子であり、俺は六列目の端に座る。
映画は主人公の女の子が引っ越した先でクラスメイトからいじめられているところから始まった。そして主人公を気にかけ、いじめっ子たちを咎める男の子。
なるほど、ここから恋愛に発展するということか。王道な導入である。
やがていじめはエスカレートし家族の命も奪われ、主人公は復讐を決意。次々といじめっ子たちに容赦なく刃を突き立てる。良い感じそうだった男子もなにやら不穏そうな雰囲気だ。
そしていじめの黒幕はその男子で、主人公を独り占めしようとしたことが動機であった。
主人公は黒幕を殺すとともに自らも命を落とす。そうして映画は終わった。
エンドロールも終え照明がつく。
なんて血生臭くて重苦しい映画なんだ。これ、本当に宝木さんは観てるのだろうか。スクリーンを間違えただけなのではないか。
どっと疲れが出たため背もたれに体を預けると、階段から降りてくる宝木さんと目が合う。
「え……綿来くんも観てたの?」
「あ。そ、そうだよ」
「……せっかくだし、ちょっと話そ?」
彼女は笑ってそう誘った。
同じ商業施設内のカフェへ行き俺はアイスコーヒー、宝木さんはキャラメルラテを注文した。
「ごめんね、さっき変な嘘ついて」
宝木さんはストローでホイップクリームをキャラメルラテに馴染ませて飲む。彼女の視線はずっとキャラメルラテに集中していた。
趣味をよく知らない人間相手にあの映画を観るとは軽々しく言えないだろうし、謝ることはないと思うが変にフォローは入れない方がいいだろう。
「全然いいよ」
俺も汗をかいているアイスコーヒーを飲んだ。
「あの……彗には絶対言わないで!」
「え……?」
「お願い!」
告げ口のように言おうとする気は毛頭無かったが、改めて口止めされるとなんだか気になってしまう。
「それは別にいいけど……どうかした?」
「心配、かけると思うから」
「……病んでるって思われそうだから?」
「綿来くんは……そう、思わない?」
俺としてはこの方向性の映画を楽しむ人は病んでいるというより、サブカルチャー好きの人が観そうという印象だ。
しかし宝木さんはそんな感じがしないし、どういった感情で映画を楽しんでいるのだろうかと疑問は残る。
「どっちかっていうと、サブカル系が好きな人なのかなって印象かな? 俺もスプラッタ系の映画観るときあるし、グロい系だからって病んでるとかサイコパスとか、そんなふうに思わないな」
「そっか……」
ホッとしたのか、彼女から安堵のため息が出た。
「黒瀬はそんな決めつけしないと思うけど?」
「……今はもう解決してるんだけど、昔ちょっとだけ色々あって。彗は知ってるから……」
「あぁ、なるほど」
「こういう作品観てたら昔の自分を癒せるっていうか、浄化できるっていうか……爽やかな気分になるんだ。あの主人公みたいな経験はないんだけどね」
現在ではなく過去の自分を癒す行為。なんだか哲学のような、考えさせられる言葉だ。
それでいえば俺はディケにいることで一年半前の自分を癒している、というところに繋がるのかもしれない。なんとなく理解はできた。
「ちょっとだけ分かるかも」
「ほんと? ……そう言ってくれると、嬉しいね」
宝木さんはキャラメルソースのかかったホイップクリームだけをストローで掬った。
……というか、宝木さんに誘われるがままホイホイついてきたが大丈夫なのだろうか。
俺は宝木さんと黒瀬は水面下で付き合っていると推測しているが、それならばこの状況はかなりまずい。
「そういえば、俺と二人でいて大丈夫……? 黒瀬は嫌な気するんじゃない……?」
「彗が? なんで?」
「え、二人って……そういう関係じゃないの?」
「あは〜、残念ながら。じゃない関係でした〜」
宝木さんは口角だけ上げながらキャラメルラテをくるくると混ぜた。
「ご、ごめん。下の名前で呼び捨て合ってるからつい……」
とんだ邪推を披露してしまい、俺はアイスコーヒーに手を伸ばし体温を下げた。
彼女は「そう思うよね」と下を向く。
「前はもうちょっと距離近かったんだけどねー……」
「それが……昔あった『色々』に関係する感じ?」
「ん〜ちょっとね。私はなんにも気にしてないんだけど、彗がすごく引きずっちゃって。それでずっとギクシャクしててさ〜」
具体的な話を引き出せていないためよく分からないが、いろんな出来事が絡み合った結果二人の関係が拗れているらしい。
「前に戻りたくて私は絡み続けてるんだけどさ。……もうそろそろウザいから止めた方がいいかなって……」
「黒瀬はそんなこと思ってないんじゃないか?」
「……そうかな」
「だって、思ったことは躊躇いなく言うタイプだろ。なら早々に言ってると思うし……てか、俺より宝木さんの方が付き合い長いんだから分かるでしょ!」
「……そっか、そうだね」
彼女は残りのキャラメルラテを飲み干し、俺も続いてアイスコーヒーをすべて体に入れた。
「またね、任務がんばろ〜!」
「うん、また」
彼女はいつもと変わらない笑顔で手を振る。俺もいつものように手を振った。
この世で楽しいだけの人生を歩んだ人なんていないだろう。誰だってなにかしらの地獄を歩いてきている。
誰にでも親しみやすそうで明るいムードメーカーな宝木さんも、当然その一人なのだ。
あの空間にいて自分だけが居心地良くいるのは、なんだか卑怯な気がした。
「……けど、新入りの俺に何ができるんだよって話だよなぁ……」
任務をこなすだけでなく、チームの皆のためにも動きたい。そんな気持ちが生まれた。
*
「えー、今日は健診のため支部へ向かいま〜す」
来留さんは黒瀬が持ってきたマドレーヌを片手に打ち合わせを始めた。
「支部……っていうのは?」
「この前綿来くんと礼奈が行ったのは本部で、支部はこっから電車で30分くらいのとこ! 職員は年一で健診するんだけど、綿来くんはもうしたから行かなくて良いと思うよ〜」
疑問を投げかけると宝木さんがご親切に全て説明してくれた。なんだ、じゃあ俺はここで留守番か——
「それが綿来くんも来てほしいって話や」
とはいかなかった。
「え、なんで!?」
「この前、超能力波キャッチできんかったやろ? やから再検査ってことや」
「なにそれ、機械が悪かったんじゃないの?」
黒瀬がすかさず突っ込むが来留さんが「けど機械の異常も見つからんかったんよ」と返す。
「そんなことあるんだ?」
「あ、あ〜……そういえばそんなこともアッタナァ……」
ドッドッと拍動が大きくなる。
大丈夫だ、実験サンプルになることはない……はず……!
雲の間を縫うように四人で上空を飛び、支部へ移動中。
この時期から日差しは少しずつ強くなり始めてきたため、雲の存在はありがたかった。
「綿来くん飛ぶん速くなったなぁ」
「え、本当? 黒瀬によく訓練相手になってもらってるおかげかも」
平静を保ったが、来留さんに褒められるとなんだか認められたようで必死に心のテンションを落ち着かせる。
そう、あの頃のウェーブスインガーの俺はもう卒業したのだ。
「そんなこと言っても何も出ないよ」
「彗も立派な先輩だね〜! どんな訓練してるの?」
「……持久練習とか、コントロール練習とか。基礎的なやつだよ」
「そっか〜、やっぱり超能力が似てるから教えやすいんだろね!」
「……」
宝木さんからあの話を聞いて以来、なんとなく二人の会話に注意が向くようになってしまった。
黒瀬は宝木さんに対してすごく冷たいというわけでもないが、話を膨らませようという姿勢もない。ただ投げかけられたボールを打ち返すだけだ。それに、あまり目を合わせようともしない。
俺までそわそわするし、二人が心配になってしょうがない。
「そう! 超能力のコツとかイメージとか、結構教えてくれるから助かってるんだよな!」
「え……急にどうしたの、怖いよ」
俺の親切心をぶっ潰さないでくれ。たしかに頼まれたわけでもなく勝手にやったことだが。
「彗はすぐそんなこと言う〜! 綿来くん、こんなんだけどよろしくね?」
「いえ全然!」
「ちょっと、なんで僕が教わる側みたいになってんのさ」
「楽しそうでええけど君たち〜、もう着くで〜」
皆と知り合って日の浅い俺が仲を取り持つなどできるわけがない。分かっていたことなのについ余計な発言をしてしまった気がする。
完全な傍観者は嫌だ。かといって空回りなお節介は迷惑だ。どうしたらいいんだろう、と脳内会議が隅っこで開かれていた。
支部は街中に紛れてひっそりと存在していた。表向きはただのオフィスビルであり、誰もが超能力の研究をしているところだとは想像もしないだろう。
自動ドアが開くと受付には白衣を着た女性。来留さんが受付を済ませると宝木さんと黒瀬がすぐに呼ばれ、奥の健診ルームへと移動した。
俺と来留さんは待合室にて待機。
斜め前の壁にはモニターが設置され、各国の景色とピアノの音色が流れているだけ。
意外と普通の病院みたいな配慮というか、サービス精神はあるんだなと感じた。
「なぁ。さっきのさ……七花と黒瀬の仲、気にかけて言うたかんじやろ?」
「……ハイ、そうです」
ストレートに指摘されると顔から火が吹きそうだ。
「やっぱ気になるよな……本人らからなんか聞いた?」
「……宝木さんから、昔色々あって拗れた、みたいなフワッとした話しか……来留さんは知ってるんじゃないの?」
「それが私もよう分からんねん。前まであんなんじゃなかったんやけど、聞ける雰囲気でもないし」
来留さんは知っているのではと思っていたが、本当に二人にしか分からない事情らしい。
これではわだかまりを解こうにも解けない。
「……見てるだけっていうのは、なんか嫌だよなぁ」
「そうなんよなぁ……困った子らやで」
来留さんもどうやら同じ気持ちだったようだ。
手伝ってあげたいのに手伝えない。
人間関係は複雑で繊細で厄介だ。
ふぅ、と両手を後ろについて天井に息を吹いたとき、来留さんと俺の名前が呼ばれた。
それと入れ替わりに黒瀬と宝木さんも出てきた。
「うーーん……全っ然反応しないわね……」
「うわ、ほんまや」
「あの……来留さんまでまじまじと見ないで?」
前回と同様に額に電極をつけながら飛行能力を発動。が、針は一ミリも動かない。
一通り検査を終えた来留さんがモニターを見つめていた。
「二人にも見せたろ。黒瀬ー、七花ー、来て〜」
「俺は珍獣か?」
素直に駆けつける二人。黒瀬と宝木さんもモニターと俺を交互に見た。
「うわ……なんで……?」
「ほ、本当だったんだ」
絶句する二人。そんな目で見ないでいただきたい。
「実は……超能力者じゃなかったり?」
白衣の女性は冗談めかして問うが大当たりだ。俺は「超能力者じゃなかったら飛べてないですって〜」と冷や汗を隠して同じテンションで返す。
「じゃ、今回も無理だったってことで……はい、全員お疲れ様でした〜! やば、もうすぐ会議……!」
白衣をはためかせながら片付けと準備を同時進行する女性。
「佐倉、いっつも暇そうやのにどしたん?」
「失礼だな礼奈ちん! なんか本部の研究員が急に辞めちゃったらしくてバタバタなのよ」
「人手不足なんやな。暇よりマシやん」
「他人事だと思って〜! それじゃあね!」
佐倉という女性はズレた丸メガネを正し健診ルームを出て行った。
「……で、僕たちはこれから任務なんだよね?」
「あーそうそう。このちかくで超能力者が動物園からライオン逃すって予知されたんよ」
「愉快犯か?」
愉快犯とは違うが、犯罪が目的ではなかった例の三人組を思い出した。
「そういえばこの前捕まえた一人から、何か情報とか引き出せたのかな」
「なーんも。だんまりやってさ」
「超能力でどうにかできないの?」
「個人情報とかプライバシーの関係で禁止されてるんだよね〜。こういうところは妙に厳しいから大変だよね」
どうやらそこは法律に則って対応しているみたいだ。超能力があるからといってサクサクと事が進むわけではないらしい。
「じゃあ、そろそろ行こか」
動物園は十七時に閉園、事件発生の十九時四十二分まであと二十七分だ。
俺たちはマンションの屋上から道路を挟んで反対側のライオン舎を見張る。……が、日が落ちているためライオンを視認するのがやっとだ。
十九時三十八分。
「怪しい人も見つかんないね〜」
「そもそも人が多くて分かりにくいな」
動物園の西側エリアは飲み屋街になっており、仕事終わりのサラリーマンや華美なドレスを見に纏った女性が増えてきた。
「てかなんで動物園と夜の店が近いんだよ! 子供が変な質問して親が気まずくなるやつじゃねぇか!」
「もー、キャバクラのねーちゃんに反応してらんと」
「やっぱ気になっちゃうんだねぇ」
「俺はよろしくない組み合わせにツッコんでるんであって、反応してるわけでは——」
「うわぁあ!!」
誤解が生まれかかっているところを弁明していると背後——飲み屋街の方から悲鳴が聞こえてきた。
来留さんの精神感応を頼りに騒ぎになっている場所へ飛ぶ。
二百メートル先でライオンは肉らしきものを咀嚼しており、その周囲から様子を見ている人たちがいた。
どう考えても危険な状況なのに、撮影に夢中な人がこんなにもいることに辟易とする。
「うそ!? 見張ってたのに!」
「……なるほどな。檻の鍵を壊して肉でおびき寄せたってことか……私は犯人を追う。黒瀬はライオンの拘束して、その間に綿来くんらは避難させて。できるだけ誰もおらんときに動物園に戻すで」
来留さんはすぐに瞬間移動し追跡を始めた。
「了解。僕が念動力でライオンの四方を囲むから、その間に頼んだよ」
黒瀬はライオンへ手を伸ばし念動力で檻を作った。
「今のうちに避難してください! 撮影やめて!」
「お店の中に入ってくださーい!」
声にハッとしたのかほとんどが足早に散って行ったが、それでも撮影を止めようとしない人はいる。インターネットへの投稿ネタがそんなにも大事なのだろうか。
通路の真ん中で猛獣にカメラを向け続ける若い男性に声をかけた。
「あの! スマホやめて……」
「うるっせぇな、お前らだって野次馬で来たんだろ? 偉そうにすんな」
超能力でライオンを移動させるのだからカメラに捉えられるとその後が困る。
「いや、俺たちは——」
その瞬間、後ろでドサッと大きな音がした。
「彗!?」
振り向くと黒瀬が倒れており宝木さんが駆け寄っている。黒瀬になにがあったんだ。
黒瀬への不安からワンテンポ遅れて前にいるライオンへ意識を戻す。
今、百獣の王は自由の身だ。
ライオンは通路の真ん中を陣取っている男性に狙いを定める。
俺が飛ぶと同時に猛獣も地面へ爪を食い込ませ駆け出した。
「え……」
男性は画面越しではないライオンを前に完全に固まっている。
彼の両肩を掴みすぐさま上昇。だが寸前に爪が右肩に突き刺さり、背中まで引き裂いた。
「ぐ……いってぇ……!」
酷く焼けるような痛みが襲い右腕は力が入らない。左手は彼の肩をしっかり掴んでおり、無事に避難できた。
先ほどの様子が恐ろしかったのか残っていた人たちも逃げて行ったようだ。
しかしこのままでは黒瀬と宝木さんが狙われるのも時間の問題だ。どうすれば——
「ごめん、待たせた! ……って何が起きたん!?」
来留さんが犯人を捕らえたのか、戻ってきてくれた。
「よ、良かった……あとはライオンを戻すだけだから!」
「分かった!」
ちょうど周辺は誰もいない。来留さんの瞬間移動で百獣の王は動物園へと帰って行った。
「あ、あの、さっきは……」
「無事でなによりです、それでは」
一緒に飛んだ男性に会釈をして背を向ける。……あとで思考操作能力者にさっきの記憶は改竄されるだろうし、俺の存在は忘れるだろう。
「黒瀬は!?」
右肩を押さえながら倒れている黒瀬に駆け寄ろうとするが、来留さんに「あんまり動かんとき」と止められ目と鼻の先なのにわざわざ瞬間移動をしてくれた。
「気を失ってるだけ、とりあえずは大丈夫だけど……それより綿来くん肩が……!」
ひたひたと血が滴り落ちている。しっかりとは見ていないが、感触から抉れている気がする。
「宝木さん……お願いしていいかな……?」
「もちろん!」
彼女が手を翳すとジンジンとした痛みが引いていく。実際に細胞操作を受けるとチームにヒーラーがいる安心感をより強く覚える。
「完全元通りは負担が大きいからここまでにしとくね。瘡蓋で動かしにくいかもしれないけど、気にしないでいつものように動いて大丈夫だから」
「ありがとう、本当に助かる」
宝木さんに深々と頭を下げた。
その後、来留さんが呼んでくれた医療班によって支部へ運ばれ、医務室で黒瀬は目を覚ました。
「彗!?」
「……ごめん。迷惑かけた」
黒瀬は大きく嘆息を吐いて片手で目を覆った。
「そんなんどうでもいいって!」
この場面で謝罪から口にする黒瀬に腹が立ち声が大きくなった。
「なにがあったん?」
「……目眩がしたんだよ、急に。体調が悪かったわけでもないのに——」
「また、私の指示ミスやな」
「違うから」
「さっきパッと診たけど特に異常はなかった。……でも念のため検査しておいた方がいいよ」
「七花が異常ないって言うんだったら大丈夫でしょ」
「そうはいきませ〜ん」
ガラッと医務室のドアを開けたのは健診ルームでお世話になった丸メガネの女性、佐倉さんだ。
「ただでさえ超能力はデリケートなんだから、明日までここに
いること〜」
黒瀬は不服そうな顔で了承した。
佐倉さんが手に持っていたカップ麺の蓋をぺりぺりと捲り麺を啜ると、クミンの香りが一気に漂う。
「え、それここで食べるんですか?」
「夕食はここで食べるの〜。……うわやった、最悪……!」
「騒がしいやっちゃな」
どうやらカレースープが白衣に飛んだらしく、慌てて医務室を飛び出して行った。
「とりあえずゆっくりしとき」
「またね、彗」
「無理すんなよ」
来留さんがパイプ椅子から立つと、宝木さんと俺も続いた。
「綿来」
黒瀬に呼び止められ振り返る。が、視線は合わず彼は天井を向いていた。
「……ごめん。怪我、大丈夫なの?」
「謝んなって。宝木さんに治してもらったし、全然どうってことねぇよ」
あの時は既に意識を失っていたと思っていたが、気づいていたようだ。
余計な罪悪感を植え付けたくないから伝えなかったのに、むしろこっちが申し訳なくなる。
「確実に僕の落ち度だし——」
「黒瀬。成功も失敗も、チームで考えるんだろ? 俺に言ってくれたじゃん」
「それやったら黒瀬の不調を見抜けんかったリーダーに落ち度はある。やろ?」
「治癒役の私にもね〜」
「……慰めどうも」
ぷいと反対を向いて素直じゃない言葉を吐く。いつもの黒瀬に戻ったようで安心した。