天才じゃないあの子
訓練を始めてから三週間と少しが経った頃。俺は訓練をこなしつつ、任務の際は来留さんや黒瀬のやり方に合わせて宝木さんとサポート役に徹していた。
「最近、メキメキと伸びてんなぁ」
四時間目前、移動教室にて待機していると来留さんが話しかけてきた。
「昨日のはファインプレーだったっしょ」
俺は片側の口角を引き上げて見せる。
昨日は電気操作能力者による信号機トラブルが発生し事故が起こる、と予知があった。
犯人の制圧は来留さんと黒瀬が担当し事故には至らず。
周囲にいた人は俺の飛行能力により安全区域へ移動。
軽い怪我人は出てしまったものの、宝木さんの細胞操作能力で完治できた。
「ええ仕事したで。……今回は後で駆けつけた思考操作能力者がだいぶ大変そうやったけどな……」
「いつもより人が多かったからな……」
「じゃ、またあとでな」
「うん」
来留さんは自分の席へ行った。すると入れ替わりのように楽間がこちらへ駆けてくる。
「綿来、最近来留さんと仲良いよな!? なんで?」
「えー……なんでだろな?」
「前に学食で近くにいたときは一言も喋ってなかったのに? 急に?」
そういえばそんなこともあったな、と思います。
あの頃は「今後絡むことなんて絶対に無い」と思っていたのに、今やこの学校で一番絡む時間の多い人物になってしまった。
「あー……前、休みの日にばったり出くわして。そこからなんとなく話すようになったかんじ」
「な、なんだそりゃ……」
適当に出てきた嘘でなんとかやり過ごした。
放課後は飛行能力で部屋へ移動。皆が集まれが打ち合わせが始まる。
——が、距離的な問題もあり二人よりも来留さんや俺が先に到着しているときが多い。
そのため、大体は待機時間が生じる。
「もう移動する時間やって! なんで今それやるんよ!」
来留さんはスマートフォンを横画面にし青筋を立てていた。
「また怒りながらゲームを……」
「っあーー! ほら漁夫来たやんけ! もーええわ!」
スマートフォンの画面をテーブルと向かい合わせにし、背中をぐいっと反らした。どうやら負けてしまいヤケクソになっているようだ。
「楽しい?」
「勝ったらな」
「それパチンコとか競馬してる人が言うやつだろ!」
彼女はイライラと共に黒瀬が作ったブラウニーを頬張る。
「そういえば学校では全然食べないよな、なんで?」
昼休みは彼女も学食を利用しているが、いつ見てもうどんだけ、カレーライスだけ、と特にアレコレ買いもせず単品で食べている。
「よう見てんな。学校はなんかなー……食欲そんなに湧かへん」
頬袋にひまわりの種を詰め込んだハムスターのような姿で訴える来留さん。
「部屋に来たら食欲旺盛だな」
「そうやな、気ィ休まるからかな」
「でも俺いるけど?」
俺は自分を指差して問う。来留さんはふっと笑った。
「綿来くんは学校の人っていうより、ディケのメンバーやろ」
「……まぁ、そうか」
彼女の中では俺も気の置けない人間になっているのだろうか。そうあってくれると喜ばしいけれど、同時に罪悪感も押し寄せてくる。
「おつかれー! 礼奈また食べてるー!」
「おつかれ。ちょうど良かった、パウンドケーキ持ってきたから」
「ドライフルーツ入りか、シャレてんな」
ドアが開き二人が入れば活気溢れる空間に早変わり。もはや実働部隊チームの部屋ではなくお菓子堪能クラブになっている。
来留さんは「ほんだら打ち合わせ始めんで」と言いながら一切れのパウンドケーキを手に持っていた。
「今日は十八時過ぎに凍結能力者による路面凍結が発生。そんでトラックがスリップして軽自動車と正面衝突、からの引火。二人重症者が出るって予知や」
「今回も交通系か」
「この時期に路面凍結なんて思わないもんね。そりゃ事故るよ〜」
「まずは事故防止を優先で。犯人は制圧できそうなら捕まえるけど、命大事に。……このケーキ、変わった匂いすんな。洋酒?」
「ラム酒のシロップを塗ったんだよ。もしかして苦手だった?」
「いや全然。イケてるで」
四人ともパウンドケーキをつつきながらの打ち合わせ。というよりアフタヌーンティーである。
「でもなんか変なんよな。予知された路面凍結の面積が大きすぎる。いくら凍結能力者でもこの季節にこんだけの凍結は難しいと思うんやけど」
かといって来留さんはお菓子に気を取られるわけでもなく、予知事件を疎かにしない。携わって長いだけのことはある。
「凍結能力者が二人いる、とか?」
「予知では凍結能力者と瞬間移動能力者の二人や。やからその線は薄いと思うんやけど……ま、とにかく現場に出て適宜判断、やな」
来留さんから聞いた話では予知能力は不確定要素が多く、人工知能の力も借りて事件を特定しているのだそう。
それでも想定外のことは起こり得るため、打ち合わせではガチガチに計画を立てるのではなく余白を作っておくことは大事、だそう。
十七時四十五分。俺たちは旧国道沿いに建っているビルの屋上で待機していた。
「トラックが多いな……」
「どのトラックが事故るんかまではさすがに分からんしな」
「いい時間帯狙ってんだね〜」
辺りは工場地帯なせいかトラックの通行は多い。それに加え、帰宅ラッシュにより通行量は増加している。
十七時五十八分。
男女二人組が街路樹の植え込みに紛れて瞬間移動で出現した。
「お出ましや」
金髪でいかにもなチンピラ風情な男が両手を道路に翳す。
その瞬間に黒瀬は金髪男へ、来留さんはスカジャンを着たもう一人の瞬間移動能力者へと突撃した。俺も二人を追い飛行する。
スカジャン女は来留さんが粒子拘束をする前に金髪男とともに瞬間移動。黒瀬の念動力ももちろん金髪男には当たらず。
「な……!」
「来たな、ディケ」
男はニヤリとして空中から見下ろす。横にいるスカジャン女も憎らしい笑みを浮かべている。
「……なるほど、めんどくさい奴らが来たわ」
「えっ、なに、どういうこと?」
横にいる黒瀬も困惑している様子であり、理解しているのは彼女だけのようだった。
「事件はブラフ、目的は私らを引っ張り出すためや」
「さすが。異端児はテミスの古株なだけあるね」
「……なんのために?」
素直な疑問がこぼれ出た。来留さんは「出動して損した」と言いたげに嘆息を吐く。
「知らん。構ってほしいんやろ」
「違うわよ!」
スカジャン女は指を差し怒って訂正する。
「たかが高校生がいい気になって警察の真似事して……浮かれて馬鹿じゃないの?」
「せっかくの超能力を正義のためにとかなんとか……自分に酔ってねーとできねーだろ。そういうのマジでキモイんだよ」
なるほど、反抗期が拗れに拗れた様子だ。
「はぁ……で、君たちはなにがしたいわけ?」
「もうなんでもええんやけどさ、帰るか捕まるかどっちかにしてくれん? はよ終わろうや」
黒瀬と来留さんは呆れて腕を組んだり髪をいじったりしている。本当にどうでもよさそうだ。
「ガキが……調子こいたお前らを、叩き潰してやるよ」
〈ここで相手したら巻き添え出してまう。隣の廃工場に行くで〉
来留さんからの精神感応だ。黒瀬と共に彼女に次いで廃工場へと飛び立つ。
「ちょ、逃げんの!?」
スカジャン女の瞬間移動により金髪男も付いてきた。
廃工場の中はただの鉄の箱だった。機械類は何一つ残っておらず、柱や階段、机に埃がかぶっている。壁にはスプレーを使ったくだらない落書きがところどころ見られた。
〈階段とか二階部分は底抜けるかもしれんから、気ィつけて〉
了解、と心の中で言うと来留さんと目が合い、彼女は口の端を上げた。
精神感応で伝わっているのか、偶然か。今はそんな悠長なことを考えている場合ではない。
金髪男は降り立ち、バキバキッと床を凍結させる。次の瞬間、来留さんの目の前まで高速移動し片手を向ける。
「来留さ——」
彼女は全身の粒子化により凍結を回避、氷塊がゴトゴトと地面に落ちるだけ。粒子が集まり空中で彼女を再構成する。
「私に物理攻撃は効かへんって、知らんかったんかな?」
「知ってる。けどテメェの一部は確実にこの中だ」
チンピラ男は氷を拾い上げて見せるが、来留さんは蔑んだ目をしている。
「……で、戦闘不能にさせるまでどんくらいかかるんやろなぁ? 百年くらい?」
「ハハ、言ってられんのも今のうちだ」
チンピラ男は諦める様子なく凍結と氷塊の投擲を繰り出した。
「アンタらの相手はこっち!」
スカジャン女は器用に瞬間移動で死角に回り、蹴りを繰り出す。
黒瀬は腕でガードし受け流せているが、俺はモロに喰らい床に手をつく。女の子の蹴りとはいえ、不意を突かれると対処は難しい。
「さすが念動能力者、ガードにも応用か。……で、アンタ誰? 見たことない顔だけど弱すぎ」
スカジャン女はキャップを取り前髪を整えた。それだけの余裕を見せられると悔しさが滲む。
「綿来はここから出てな、危ない」
「戦力外通告じゃーん。カワイソ!」
「違う。アンタなんか僕一人で十分なんだよ」
黒瀬は俺を心配して出るよう伝えたが、女の言う通りだ。邪魔をするのだけは嫌だと思い、黒瀬に従った。
俺は所詮飛行能力。攻撃にも防御にもならず、こんな超能力戦では戦力にならない。
歯を食いしばり道路を挟んだ反対側ビルの屋上へ飛行する。
「宝木さんごめん、来留さんからの精神感応でどこまで知ってる!?」
「事故は建前で、私たちを誘き寄せるのが目的……までは。とりあえず、私もあっちに連れて行ってほしい」
宝木さんは廃工場の屋根を指差した。
細胞操作であり治癒要員の彼女はまさか、参戦する気なのだろうか。
「けど、俺たちは戦える超能力じゃ……」
「大丈夫。私たちには、私たちにできることがあるから」
宝木さんを信じ、廃工場の屋根へ降り立つ。老朽化により空いた穴から中の様子を伺った。
「工場の中、なーんもなくて残念だったね! ほら、本気で念動力使えば!?」
「女子に暴力を振るう趣味はない」
スカジャン女は瞬間移動しながら殴打や蹴りを入れる。黒瀬は彼女の攻撃パターンに慣れたのか避けたり念動力でシールドを張ったりと守りに徹していた。
そのせいかスカジャン女は目に見えてイライラし出しているようだった。
「……ッ」
「やっと片足もらったぞ」
死角を狙われたのか、来留さんの左足は氷塊によって床と接合している。それ以外は粒子化が間に合ったのか左足が欠けたまま空中にいた。
「お前が水に弱いのは知ってる。粘度が関係してるんだってな? なら、氷も弱点だろ」
「……下調べご苦労さん。けど……」
バキリ!
氷塊にヒビが入り崩壊した。
「ちょーっと古い情報やったみたいやな。残念」
左足は瞬間移動し来留さんの元へと吸い寄せられ再構築する。
「クソ……話がちげぇ……!」
金髪男が氷塊を投擲したときだった。
レンガサイズだった氷塊が雹サイズとなり、威力も落ちているようで柱にカツン、と当たって砕けた。
「……チッ、もうかよ」
スカジャン女は金髪男と瞬間移動で出入り口へ向かって片手を伸ばす。
「っしゃ、いくぞ塵女」
「チビちゃんごめんね〜」
二人はすぐに振り返り再度戦闘モード剥き出しにしてみせた。
「チビじゃないし……ってかなに、今の」
「なんのこと?」
あの二人は確実になにかをした。けれど、行動の意味が全く分からなかった。
〈出入り口に一人おる。見えるようにするから、ソイツを制圧して〉
「宝木さん、今の精神感応来た!?」
「ごめん、私には来てなかった」
「来留さんから、出入り口に一人いるって言われて……見えるようにするって言われたけど意味分かんないし——」
「綿来くん落ち着いて。多分、仲間が一人いて透明能力を持ってる。……みたいな話じゃないかな? 見えるようにするっていうのは——」
屋根から出入り口の方を見下ろすと、じわじわと砂埃が靴から足首をかたどっていく。
「礼奈は粒子操作能力を使って能力を無効化するってことだと思うよ。ね、言った通り」
「宝木さん……ありがとう!」
俺は飛行能力を調節。ソイツの両肩を予測し掴んだところで能力を解除した。
「捕まえた!」
「ぅぐっ!」
俺の体重が加わったことでソイツは前方に倒れ、透明能力は解除され姿が露わになる。
ディープパープルのロングヘア、グレーのパーカーに黒のタイトミニスカート。
女性だと分かり、すぐさま離れた。
「な、なんでバレて——」
金髪男とスカジャン女は分かりやすく狼狽える。
「アンタら情報収集はちゃんとせなアカンで? 私が精神感応能力者でもあるって、知らんかったん?」
「瞬間移動中でも使えんのかよ……」
来留さんは制服についた埃を払った。
「来留、どういうことだ」
「あの女は透明能力と強化能力を持ってて、接触した任意の超能力者の超能力を三分間だけ強化できる。やからさっき、効力が切れて追加で強化してもらったんやろ」
透明化している女を取り押さえてどうするのか、と思っていたらそういうカラクリだったのかと納得した。
「ま、強化してようが大して脅威でも無いんやけどな」
「は!? 押されてたくせに——」
「ここ。実はこっちが有利な場所なんよな。……可哀想やからほんまはやりたくなかったけど」
金髪男とスカジャン女の周りを、黒い渦が取り囲んだ。
「わっ、目に……!」
「ウッ……!」
廃工場のそこらじゅうに落ちていた埃だ。
一見脅威にならない物が、彼女の武器となるのだ。
「黒瀬、金髪野郎の方任せた」
「了解」
黒瀬は念動力を金髪男に放ち、床へ打ち付ける。
来留さんは埃の操作を止めると肩から下を粒子化し、スカジャン女の胴体に纏わりつくと柱へ叩きつけた。
「粒子操作能力《パーティクルキネシス》って、そういう使い方もできるんだ……」
「そやで」
彼女はニッとしてみせた。
来留さんはいつものように精神感応でテミスと連絡を取る。
「彗。口切れてるよ」
「え? 別にこんなのほっといていいよ」
宝木さんが細胞操作で治そうとするが、黒瀬は顔を引いて避けてしまった。
「なんでよ、すぐ治るんだから大人しくしてなって」
「……」
観念した黒瀬は大人しくなる。宝木さんが手を口元まで寄せると傷口はすぐに閉じた。
「はい終わり!」
「……ありがとう」
宝木さんはにこにこ、黒瀬はぷいと反対を向いてしまった。
この二人、下の名前で呼び合う仲な割に変な距離だ。黒瀬は宝木さんに対してあっさりしていて、宝木さんは逆によく関わっている。
……もしかして付き合いたてで距離感を掴めていない、とか?
と、俺は邪推していた。
「さいっあく……!」
スカジャン女は顔を上げた。
被っていたキャップは床へ転がり、首元で結っていた団子はゴムが切れたのか髪がそのまま垂れている。
「ちょっと加減しすぎたか……!?」
粒子拘束がわずかに間に合わず瞬間移動で避けられる。
スカジャン女は未だ意識を取り戻さないパーカー女の片腕を回し、肩を貸すようにして立ち上がらせた。
「……うちらはロキ。菜月だけは連れて帰る。……また来てやるからな」
敗北した敵らしい捨て台詞を吐いて瞬間移動し、去った。
その後。
汗と埃まみれだから、ということで近所の銭湯へ寄った。
「あ〜沁みる〜」
外の引き戸には「ゆ」と書かれた青い暖簾。
木札のロッカーキー。
タイル張りの床と壁。
残念ながら富士山は描かれていなかったが、昭和レトロ満載の風呂屋で熱い湯に浸かるのはたまらない。
「おじさん?」
丁寧にトリートメントも終えた黒瀬が湯に浸かりに来た。「あっつ!」と言いながらゆっくり膝を折ろうとする黒瀬に、ピッと数滴跳ね飛ばす。
「だから熱いって!」
「おじさんって言った仕返し」
「しょうもな!」
「…………」
「ごめん」
「……なんで謝んの」
湯に慣れた黒瀬は俺の隣で足を投げ出した。黒瀬が沈んだことで生まれた湯の波が肩に当たる。
「最初に言われてたことだし分かってたけど、戦闘になると役に立たないなって。今回が一番痛感した」
「あー……それは能力の向き不向きがあるし、綿来が悪いわけじゃないよ。それに、ちゃんと一人制圧したじゃん」
「それは来留さんに精神感応で伝えられたからで……」
「だったら俺も来留の粒子操作が無かったら金髪野郎を制圧できてないし。あのスカジャンの子も、もっと体力削ってれば逃さなかったかもしれないし。……成功も失敗も全部チームで考えなよ」
「……ありがとう」
「別に。ヘマして反省するならいいけど、そんなことで自責の念に駆られても皆困るだけだから」
黒瀬の素直じゃない励ましに目の縁が熱を持つ。
ここが銭湯で良かった。
風呂から出るも二人の姿は見えず、待つこととした。ふと番台横を見るとジュースや酒類が詰め込まれているショーケースを発見。
「黒瀬〜なんか飲む?」
「コーヒー牛乳」
「だよな〜」
ショーケースからコーヒー牛乳を二本取り出し、番台に座っている高齢女性に声を掛けた。
「待って、僕が払うから」
「なんでだよ」
「……年上だし?」
黒瀬は「年上が奢らねば」という意識を持っているのだろうか。なんとなく俺のイメージとしては「己の分は己で」と言いそうだが。
「前にスポーツドリンクくれたし、俺が払ったら丁度いいだろ」
「別にそんなの……じゃあ、甘えさせてもらうよ」
「はーい」
俺は三百円を手渡し、木製のベンチへ腰を掛けるとギシッと音を立てた。そしてそこそこ冷えたコーヒー牛乳を味わう。
「味はいつも通りだけど、紙パックっていうのが寂しいな……」
「時代の流れだね」
黒瀬も隣に座りキャップを開けて口を付けた。
「そういえばスカジャンの子が言ってた『異端児』って、どういうこと?」
「……なんとなく分かってると思うけど、粒子操作能力は物理攻撃が効かないくせに攻撃にも使える。おまけに精神感応も持ってて超能力戦で勝てる奴はほとんどいない。だから異端児なんじゃない」
両親はテミスの職員、自身は超能力に恵まれ敵からも認められる最強の実働部隊員。
生まれつきの才能とは末恐ろしいものだ。
「天才っていいなぁ……」
『天才』。なんと良い響きだろうか。眩しいくらいキラキラしていて、到底手に届かないものだ。
横から黒瀬の軽い肘鉄が飛んできた。
「それ、絶対来留に言うなよ」
「えっ」
「……元々、覚醒したときは普通の瞬間移動能力だったんだ。で、訓練を重ねて粒子操作能力を得たんだってさ」
「そういえば、『応用してる』……って言ってたな」
「軽々しく応用なんて言ってるけど、そもそも応用なんて事自体がぶっ飛んでるんだよ。例外中の例外、絶対真似しようとしないで」
元の超能力を別の形として生み出す、応用。
彼女はなにを思い、なにを考え、そこに辿り着くまで血の滲むような訓練を重ねたんだろうか。
たしかに、『天才』なんて軽い一言で片付けて良いものではない。
けれど強い意志で努力し続けられたのは、それも『天才』なのではないかと思えた。
「まぁ、真似しようとした馬鹿がここにいるんだけどさ」
「え!? 黒瀬が!?」
「……入りたての頃、来留の話を耳にしたとき僕もやってやるって息巻いてたんだ。自暴自棄っぽかったのもあって、こっそり訓練してた。……で、任務後に倒れた」
「た、倒れるまで……」
黒瀬は上を向いてコーヒー牛乳を飲み干すとパックを潰し、ふっと笑った。
そのあと、来留さんに任務で無理をさせてしまった上に気づけていなかったと謝られたこと。
宝木さんに細胞を診られてオーバーワークがバレてしまい来留さんの真似をしていると当てられたことも教えてもらった。
「精神感応能力があるくせにバカ正直に感知まないんだよ。僕と七花のことを見下さないし対等でいようとする。……すごいと思うよ、人間としても」
「そう……だな」
来留さんは最初からそうだった。飛ぶことしかできない俺を下に見なかったし、力になれると積極的に勧誘してくれた。
「七花には『そのままでいてほしい、それで私たちは十分助かってる』って怒られたし。だから僕は自分ができることをやるようにしてるだけ」
「……ありがとうな、話してくれて」
「同じ轍を踏ませたくなかったし。あと……」
下位互換って言ったのはごめん、とぼそりと聞こえた。紙パックを傾けかけていた手が思わず止まる。
「いま、なんて?」
「……綿来も綿来のままで頑張りなよって」
「え、なんか文字数違くなーい?」
「違わない」
「違った違った」
にやにやしながら黒瀬を揶揄っていると、女湯の引き戸が開いた。
「おまたせ〜」
「ごめん、遅なったな」
宝木さんと来留さんだ。
二人とも頬が桃色で髪がしっとりしている。宝木さんは髪を下ろしていて少し雰囲気が違い、来留さんは髪が乾ききっていないせいかウェーブが小さくなっていた。
「ぜ、全然待ってないから。大丈夫」
「……クソガキ」
黒瀬からさっきより強めの肘鉄が脇腹にダイレクトアタックされる。
「なにすんだ!? てか一個しか違わないし!」
「反応がクソガキだった」
女子二人組はくすくすと笑い、微笑ましい眼差しをしていた。
「随分仲良ぉなったなぁ」
「良かった良かった〜」
帰りの道中、来留さんがお決まりの「お腹空いた」コールを連発。
たまたま見つけたテイクアウト形式のスイーツ店で生チョコパフェを購入するが、堪能している最中にチョコソースが制服に垂れてしまうというアクシデントが発生した。
「ゆっくり食べ歩こうと思ったのに、早よ洗濯せなアカンわ」と落ち込みながら瞬間移動で帰ったのだった。
*
四時間目の終了を知らせるチャイムが鳴ると、いつものように楽間と食堂へ超特急移動。
麺類のメニューをローテーションしている俺はしばらく食べていないたぬきそばを注文した。
「あそこ空いてんな」
「お、ラッキー」
視界の隅っこで先に食事を取っている来留さんが入った。なにやらいつもと様子が違い、手が止まり口を押さえている。
「ごめん、先行ってて」
「ん? 分かった」
彼女に近づくとテーブルの上には日替わりメニューの麻婆丼。大体分かってしまった。
「食べれないんだろ?」
「……ギリいける」
額はじんわりと汗ばみ、眼は潤んでいる。そんな状態で言われても説得力がない。
「全然いけそうに見えないけど。無理すんなって」
麻婆丼をトレイごと持ち上げ、たぬきそばを置いた。
「そば、大丈夫?」
「……食べれる。ありがとう」
「良かった。それと、チョコソースも無事落ちたみたいでなにより」
「そんなとこまで見んでええねん」
「あはは、じゃあまた」
来留さんから離れ、楽間の向かいに座ると某最高司令官のポーズをしていた。
「なんだ……もうそんな関係にまで……」
「すんごい勘違いしてるけど、マジでなんもないからな?」
「普通、クラスメイトの女子とメシを交換するか?いやしない」
垂れた前髪から覗く右目の眼光は鋭い。「はいはい」と受け流し、ホァジャオ香る麻婆丼を口へ運んだ。カプサイシンが舌の上で小踊りしている。
「あーーっ! お前、来留さんのスプーンで食ってる!」
「なになに?」
「綿来が猥褻行為?」
たまたま通りかかったクラスメイトの大木と一ノ瀬が楽間の発言に反応する。
「おい犯罪に発展してんじゃねぇか」
昼食を取りながら友人たちと笑っていたときだった。
〈連絡し忘れたんやけど、今日は任務なし。フリーやで〉
「あ、オッケー……」
「え? 何が?」
来留さんの精神感応が入り込んできたことで思わず返事をしてしまった。三人と会話していたのと学校で油断していたのとで脳の処理が追いついていなかったせいだ。
「いや……えーっと、脳の誤作動が」
「十六で頭にガタくるわけねーだろ!」
楽間の手刀が脳天に突き刺さった。