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探求者  作者: あきみらい
第三章 失われるもの
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失われるもの26


 セシルに連れていかれたのは、ホール近くにある個室の一つだった。

宴席で疲れた者が休んだり、個別に会話をする時などに使う部屋の一つである。廊下に並んだ似たような扉はそれぞれに同じような個室で、いくつかにはさりげなくドアノブに飾りがついていた。飾りがついているところは使用中である。

扉を開けて通され、彼が言った通り室内が無人なのを確認すれば、私は、ふぅと息を吐き出した。

これ幸いと首元のスカーフを少し緩め、前髪をかき上げる。


「すまない。助けに入るのが遅れた」

「ううん。ありがと」


 謝罪の言葉に、ゆるく首を横に振った。

座れと促されて、用意されていたソファに腰を下ろす。ふんわり柔らかい良い匂いがすると思って顔を向ければ、壁際には何種類かの花が生けてあった。部屋の色調に合わせて主張し過ぎず、慎ましくも文字通り華を添えるように飾られている。なんとなく、そのことに癒される。こんな風に寄り添うような配慮が、なんだかエレノアらしいなと思った。女王の彼女自身が直接用意したわけではないだろうが、エレノアが王になってからは城の中の雰囲気がどこか優しく柔らかい。

こういう小さな心配りををごく当たり前に使用人たちがするようになっていること、それは彼女の人柄あってのことだろう。


 まだ、部屋の入口辺りにいたセシルは、廊下にいたメイドに一言二言伝えてから扉を閉めた。

見るのは彼だけだと気を緩め、ソファの背もたれにだらしなく懐いていた私は、足音に顔を上げる。

じーっとその整った顔を見つめれば、微妙に嫌そうな顔をされた。きりりとした眉が片側上がる。表情だけで、何? と問われる。


「ねぇ、セシル」


 呼びかければ、彼は私の前に立ったまま、続きを待つように視線を絡めてきた。


「私ってカッコいい?」

「はぁ?」


 なんだその質問は、という視線が返ってきた。

いや、私だってそんなのセシルにしか聞かない。


「いや、さ。さっき散々言われたから……」

「あー、うん、カッコいいんじゃないか?」


 私の隣に彼も座る。同じ色彩を身につけているけれど、彼の方がよっぽど似合っているように思えるのは何故なのだろう。なんだか悔しくなって私はすぐ横のあった彼の脇腹に突きを入れた。さっき以上に嫌そうな顔で、二突き目を入れる前に手を掴まれた。


「じゃぁ、さ。私って男に見える?」

「はい?」


 私の問いに、怪訝な声が返ってくる。その後、盛大なため息が返ってきた。


「どう見ても女だよ、お前は。確かに女性としては背は高いし方だし、着ているものは男仕立てだが。それでも男には見えない」

「だよねぇ……」


 私はセシルの言葉に、どさりと背を背もたれに預ける。左手は返してもらった。天井を仰ぐように体の力を抜いて背もたれに体を預け、目を閉じる。色々とモヤモヤしていたものがまた蘇ってくる。

さっきどこぞの令嬢に絡まれた左腕を、右手で何度か撫で摩る。どことなく払うような撫で方になっているのが自分でもちょっとおかしい。

そんな態度に何か察したのか、やれやれという風にもう一度息を吐く音が聞こえた。


「昔はね、そんなに気にならなかったし、カッコいいって言われるの結構好きだったんだけどねぇ」


 養父のようになりたかった。理屈抜きで心から頼れたあの背中のように。

そう思っていたから、聖騎士になったことに悔いはない。だけど、ここ何年かは、ふとした時に本当に他の道はなかったのかなんて疑問が持ち上がってくる。必死に頑張って聖騎士になって、自分自身の実力にもそれなりにしっかりと自認があって。なのに、自分は本当に聖騎士の器だったのだろうかと自問してしまうのは何故だろう。


「……ドレスが着たいなら着せてやるぞ?」


 横から、ぼそっと囁かれた言葉に、苦笑する。背もたれから背を離し、膝に肘を置いて、笑った顔のままセシルを見上げる。


「別にそういうんじゃないよ。ただねぇ、なんて言うんだろう。時々、私は男の模造品だったっけって感じてしまう時があるだけ。それに気づいたら、カッコいいって言葉に素直に喜べなくなっちゃった」


 さっき、私を囲んでいた令嬢たちは、私を女性とは見ていなかった。歌劇の俳優か何かのように、もてはやし、カッコいいとか素敵だなどと褒めてくれていたが、あの中の誰一人、私が普段どんな仕事をしているのか、今までに何を成してきたのかを知らない。興味すらきっと持っていない。ただ、容姿と肩書から憧れを抱いて崇拝するような言葉を並べていただけだ。それこそ、ちょっと珍しい類の装飾品のように、自分の隣に置いて映えるものとして、男の代用品として扱っていただけだ。


「……お前は、カッコいいよ」


 低い声が、静かに言った。その言葉にびっくりして目を瞬く。

すると、彼はもう一度言った。


「リチェ、お前はカッコいい。……無理だって言われても諦めず、こうだって決めたら真直ぐだ。苦手だったり本当は怖かったりしても、逃げ出さずに立ち向かう。自分を信じてくれた者を絶対に裏切らないし、ここぞって時には躊躇いなく正しいと思ったものを選ぶ。困っている者には当たり前のように手を差し伸べ、そこに見返りを求めない」


 淡々と紡がれた言葉に、気が付けば頬が熱くなっていた。慌てて手で頬を覆う。絶対赤くなっている。恥ずかしい。


「ちょ、ちょっと、セシル、何……?」

「大丈夫だ、お前は、カッコいい」


 念を押すように繰り返された言葉に、両手で顔を覆った私は、つい小声で言う。


「……本当に、そう思う?」


 師匠である零の聖騎士リドルフィは、神樹を切り倒してまでして人々を守り、その後は自ら人を導いて今の世を作った英雄だ。しかも、彼はそのために『人』ですらなくなっていたことを、たった一人背負って人々の暮らしを守っていた。聖女を大事に匿いながら、彼女の愛した世界を守り続けた。


「あぁ、お前は、俺が認めた一の聖騎士……、一番目の、聖騎士だ。お前が向かう先なら俺らは納得してついていける。聖女のいないこの世界で、聖女の代わりに旗を持ち、人を救うと決めて真っ先に走っていく。そんなお前だから、俺は全力で支えるって決めたんだ」


 ゆっくりと手が伸びてきた。顔を覆ったままの私の背にその手は回って、優しく包み込む。


「だから、お前はお前の思うように走れ。師匠と違っていい。お前は、お前らしい聖騎士になればいい」


 抱き寄せられたその胸で、私は小さく頷いた。

カッコいい。その言葉は、誰でもない彼の言葉だから、静かに心に響いた。




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