失われるもの25
大神殿での葬儀の後、王城にて宴席が設けられた。
元々企画されていた春の園遊会と時期が被っていたのだ。遠方より駆けつけた貴族などを葬儀が終わったから帰れと追い返せるわけもなく、かといっていつも通りの園遊会にするには悩ましい。国葬後ということで、表向きは春の園遊会という名目のまま、故人を悼む宴としての開催となった。
城の一番広いホールを中心に、普段の宴席に比べると色合いなども落ち着いた正装姿で貴族たちが集っている。
ホールの端では音楽家たちが、普通の宴席に比べるとしっとりした曲を演奏している。逆の端には飲み物や簡単に摘まめる食事が用意されている。あちこちで談笑する貴族たちは、常よりも若干慎ましい音量で会話していた。喪に服す場とされているため、ダンスを踊っている者はいないが、社交場ではあるため、それなりにざわついている。
「……」
こういう場は、苦手だ。
綺麗に着飾った令嬢やご婦人たちから向けられる目はこんな歳になっても慣れないし、紳士然としながらその笑顔の下で何を考えているかさっぱり読めない男性陣もどうにも苦手だ。表面上は上手く受け流せるようになっているが、なんとも言えぬモヤモヤが胸の中に残って居心地が悪い。
国葬された英雄リドルフィの養女であり彼の後継者だということもあって、挨拶をする女王エレノアに付き従っていたのだが、一人になった途端、囲まれた。
次々に養父を悼む言葉や、励ましの言葉などをかけられる。相手が誰なのか把握しきれていないまま、一つずつ丁寧に返事をする。主要な大貴族はともかく、少し離れた領地の貴族たちなどは化粧なども相まって全く見分けがつかない。毎度のことながら挨拶する前に名乗ってくれたらいいのに、などと思ってしまう。どうやら私は自分が認識している以上に有名人らしく、私に話しかけてくる者は皆、私を知っているのに、私は相手のことがさっぱりわからない。なんだか申し訳ないし、とても居心地が悪い。
そろそろ逃げ出したい。そんな弱気を顔に出さぬよう努めながら、助けを求めて視線が彷徨う。身につけているのは着慣れているはずの聖騎士の騎士服なのに妙に息苦しく感じるのは、普段嗅がない香水の匂いがさっき腕を組んできた令嬢から移ってしまったからかもしれない。
「一の聖騎士、ちょっと良いか?」
呼ばれて振り返った先、自分と同じ配色の騎士服を見つければ、思わず小さな吐息がこぼれた。
微笑みもせぬ仏頂面は、周りから若干浮いているものの、今の私には安心できた。
私にあれやこれや話しかけていた令嬢数人が、セシルの姿を見て少し距離を離す。
「二の聖騎士、どうした?」
役職で呼ばれたので、こちらもそれに倣う。以前、こういう場では無暗に名を呼び合わない方がいいと彼自身が教えてくれた。下世話な想像をする者や誠淑やかに噂に流す者に、餌をやるな、と。しかし、考えてみると一線超えているどころかずぶずぶな関係なのだから、下世話な想像はあながち間違えてない気がするのだけど。……なんて言ったら、ものすごく渋い顔で、いいから、役職にしておけと念を押された。その表情を見た私は追及をやめて、素直に頷いた。
「あっちに無人のところがある。少し休め」
周りに聞こえないようにだろう、近づいて耳打ちする。まるで任務絡みの会話をするようにして言われたのは、そんな言葉だった。思わずその距離のまま男を見れば、少し離れたところから、はぁぁ、とため息が聞こえた。何やらさっきの令嬢たちがこちらを見ながらひそひそやっている。これでは役職で呼び合ってもあまり意味がないのでは、と、少し恨めしい気分になる。何気ない態を装って、令嬢たちの方に視線をやり、微笑んで見せれば、控えめな音量の黄色い歓声が上がった。さっきまで男装の私を男性のように扱っていた彼女たちだ。何を想像しているのかは、なんとなく分かってしまった気がした。
「わかった。案内して」
わざと周りにも聞こえるように発音し、彼に促す。セシルは切れ長の目で周りを一瞥し……そこでも、令嬢たちからため息がこぼれていた。
確かにセシルの見た目は良い。私と同じ四十半ばだが、鍛えていることもあって姿勢も良く、実年齢よりもずっと若々しい。その特徴的な涼し気な目元以外の顔も、そこそこ整っている。何より、その長身と広い肩幅は聖騎士の騎士服がとても似合っていた。
「呼ばれてしまったので、少し席を外します。父への悼みの言葉をありがとうございました。失礼しますね」
私は敢えてゆっくりと柔らかく、だけど少し低めの声で辞去の言葉を口にし、微笑みを浮かべた。するのは淑女の礼ではなく、男性とおなじ礼だ。ドレスではなく男装を纏う私がするなら、こちらの方が妥当だろう。その場にいた者たちから、口々に別れの言葉を貰えばもう一度微笑んでから、先に歩き出したセシルを追った。




