失われるもの25
英雄リドルフィの葬儀は、王都大神殿にて行われた。
女王を喪主とした、国葬である。
王位継承権は遠い昔に放棄しているが、前国王エイドリアンの腹違いの弟であり、女王にとっては大叔父でもある。
英雄であり、王族である男の葬儀は、彼の死の知らせを受けると、速やかに準備が始まり、民にも広く知らされた。
若き頃は戦乱期を終結させた立役者としての英雄、最後の聖騎士、と。そして、神樹を切り倒してからは新しい時代を作った零の聖騎士と呼ばれ、長きにわたり人々を導き精神的な支えとなっていた男だ。
しかし、彼がつい先日まで存命であり実在している人物であったと認識していなかった者も少なからずいたようだ。無理もない。神樹の件からもかなりの月日が経っている。それに、彼の武勲詩は現実として受け止めるには重く、あまりに伝説的な内容だ。現実味がない存在として受け取られていても仕方はない。
それでも、私よりも上の世代はあの神樹が倒された時の光を覚えていて。
それどころか、この王都にはリドルフィ自身と交流したことのある年配者もまだ残っていて。
一般公開された大神殿の一般向けの聖堂には、そんな彼自身を知る多くの人々が祈りを捧げにきていた。
大神殿の奥の聖堂。
一般公開されていないそこで、私は葬儀に参列していた。
村での葬儀で散々泣いたからか、今は比較的穏やかな気持ちで祈りの言葉を聞いていられる。
ただ、やはり、なんだか不思議だった。
師匠は、もういない。
冷たくなっていく手を握っていたのに、その眠っているような顔も見たのに、そして、私自身が空へと送ったのに。
なのに、まだ実感がない。ふとした瞬間に、よぉ、なんて言って現れそうな、そんな気がしてしまうのだ。
祭壇に安置された棺には、英雄リドルフィが長く使っていた聖騎士の騎士服のみが納められている。
遺体は先に行われたモーゲンでの葬式で空へと還された後だ。何を棺に納めるかという話になった時、私は迷わず騎士服を挙げた。
剣は歴代の聖騎士たちと同じように打ち直して次世代の聖騎士が受け継ぐ。マントもセシルが受け継ぎたいと言っていた。残るもので師を象徴するものと考えた時に、師が有事の際には必ず身につけていた聖騎士の騎士服なら、となったのだ。
確か、聖女グレンダの棺にも彼女が使っていた聖女の衣装の一部が納められていた。
子どもの頃、私は、養父母が揃ってそれぞれに正装している姿が好きだった。
ピンと背を伸ばし、何かに向かうその姿を、子どもながらに誇らしく思った。
きっと、空へと還った二人は寄り添って一緒にいる。ならば、ここに残すものも揃いがいいだろう、なんて娘として思ったのだ。
リドルフィの棺に葬送の祈りを捧げているのは大司祭だ。
参列席には女王をはじめとした王族の全員と、騎士団長と副長、王宮魔導師の長や王宮図書館の館長、主要な大貴族、それに王都を中心とした各組織の長などが着席していた。
イリアスとウルガの姿もあった。かつては魔導師や人間以外の種族は奥の聖堂に入れなかったと聞く。
師の葬儀に師と馴染み深い二人が参列できていること。それもまた、リドルフィ自身の功績の一つだった。
家族であるエマやデュアン、そして精霊のミリエルも、その端にひっそりと収まっている。
ウィノアなどの孫世代やモーゲンの村人たちはここには来ず、村を出る時にみんなで送り出してくれた。
墓の場所は決まっている。この国葬が終わった後に村のみんなで遺品を埋める約束をしていた。
場所は、村を見渡せる丘にある、村の墓地だ。
残った村のみんなは、今頃、先に亡くなった養母グレンダのすぐ隣に墓石を用意してくれているはずだ。
養父は生きていた頃から、ここが自分の場所だと長く主張していたので、そこに準備をしてくれているだろう。
王族の一人として王都にあるそちらの墓地にという話もあったにはあったのだが、養父自身が絶対に村の墓地に入ると言い、女王も笑いながらそれを認めてくれたおかげで、こちらでの葬儀はほとんど形だけのものだった。
私たち四人の聖騎士は、祭壇の上、棺を挟むように向かい合わせに立っていた。
静かに続く祈りの言葉を、左手を己の胸元に当てた姿勢でじっと聞いている。
既に、この国葬の喪主としての女王からの言葉や、献花などは終わっている。あとはこの祈りの言葉だけだ。
静かに、祈りの言葉だけが続く聖堂で、ただ、棺を見つめていた。
そうして、その時間も終わりがきた。
大司教がゆっくりと、顔を上げる。
それを合図に、私たち聖騎士は静かに剣を鞘から抜いた。そのまま切っ先を斜め上へと掲げる。
聖騎士が叙任される時と同じ、構えの姿勢で見送るのだ。
女王を含めた、全ての参列者たちが席から立ち上がる。
「人々を守り、長く戦い続けた英雄は、今ここに在りて、星の座へと還る
光よ、正しき者、零の聖騎士リドルフィに導きを」
よく響く低い声が、厳かに正しき韻を踏んだ。
静かに。
静かに淡く、柔らかな光が棺の上に灯った。
その光はやがて大きくなり、棺を包み込み、立ち昇る。
聖堂の祭壇、その真上にあるガラス張りの天井を越えて、空へと光の柱が起立する。
葬送の鐘の音が響いた。
遠くまでよく響き渡る、太く厚い、鐘の、音。
余韻を残すように、ゆっくり、ゆっくりと。
英雄リドルフィが神樹に斧を振るったのと同じ回数、十回。
その音に交じって、聞こえるはずのない、モーゲンの高く澄んだ鐘の音が聞こえた気がした――……。
いつも読んで下さってありがとうございます!
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思うところあって、タイトルからサブタイトル部分を抜いてみました。
暫くこれで様子見をしてみます。
どうぞよろしくお願いいたします。




