失われるもの23
そんな話をクリスから聞かされた私たちは、しばらく何も言うことができなかった。
ある者は項垂れ、ある者は目を閉じている。明るい室内に重い空気が漂っていた。
ことの重さに、いつの間にか唇を噛んでしまっていたらしい。私はそれに気付き、ひっそりと傷めてしまった唇を舐める。僅かに甘く血の味がする。切れてしまったようだ。
「……そう」
この場で、おそらく唯一切り出せる者として、私は口を開いた。顔を上げる。意識して表情を引き締める。悲壮感や罪悪感、それに無力感のようなマイナスの感情を心の奥底に押し込んで、道を示す者としての強さを無理にでも引き出した。
「クリス、教えてくれてありがとう。びっくりするような内容もいくつもあったけど分かった。……では、この先にやらねばならないことを話しましょ」
自分でもうまく声音をつくれたと思う。感情を乗せぬ、はっきりと聞き取りやすい声で言えば、その場にいた全員の視線が私に集まった。口角を上げる。笑え。ここまで話に出てきていた聖女と零の聖騎士の養女であり、家族であった私だからこそ、そう振る舞うことに意味があると信じた。
「先に訊かれる前に話しておくわ。私も聖女グレンダから祝福を貰っていることはここに居る人たちはしっているわよね」
クリスをはじめとした数人が頷いた。
この歳になっていて良かったな、なんてこっそり思う。何気に私以外ここには男性しかいない。しかも半分以上未婚者だ。変に意識すると恥ずかしくなりそうなので、さっさと話すことにする。
「私が祝福を貰ったのは、おばちゃんが亡くなる数日前。神樹を下ろしてから十年以上経った後。だからだと思うのだけど、私は師匠リドルフィとは違って人のままよ。この歳で産もうとか思わないけど、望めば子どもも作れたと思う。師匠みたいな精度で魔素などを感知する能力も今のところ持ってない。少なくとも自覚する範囲では」
ただ、単なる聖騎士とは違い、魔素などには敏感な方ではある。おそらく、ごく普通の司祭よりも。昔、まだ生きていた頃に話した感じでは養母と同じぐらいの精度ではありそうな気がする。でも、それは聖女の祝福を貰う前から、だ。
「この先具現化するかとかは、さすがに分からないけれどもね。……それから、皆に知らせてなかったこととしては一つ。私も神樹の森には入ることができるわ」
え、と、驚きの目を向けられた。私は、うん、と首肯する。
養母が亡くなって葬儀も終わり落ち着いた頃、師匠に連れられて行った王城で、その最奥にある神樹の森への扉を見ることになった。王族の子どもたちが試すのと同じように、当時十八だった私は師匠に手を引かれて扉の試練を受けた。念のため、なんて理由で行われた試練を、私はあっけなく通過した。司祭でも聖女でも、ましてや王族でもないのにあの扉を通れてしまった私という存在に、当時の王族の一部や神殿はかなり難色を示したらしい。しかし、当時の国王エイドリアンによって私は認められた。ちょうど神殿の改革期とも重なっていたことから、聖女と聖騎士を神殿ではなく国王直下の存在とすることで、私という奇異な存在はその権威の下に置かれ、守られた。
「おそらくこっちは聖女の祝福のおかげでしょうね。さすがにその前には確認していないから、裏付けはないのだけども」
だから、実は今、魔封じの瓶を作るために神水を取りに行っているのは私よ、なんて明かせば、もう一度驚かれた。ここに居るメンバーにまで隠していたわけではないが、知らせる必要もなかったのだ。
「私の持つ、聖女の祝福についてはこれぐらい。私は師匠と同じようなことはできないし、性質的な話で言えば、もしかしたら神樹を背負っていない聖女の方が近いかもしれない。現状では憶測ばかりで確かめようもないのだけども」
なるほど、と、クリスが一人頷いている。なんとなく隣を見ればセシルが険しい顔をしていた。それぞれに何か考える顔をしている面々に、私は、ぱん、と一度手を叩いて再び注目を促す。
「私のことはまあいいのよ。何が変わるわけでもないし。目下の対処すべき課題としては、師匠が置いていった地図でしょうね。わざわざ置いていったということは、書かれている場所のいくつかには本当に魔素溜まりや『欠片』がある可能性が高い。放置はできないわ。でも、私たちは行方不明事件の方もあるからそこまで動けない」
そう言って、窓辺近くで腕組して聞いていたガルドの方を向く。私の視線を受けて、狼系獣人の三の聖騎士は目を細めた。現在、集団行方不明事件の究明に当たっている聖騎士は私、セシル、それに四の聖騎士ヴィンスの三名。ガルドは他に何かあった時のために王城待機となっていた。
「わかった。俺が確認に回る。ちょうどいいから叔父貴たちにも応援を頼む」
国葬の方にも出席するために、イリアスとウルガは今も村に滞在している。
本当にちょうどいいタイミングで遠方から帰ってきたものだ、と、考えてから私は気が付いた。
師匠はイリアスたちにも手紙を送っていたのかもしれない。師匠ならそれぐらいやりかねない。
「ガルド、お願い。私たちも回れそうな所は積極的に回る」
近場ですぐ行けそうなところは今から行くのもありね、と言えば、シエルに少し心配そうな顔をされた。零の聖騎士リドルフィの国葬の日取りまでにはまだ少し間がある。その間、ずっと泣き暮らしているよりも、動いている方が私らしいと師匠も笑ってくれるだろう。
じゃぁ、担当分けしましょ、と、早速私は地図を広げた。




