失われるもの22
クリスが教えてくれた話は、彼が言った通り驚くようなものだった。
零の聖騎士リドルフィは、聖女グレンダと同じく、人ではなくなっていたなんて内容だったのだ。
まず前提として話されたのは、聖女グレンダが神樹を宿していた間、私たちには聞こえない何かを聞いていたらしいということ。彼女が扱っていた聖女としての呪文は、神樹と対話する言語だったのだという。これは以前から教えられていたことだ。
しかし、それに加えて、実は神樹の力を扱える代わりに、人としての生殖機能を失っていたということを、クリスは今回初めて私たちに教えてくれた。
私は今更のように、色々と腑に落ちた。
あれほど養母を溺愛していた養父。何年も寄り添いながらも、けして一線を越えなかった二人。
その理由はそんなところにあったのかと思うと、なんだかひどく切なかった。
聖女グレンダは、本当に文字通り自らの人生を人を守るために捧げていて、そんな彼女の全てを受け入れて聖騎士リドルフィは、ずっと彼女の隣にいたのだ。
この場にいるのが男性ばかりだったこともあり、クリスは淡々と説明していく。
それぞれに思うところはあっただろうが、先にくぎを刺されていたこともあり、クリス以外は口を閉じたままだ。ここに居るメンバーは皆、大人だ。ただ、いるのは私以外男性なので、また違う感想を抱いているかもしれない。
神殿にわずかに残っていた過去の聖女たちの記録から、神樹を宿した状態の聖女は、魔力切れで神樹と枯れる以外の要因では死ぬことができなかった可能性がある。そう聞かされ、私はすっと背筋に冷たいものを感じた。奇跡を何度も乞われ、使い潰されるようにして亡くなった者も多い歴代の聖女たち。だが、中には拒んだ結果、牢に繋がれ、当時の権力者からひどい扱いを受けた聖女もいたらしい。
後に少しでも聖女たちを守ろうとした者たちが、後に聖女直属の守護者として聖騎士という役職を作ったのだという。
ここまでの情報は、まだ裏付けが足らず、推測の域を出ていなかったゆえに、クリスはこれまで誰にも知らせていなかったのだそうだ。
「ここから先は、リドさん自身から教えて貰ったことです。おそらく歴史上でも彼以外には該当者がほぼいなかっただろう話ですね」
そう言い置いてからクリスが続ける。
零の聖騎士リドルフィは、元々は私やセシルなどと同じ極普通の人間であり、光と身体強化系の祝福を受けた人であった。持っていた祝福は、『守護者』という歴史上でも稀なものであるが、それでも人の枠の中だったのは間違いない。ちなみに『守護者』の祝福は、身体強化系でも最上位と言われている祝福だ。今現在は持っている人を確認できていない。歴代の聖騎士や騎士でも、後に英雄と呼ばれた者が持っていることが多かった祝福。……いかにも、師匠らしい祝福だと思う。
そんな彼に転機が訪れたのは、かの神樹伐採の直前。
聖女グレンダが村で奇跡を使い、倒れてしまった後。聖女の背から神樹を下ろすことを決意した彼は、神樹を宿した状態の聖女から祝福を受けた。聖女が彼に送った祝福は、『願いを叶える力』。
すなわち、神樹を切り倒し聖女が生き延びる未来をつくる、力。
過去の記録を調べてもこれの匹敵するような祝福を受けた者は他に居なく、唯一近いものがあるとすれば、それはかつての神話に出てきた、斧の男だけだ。
実際、零の聖騎士リドルフィは、王城奥深くにある神樹の森で聖斧を手に入れ、その主として聖斧自体に認められた。その斧をもって神樹を切り倒している。
……それは、人の領域ではできないことだった。
聖斧が安置されていた神樹の森の泉の水は、触れた者を白化させる力を持っている。
魔素などによる汚染、黒化と反対の性質を持つ白化は、その者の記憶を消し老化を打ち消す。時間を巻き戻し、無へと還してしまう現象だ。時間は、人がどんな魔法を用いても扱うことができない、神の領域である。その時間という絶対的なものを歪ませている神樹の森は、本来、人が生きることができる場所ではない。そこに踏み入れ、更に白化の水に飛び込み聖斧を手に入れる。それは、人にできることではなかった。
「リドさん自身も、自分が祝福を受ける前と変わってしまっていたことに気が付いたのは、かなり経ってからだったと言っていました」
最初の違和感は、怪我をしなくなっている自分、だったのだという。
神樹を切り倒した結果、魔素溜まりの出現は明らかに減少し、魔物も減った。戦う必要もなくなった結果、彼が怪我をする頻度もそれまでに比べ減っていた。だから、初めは自分の異変に気が付かなかったのだという。だが、ふとした時に、それまでだったらごく当たり前に起きていたはずのこと……例えば、日常でよくあるような小さなひっかき傷や、乾燥した季節の肌荒れ、ちょっとしたミスによる切り傷など、それまでなら普段あったような己の出血を見なくなっていることに気が付いた。
違和感を違和感のまま終わらせなかったのは、師匠リドルフィの性格も大きいだろう。彼は自分の体を試したのだ。ナイフを自分の体に当て傷を作ろうとしたのだ。しかし、その試みによって分かったのは、どんなに傷つけてみても血が流れはするけれど、ほんの一瞬後には元に戻ってしまう。そんな絶望的な事実だった。
彼は、最愛の聖女を助けるために、二度とその聖女から治癒魔法を受けることのない体になっていた。
そのことに気が付いた彼は、決意した。聖女グレンダには、このことを絶対に悟らせない、と。
己がした祝福によって、夫が人ではなくなってしまったなんて事実を、彼は妻に背負わせたくなかった。そうして彼は誰にも内緒で己を試し始めた。傷つけることができない体は、ならば毒はどうなるのか、病は、食事を抜いたり、睡眠を抜いたりした場合は……。思いつく限りのことを試した。その結果に得たのは、己の体は恐らく祝福の効力が切れるまで、どんな状況に陥ろうが戦える状態を保持し続けるのだろうなんていう憶測と、いつの間にか新たに備わっていた魔素などを感知する能力の発見だった。
あぁ、と、私は小さくため息をついた。
あの時、師匠は村から奥に行った先、かつての魔素溜まりの場所を確認しに行きたいと言って私たちを連れていった。その時の会話にあった違和感。あれは、やはり師匠はあの場に魔素溜まりや『欠片』が存在していることを知っていたからだったのだ。
バーレア行きの途中で受け取った手紙にあった、ヴェルデアリアを確認して欲しいという言葉。そして、行ってみたらそちらにもあった魔素溜まりと『欠片』。どれぐらいの精度であったかは不明だが、師匠には見えていたのだ。そこに再び出現しているということが。
師匠は、私が若い頃、時々一人で何日かいなくなることがあった。ある程度の歳になってからは、不思議なタイミングで冒険者ギルドに依頼を出していたことも知っている。それらは、全て彼が感知した魔素の不自然な凝りを確かめるためのものだったのだ。
聖女がいなくなった後も、彼女の聖騎士は、人知れずこの世界を守っていた。
彼女が愛した世界が平和で穏やかあるように、と。
また、神樹や魔物などによって悲しいことが起きないように、と。
聖女が迎えに来る、その日まで。たった一人、孤独に。
前作で出てきている、神樹についての神話はこちら
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