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失われるもの18


 葬儀は、養父リドルフィが亡くなった翌日、まずは村の教会にて行われることになった。

その数日後に王都にて国葬が執り行われる。

聞けば、前に私が村に帰ってきた時には既に、婿養子でありモーゲンの現村長であるデュアンは、養父から亡くなった後の段取りなどを話されていたらしい。

この村の創設者であり、聖騎士養成校の初代学長。旧世代の最後の聖騎士であり、国内で最も知れ渡っている武勲詩の英雄。そして、王族出身。

普通では得ることのできないような肩書をいくつも持つ養父は、自分がごく普通の村人として空に送られるだけでは済まないことを知っていた。

あの時、王城の本来なら入れないところまでギルバートが知らせに来られたのも、養父が先に手配していたからだった。


「何も知らなかったのは、私だけ……」


 ぽつんと呟けば、ますます悲しみが募った。情けなく呟いた己の声を聞き、私は唇を噛む。

違う。知らなかったのではない、気付けなかったのだ。

今思えば、あちこちに散りばめられていた予兆は確かにあった。

昼に床に入っていた姿や、森で剣も構えず全て私たちに処理させたこと、何か隠している様子、そして、唐突に送られて来た手紙。

違和感は確かにそこにあったのに、自分のことにばかり目を向けていた私はその違和感について考えることを放棄した。

 あの後も散々泣いたのに、それでもふとした拍子に視界が揺れる。涙など枯れ果ててもおかしくないぐらいなのに、それでもちょっとしたきっかけで涙腺は緩み、目尻で珠を結んで、大粒の雫が頬を滴り落ちた。


 教会へと移された養父の亡骸は、最後の別れを告げに来た人たちの手によって、たくさんの花に囲まれていた。村人や養成校の関係者たちの他、王都からも何名かが集まった。彼の偉業を考えればあまりにもこじんまりとしたものだが、養父自身がかなりの高齢であったこともあり、彼の知人の多くは既に星になった後だった。


 喪主のデュアンがあいさつし、村の司祭であるシエルが死者への祝福の祈りを捧げる。

彼が旅立って一晩経ったが、それでも多くの者が涙を流し、もしくは泣き笑いの顔で故人を偲んだ。

まるで、養父自身がそう望んでいたかのように、いかにもこの村の人らしい穏やかで、どこか養母の時に似た柔らかな雰囲気に包まれた式となった。


「リチェ」


 呼ばれて顔を上げる。

本来であれば、式の最後、故人を空へと送るのは司祭の役割だ。

しかし、家族である私ができるのであれば、と、シエルがその役目を譲ってくれたのだ。

参列席の一番前に座っていた私は、ゆっくりと立ち上がる。横に座っていた姉が泣き腫らした後の目で、それでもそうっと微笑んで頷いた。私も姉に頷き返す。

教会にいる皆が姉と似たような顔をしていた。

その中、略式ではない聖騎士の騎士服姿の私はゆっくりと歩き、祭壇へと近づく。

私が隣まで来れば、シエルがそっと場所を空けてくれた。


「光よ、ここに」


 私は静かに腰の剣を抜くと、その刀身に手を添えて囁く。

ゆっくりと左手を細剣に這わせていけば、愛剣は私の言葉を受けて淡く光を放ち……変貌した。

具現化した鈍く光る古めかしい錫杖に、参列者の誰かが小さく息を吐いた。

おそらく、農婦のリリスじゃないかと思う。元冒険者の彼女は養母の錫杖を何度も見たことがあっただろうから。

 司祭のシエルが私に送る役を譲ってくれた理由のもう一つは、この錫杖だ。

最後の聖騎士リドルフィが生涯愛した聖女グレンダ。彼女が亡くなる数日前に私に与え、残したのがこの錫杖なのだ。彼を空へと送るのに、これほど相応しい法具はない。

 植物を模したような流線形の紋様が彫り込まれた柄の上で右手の位置をずらし、左手を離して錫杖を立てる。

長い柄の先を床に下ろせば、遊輪が揺れて、しゃら、と、小さな音を立てた。


 錫杖を片手に持った状態で、一度後ろを向く。

参列席にいる人たちに静かに一礼する。

どの顔も、養父の死を悲しみ、でも、静かに受け入れていると分かる表情をしていた。

 村人たちに混ざって、つい先日まで一緒に行動していたイリアスとウルガの姿もある。こういう場は苦手だと公言して憚らないイリアスなのに、養母の葬儀と同じように、今回も静かに参列している。

いつもエレノアに付き従っている年配の侍女ローラも他の者たちに紛れるように、そっと参列していた。エレノアは昨日あんな風に送り出してくれたけれど、さすがに女王の立場では来ることが難しかったらしい。

他にも、冒険者ギルドや騎士団、神殿などからも養父の古馴染みが、村人たちに混ざって静かに木製のベンチに収まっていた。


 私は再び、横たえられた養父へと向き直ると、その顔を最期に一度だけ見つめた。

血の繋がらない父。顔も思い出せない実の父よりもずっと近しく、だけど変なところで律義な養父母たちは、私たちに自分のことを父とは呼ばせてくれなかった。

心の中でだけ父さんと呼びながら、私は聖騎士候補になったのを良いことに、養父を師匠と呼び続けた。

体も、心も、大きな人だった。

その背に何もかも背負って、それでも笑っていてくれる強い人だった。

最後の聖騎士であり、(はじまり)の聖騎士。

私に、生きる道を示してくれた人。


 しゃん。


 錫杖を、鳴らす。

唇を開け、そうっと確かめるように音を出す。

正確に、韻を踏んで。

静かな旋律を、美しいのにどこか切なく物悲しい歌を、歌い始める。

浄化を行う時に似ているけれど違うのは、人を送る歌は参列者、皆で歌うというところ。

教会の中を、高く、低く、細く、太く、人々の声が、私の声に重なる。


 しゃん。


 錫杖が鳴る。

その音に合わせて、ふわり、ふわりと亡骸から淡い光が生まれた。

養父の大きな体を、柔らかく温かな光が包みこんでいく。

その光は、養母の見せてくれた浄化の光に似て、目を射ることもない優しいものだった。


「――――……」


 呪文の終わり。

余韻を残して、全ての音が消えた。

耳鳴りがするような、静けさ。

凝っていた光は完全に養父を包みこみ。その姿はもう見ることができない。


 しゃん。


 鳴らした錫杖に、室内なのに、風が吹いた。

養父の亡骸を覆っていた光は、その風に攫われてるようにして、祭壇奥の大きなガラス窓を通り抜け、空へと昇っていく。

聖杯の眠る湖の水面をきらきらと光らせて、やがて空へと溶けていく――……。

そうして、光がなくなったころ。

養父の体もまた、光と共にほどけてなくなっていた。



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