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失われるもの16


 急に扉の方が騒がしくなったのは、カップの底が見え始めた頃。

想い出話混じりの雑談をしつつ、穏やかなお茶の時間を過ごしていた私たちは、何事かと視線を向ける。

控えていた侍女がすっと扉の外に行った。


「……どうしたのかしらね。この時間は邪魔しないようにと言ってあったのに」


 エレノアが言う。その言葉で、改めて女王の貴重な時間を私のためだけに用意してくれていたのだと知った。


「私も聞いてきましょうか?」

「ううん、今、ローラが行ったからすぐに状況が分かるでしょう」


 彼女の言う通り、ほんの僅かの間で戻ってきた年配の侍女は、静かに主の元へと行き、私に聞こえない音量で何かを報告する。

その言葉を聞いたエレノアの顔色が変わった。青ざめた顔になり立ち上がると、私を見る。


「リチェ、今すぐモーゲンに帰りなさいっ!」

「……え?」

「早くっ リドおじ様が……っ」


 出てきた名前に、私は勢いよく立ち上がる。がたんと椅子が大きな音を立てて倒れたが、気にすることすらできなかった。

一気に脈拍が上がっていく。何か言おうとしても、口がわなわなと震えて上手く言葉を紡げない。


「……エ、エレノア」

「いいからっ 行きなさい!! 私も支度が出来次第行くから……っ!」


 言われて、弾かれたように動き出す。女王の御前を辞する時の挨拶だとか、周りへの配慮なんてものは何もかも吹っ飛んだ。

侍女の一人が差し出した、剣やマントを無言のまま引っ掴むと、歩きながら身につける。その勢いのまま開かれた扉をくぐれば、出た先にエレノア付きの執事と、ギルバートがいた。まさかこんなところまで聖騎士養成校のギルバートが押しかけてきていると思っていなかった私は、その姿に目を見開く。身嗜みも何もあったものじゃない、学校で候補生たちを教えている時のラフな格好そのままに外套を羽織っただけの姿の彼は、私を見るなり口を開いた。


「リチェ、師匠が危篤だ……! 早く……っ!!」


 本来ならこんなところまで手続きなしに入れる人ではないのに、それでも通して貰えたのは、彼自身が元聖騎士候補者であり、現時点で聖騎士養成校の教官として、女王直属機関に所属する一人と認識されているからだろう。それでもかなりの無理を通したようで、執事や衛兵などに囲まれている。

私は大きく頷きを返し、そのまま廊下を走って行く。

本当ならギルバートのことをフォローする必要があるのだろうが、今、そんな余裕はない。

いくつもの回廊を人にぶつかりそうになりながら走り抜け、王城併設の騎士団詰め所に辿り着いた。


「リチェ……っ!」


 騎士団用の門の前に、私の愛馬ブライアと、自分の馬を並べてセシルが待っていた。

ギルバートは先に騎士団に連絡を入れ、その足であの場まで行ったのだろう。

ブライアには鞍が掛けられ、すぐにでも走り出せる状態になっている。

周りへの挨拶も何もかもすっ飛ばして、ブライアの手綱を握ると、そのままの勢いで飛び乗った。

私をよく知る白馬は、そんな私を上手く受け止めて走り始めた。

城の正面門ではなく、騎士団やごく限られた者しか使わない庭園横の道を駆け抜ける。

通用門を通り抜ける際、そこを警備していた衛兵が、怒涛の勢いで走る私たちを最敬礼をもって見送っていた。


 王都から北へとのびる街道を、風を切る勢いでブライアが走っていく。

こちらの焦りを感じ取ってくれているのか、賢く優しい白馬は、普段は絶対しないような無茶な私の指示に健気に従ってくれた。春の昼過ぎ。明るく晴れた空の下を、その穏やかさに似合わぬ速度でいく。

幸いなことに道中すれ違うものはなかった。もし馬車でもいようものだったら避けきれずぶつかってしまっていたかもしれない。それほどの勢いだった。


 やがて、緩やかな斜面の向こう。よく知った景色が見えてくる。

斜面にまばらに建つ煉瓦と木材で出来た家々。その向こうに広がる森と、牧草地、更に先に連なる雄大な山脈。村の右手にある美しい湖、左手には養成校の四角い建物。村の中央近くには教会の塔が見える。


 ふわり、と、視界で、何かが光った。


 初めは、濡れて揺れる視界の歪みのように思えたそれは、静かにはっきりとしていく。

空から湖の中央へ真直ぐ向かう、淡く柔らかな光の柱。

そして、少し遅れて、よく知った村の建物から同じように空へ向かう、光。

私はそれに目を見開く。

ブライアの背にしがみつきながら見守るうち、光の柱は空高くまで続くくっきりした白い線になり、やがて太くなりながら二本は混ざって、淡くなっていく。

大気に溶けるようにして、霧散していく……。

私は、規模は違えど、それと同じ光を見たことがあった。


「……おばちゃ、ん」


 あの日、神樹が切り倒された時に出現したのと同じ、光の柱。

世界を包み込むようなそんな勢いは今回はない。

だけど、同じ柔らかく温かで、誰の目を射ることもない、聖なる光。


 あぁ、と、声がこぼれた。

喉の奥が詰まっているようで、息がしづらい。

何の説明もないのに、分かった。


 今、逝ってしまった。

迎えに来た聖女と共に、彼女の聖騎士は、逝ってしまった。


 消えてしまった光の柱に瞬けば、頬を温かいものが流れ落ちていった。

嗚咽を堪えながら、それでも私は、走った。





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