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失われるもの14


 セシルの様子が気になったが、髪や体を丁寧に洗い、湯船に湯を張って浸かる。

さっき調査隊の事務所で受け取った書類の中には、女王陛下からのお茶のお誘いも混ざっていた。

おそらく、直接顔を合わせて現状報告を、ということだろう。養父が王族出身であることもあり、現女王陛下とは古くからの知り合いだ。報告せよ、ではなく、ティータイムに招待というかたちをとる辺り、雑談も含んだ時間になるだろう。

つまり、同じテーブルにつく時間があるということなので、多少なりとも身嗜みを整えておきたい。服装は騎士服だろうが、髪ぐらいは少し手入れをしたくなるというものだ。

 用意されていたタオルで水分を拭きとり、さっぱりした状態で部屋着の袖に腕を通す。

柔らかな布地で作られた部屋着に、スリッパをひっかけて、まだ濡れている髪をタオルで拭きながら扉を開ける。

見れば、ソファにさっきに比べると少しは寛いでいるような、そうでもないような様子でセシルがまだ座っていた。


「お待たせ。……起きてる?」

「寝てはないな。……髪を乾かせ。風邪をひく」


 スリッパ履きでペタペタと歩き、聖騎士仲間のところへ行けば、なぜか叱られた。

はいはい、と生返事をしてタオルで拭きながらベッドの縁に腰を下ろす。そのままタオルを被って髪を拭き始める。魔法で乾かしてしまうこともできるのだけど、なんとなくちゃんと手でやった方が髪の手触りが良くなるような気がするのだ。


「で、どうしたの? 実家からわざわざ戻って来てこんな時間に」


 セシルは貴族出身だ。今は兄が爵位を継いでいるとかなり前に聞いた覚えがある。王都に帰ってきてから、実家に呼ばれて帰ったなんて話からすると、領地ではなく王都内にある屋敷の方に行っていたのだろう。それならば、こんな時間に王城に宛がわれた部屋に帰ってきてもいてもおかしくない。

ただ、実家に行っていたならそのまま泊ってくる方が自然だし、わざわざ帰ってきた理由がわからない。


「……セシル?」


 返事がないことに訝しんで、私は顔を上げる。

すると、さっきまでソファに座っていたはずの彼は、私の目の前にいた。

びっくりして軽く体が仰け反れば、頭から落ちそうになったタオルを彼が手に取る。

そのまま、無言で私の髪を拭き始めた。見上げても無表情に近いのに、手つきだけは優しい。丁寧に私の長い髪をまるで宝物か何かのように扱う。私はなんだかその様子にくすぐったいような、恥ずかしいような、そわそわした気分になる。


「セシル?」

「すぐ終わる」


 もう一度名を呼んでみたけれど、返ってきたのはそんな言葉。

この分だと髪の手入れが終わるまでは話してくれそうにないと私は諦める。

私の隣に腰を下ろしたセシルは相変わらず無言で、私自身がやるよりもずっと丁寧に時間をかけて髪を拭き切り、ついでに梳って緩く編んでくれた。その間、私も大人しく黙ったままその全てを受け入れていた。


「夜中に、悪かったな」


 拭き終わり、手入れに使ったタオルや櫛、香油などを片付けてきたセシルが、ぼそりと言う。

いや、私としては面倒な髪の手入れをやってもらっただけだから、別に何も悪くはなかったのだけども。


「髪、ありがと」

「ん」


 戻ってきた彼は再び私の横に腰を下ろすと、横から包み込むように私を抱き寄せる。

やっぱり様子がおかしい。

そのまま押し倒されるかと思えば、そうでもない。


「セシルも浴室使う?」

「いや、実家で入ってきた」

「……じゃぁ、せめてブーツ脱いだりもう少し楽になったら?」

「そうだな」


 とりあえず、寝る準備をと促せば、のろのろと立ち上がって身につけていた物を外し始めた。

ポケットの中身を出して、机の上に並べている。その様子を私はベッドの上に座ったまま眺める。

やがて、こちらへと戻ってきた彼は、ブーツを脱ぎ、靴下も脱いでベッドに上がった。私を巻き込むようにして横になる。抱き枕よろしく腕に抱えた状態で、上掛けを掛けた。


「……実家で、知らん女性に夜這いをかけられそうになった」


 しっかり抱きこまれた状態で、ぼそりと告げられた言葉に、うわぁ、と、私は声を溢した。


「まだ、諦められてなかったの?」

「みたいだ」


 セシルは若い頃から、聖騎士として生きるために結婚はしないと公言している。しかし、本人がそう主張していても周りがそれを認めるかはまた別の問題だ。実際、彼の家柄や立場、それに容姿と能力などから四十も半ばになった今でもセシルを娘の婿候補にしたがる貴族などは多い。彼の両親や兄夫婦も縁談を持ちかけている。今回は聞けば若くして夫を亡くした婦人が、セシルとの縁談を所望していたらしい。

実家に呼ばれたのもその女性と引き合わせるためだったそうだ。

これまでもそんな席を設けられることは何度もあった。ただ、今回は既成事実まで作ってしまえ、という中々行動力のあるお相手だったようだ。


「……貴族も大変だね」

「他人事だな」

「私は貴族じゃないもの」


 養父の立場を考えると、その判定が難しいところではあるが生まれは商家だし、育ちは農村のモーゲンだ。付き合いや仕事で社交場に引っ張り出されたことは何度かあるが、生粋の貴族ではない。少なくとも私に無茶な縁談をもってくるような者は私の知る限りいない。もしかしたら養父などが握りつぶしてくれていた可能性もあるが、流石にもうこの歳までくれば女性の私に家柄目的で求婚して来る者もいないだろう。


「俺が嫁を貰うなら一人しかいない」


 抱き寄せられた状態で囁かれて、私は小さく息を吐く。男の背に回した手で、子どもにするようにぽんぽんと寝かしつけのテンポで触れたところを叩き始める。


「トゥーレが見つかるまで考えられない」


 今まで何度も繰り返されて来た言葉を、今回も使う。我ながらズルい返しだと思う。今更セシルを手放せるはずなどないのに。

私の許嫁は同じ村で育ったトゥーレだ。同じように幼馴染だけどセシルではない。今ではトゥーレよりも深く知り、互いに支え合う仲になっているけれど、それでも、だ。ある日突然いなくなってしまったトゥーレを見つけ出さないことには、私は前に進めない。おそらくは、セシル自身も。


「しょうがないから、今夜は泊っていけばいいよ。ほら、うなされそうだったら起こしてあげるから少し寝て」


 今更な申し出をわざとして、顔を上げれば、視線を遮るように額にキスが落ちてきた。

そのまま、自分は子どもではないと主張するように、瞼や頬、鼻の上へと口付けられる。


「俺は、お前がいい。お前以外いらない」


 不貞腐れたような響きと共に、口を塞がれた。

私は、そんな彼の全てを受け入れて、そっと目を閉じた。




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