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失われるもの12


「ただいまー」

「あ、リチェさん、おかえりなさい!」


 騎士団事務所内にある調査隊の詰め所の扉を開けつつ挨拶すると、柔らかな声が返ってきた。

声の方を見れば、法衣姿の女性が微笑んでいた。

歳は私よりかなり若い。うちの調査隊の一人、神殿から応援に来てくれている司祭のヘレナだ。

小柄で、実家の姉に似た雰囲気のある、温かくて可愛い人だ。

 

「なんだか、ヘレナとは久しぶりね。お留守番ありがとう」

「ですね。大丈夫ですか? 随分強行軍だったみたいだし、セシルさんから倒れたって聞きました」


 寄ってきて私の顔を覗き込む。心配そうな顔に見上げられて、私は、へしょりと笑みを浮かべる。

姉といい、養母といい、そして、このヘレナといい、こんな風に心配されると弱いのだ。つい甘えたくなってしまう。


「……あー、もう、クマ出来ちゃってるじゃないですか。折角美人なのに」


 大丈夫だよ、と返事する間もなく、手に持っていた荷物を受け取られ、そのまま手を引かれる。

座ってください、と、仕草で促されて大人しく応接ソファに腰を下ろせば、荷物を置いたヘレナがソファの後ろ側に回って私の目を両手で覆った。ぷつぷつとちょっと癖のある彼女特有の唱え方で、神聖魔法の呪文が聞こえる。瞼の上におかれた柔らかく小さな手が、ほんわりと温かさを増した。じんわりと温められた頬から上が気持ちいい。


「ヘレナ、嬉しいけど、私、書類とか確認しないと……!」

「分かってます。でも、五分ぐらい座ってても罰あたりません。ちょっと失礼します……!」


 言って、目に当ててくれていた手を離すと、今度は首筋やら肩やらをペタペタ触る。

不意に押された肩が、ごき、っと鳴った。痛くはないがびっくりして一瞬逃げた体を、彼女の手が押さえる。


「へ、ヘレナ?」

「……リチェさん、諦めて受けて下さい。その方がみんな安心しますから」


 笑いながらそんな言葉をかけてきたのは、バーレアでも一緒だったレゼだ。その横でルイーナも苦笑している。どうやら退勤するところだったようだ。王都にいる時は基本日勤だ。緊急時のために何人かは夜番で残るが、ちょうど帰る時間帯だったらしい。


「そうそう。バーレアから帰ってきた後、私たちも一通りやられました。おかげで疲れも随分とれました」


 うんうん、と室内にいた他のメンバーも頷いている。

私と目が合った調査隊の面々は、それぞれに、お疲れ様です、とか、おかえりなさい、と声をかけてくれた。……私は、引き攣った顔のまま、ただいま、と返す。そうしている間もヘレナによって、あちこちごき、ぼき、と不穏な音が鳴っている。……痛くはない、痛くはないけど、びくってなる。


「ふぅ、とりあえずはこんな感じかな。リチェさん、ちょっと肩回してみてください」


 言われて、おそるおそる肩を回す。まずは右手を添えて左肩。可動域が広がっているような感覚に目を瞬く。次いで右肩も回せば、ヘレナに振り返った。


「肩、めちゃくちゃ軽いわ。ありがとう」

「ふふ。お役に立てて光栄です。良かったら後で背中とか他もやります」


 にっこり微笑む女司祭に、そうねぇ、と相槌を打つ。やってもらった方がいいんだろうなと思うけれど、書類を片付けてからでは何時になるか分からない。そんな逡巡が顔に出ていたのか、続けられた。


「……なんだったら、仮眠室に移動して、このまま書類確認してもらいながら、やるのもありですよ」

「それは、なんだか色々違う気がするのだけども」

「緊急性の高い書類はあまりないので、それだけ見てからヘレナにやってもらうと良いですよ」


 私たちを見守っていたうちの一人、レオンが書類をもってこちらに歩いてきた。ソファから立ち上がった私は、差し出された書類を受け取る。確かに思っていたより厚みがない。というか、十枚もない。


「承認印が必要なものとかは二の聖騎士が殆ど処理してくれています。残っているのはリチェさん自身のサインが必要なものと、報告書のまとめぐらいです」

「ありがとう。ヘレナはいいの? もう帰るところだったんじゃないの?」

「大丈夫です。レゼたちとごはん食べに行こうって話だったけれど……」

「それぐらい待ってます」

「このままごはんに行っても落ち着かないもの」

「ね?」


 間髪入れず返す女騎士二人に、思わず苦笑する。その様子に聞いていた男性騎士たちまで微笑ましそうに笑っている。場の柔らかな雰囲気はヘレナが率先して動いてくれたことも大きいが、それ以上にずっと停滞続きだった事件調査の中で、模倣犯によるものだったとしてもバーレアでは行方不明者を一人残らず保護できたことも大きいのだろう。調査隊結成以来、初の救出成功だ。


「なら、お願いしようかな。代わりに今夜の分のごはん代は私が出してあげる」

「やったー!」

「おぉー! 我らが一の聖騎士の奢りだそうだ」

「わぁ、ご馳走様です!」

「え、ちょっと待って、私はヘレナたちのを……」


 女子たちの分だけのつもりが、男性騎士たちまで大喜びで盛り上がり始めてしまった。

一瞬怯むも、その様子に私は軽く肩を竦める。頑張った彼らを労うのも悪くないような気がした。


「あー、もう、わかった。今夜だけよ。誰か、店に行って席確保してきて! 夜勤のメンバーのお弁当も作ってもらえるよう交渉もお願い」

「……大丈夫ですか?」

「うん」


 ちょっと心配そうな顔をしているレオンに私は笑って頷く。


「それじゃ、さっさと飲めるように片付けましょうか」


 言って、自分の執務机に向かった。



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