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失われるもの11


 その後は道草を食ったりはしなかったのに、王都の門をくぐる頃には夕焼けが空を染めていた。

後もうちょっと遅かったら門が閉まってしまうところだった。一国の首都なので、緊急時などは門番に頼めば通してもらうこともできるが、通常は認められない。融通が利かないと文句をいう者もいるが、警備などの観点から見た時にはこれで正しいと私は思っている。

 イリアスたちとは王都の手前で分かれた。久しぶりにモーゲンに行くらしい。

本当は私もそのまま帰ってしまいたかったが、立場的にそうもいかない。これでも調査隊の筆頭なのだ。まずは部下たちの顔を見に行かねばならない。セシルに先に行かせたので急ぐ必要はなさそうだがそれでも一応私にも体面というものがある。


 門近くの騎士団の厩舎に乗ってきた馬を渡し、そこからは荷物を背負って徒歩にする。

王城近くの騎士団事務所の方にも馬で乗り付けることは出来るが、フォーストンの騎士団で借りてきた馬は、王都の石畳に慣れていない。疲れてもいるだろうから早く休ませてやりたかったのだ。

そんなわけで、私はマントの下に肩掛けカバンを背負い、広場を経由して王城方面へと向かう。


「我が歌うは 真実の歌

 神と謡われし大樹より 民を守りし英雄たちの歌」


 ふと、耳に入った旋律に、自然と顔がそちらを向いた。

広場の真ん中。噴水の前で吟遊詩人が歌っている。

先日のフォーストンで聞いた、なんだかモヤモヤした気分になる武勲詩が耳に残っていた私は、つい気になってしまって耳をそばだてる。何気ないふりをして歌い手の近くまで行けばベンチに腰を下ろした。


「歪められし神話 悪意なき侵略

 人々は知らずして厄災の樹を神と崇め奉っていた」


 小さな竪琴をかき鳴らしながら、吟遊詩人は歌を続ける。

そろそろ日も暮れるが、街の中にはまだまだ人が多く行き来している。その喧騒の中でもしっかり聞き取れる発音で続けられたのは、よく聞き馴染んだ言葉だった。


「一人は優しき乙女

 隠されし聖女 静かなる守り手 慈しむ者 光に包まれし者」


 次いだフレーズに私は小さく息を吐く。先日は笛で奏でられることにより削られていた言葉も、ここではしっかり謳われている。そのことに思いの外安堵し……視界の端が揺れていることに気づいて我に返る。慌てて目元を手の甲で拭う。まさか、あの歌がそこまで自分の中で引っ掛かっていたとは思ってもいなかった。


「一人は雄々しき男

 神話の再来 聖斧の使い手 猛き者 王が一族に生まれし者」


 よく聞き知った歌は続く。聖女の対として謳われる最後の聖騎士の部分も、記憶の中のものと寸分違わない。柔らかくよく伸びるテノールが歌ってくれているのは、私の大事な家族の詩だ。養父母たちが全てをかけて臨んだ戦いを称える詩だ。

避難した村の教会から暗闇になっていく空を見上げ、ただ皆が帰ってきてくれるようにと祈ったあの時を、私は忘れてはいない。幼かった自分たちを守ってくれたあの背中を、私はきっと生涯忘れることはない。


「……おねえさん、大丈夫?」


 声をかけられて、顔を上げる。

見れば、先ほどまで歌っていた吟遊詩人が、私にハンカチを差し出していた。

整った顔に男性としてはやや高めの透き通った声。さらりとした髪は清潔感があり、貴族のお抱え芸人としても十分やっていけるだろう。もしかしたら実際にパトロンの一人や二人いるかもしれない。

サイルーンの元炭鉱夫らしき吟遊詩人や、サイルーンの子どもたちとは違う、初めから歌うことを選んで生きてきたと分かる、そんな吟遊詩人だ。

そんな彼は、心配そうに私を除きこんでいた。


「……あー、ごめん。大丈夫、ありがとう」


 どうやら私は、あのまま武勲詩の最後まで片目だけ涙を流しながら聞いていたらしい。

慟哭したり啜り泣いたりなどはなかったようだが、雑踏の中ぽつんと一人ベンチで静かに涙しているなんて、考えてみるとかなり変な人だ。

そう自覚すると一気に頬が熱くなるのを感じた。間違いなく赤くなっていると思う。その前までの醜態も、今の状況もとても恥ずかしい。取り繕うようにして思わず俯き、差し出されたハンカチを丁重に断って、自分のハンカチで目元を拭う。


「あまりに綺麗に歌ってくれたから、なんだか涙が出ちゃった。聞かせてくれてありがと」

「お褒めに預かり恐悦至極でございます」


 やや演技がかった動きで優雅に一礼してくれた。その後に、お茶目な仕草でぱちりと片目を瞑る。

そんな様子に私もくすくすと笑う。


「……ねぇ、詩人さん。ちょっと教えて欲しいのだけども」


 ハンカチをしまい、代わりに隠しから巾着を出す。


「何ですか?」

「……他の街で、おかしな武勲詩を聞いたの。途中の言葉が変な風に書き換えられているやつ。……あなたはそっちの詩も知っていたりする?」


 いつもより大きめのコインを巾着から摘まみ出し、目の前の相手に、はい、と、渡す。

吟遊詩人の青年はそのコインに一瞬目を丸くしてから、今度は先ほどよりももっと丁寧に礼をした。

そうして、さりげなく辺りを窺ってから身を乗り出す。私に顔を近づけ、そうっと耳打ちする。


「聖騎士様、その出所はまだ調査中であります。もうしばらくお時間をください。……ちなみに聖騎士様はどこでその詩を聞かれましたか?」


 告げられた言葉に、今度は私が目を丸くすることになった。ついまじまじと相手を見れば、綺麗な顔で微笑まれた。なるほど、と、心の中で呟く。彼のパトロンはどうやら私の知っている人らしい。多分、あそこか、もしくは……。


「フォーストンよ。小遣い稼ぎの子どもが歌っていたわ」


 小声で返せば、承知しました、という言葉と共に、彼はそっと私から体を離した。

多分傍からは歌に感動して高額コインを渡した女に、詩人がちょっとしたサービスをしたように見えただろう。咄嗟にそんな風に見せかけてしまえる辺り、とても上手いし手慣れている。もしかしたら諜報員の一人なのかもしれない。私はこれまで接触することがほぼなかったが、陛下直属の者だけでもそれなりの人数いると聞いたことがある。


「……いい声だったわ。また聞かせて」


 私もごく自然を装って、立ち上がる。つい一曲分以上の時間をここで過ごしてしまったが、調査隊の本部に行かねばならない。気が付けばすっかり日が落ち、街は街灯に照らされていた。


「ありがとうございます。今後もご贔屓に」


 ぽろろん、と、竪琴を鳴らして演奏だけ始めた吟遊詩人に見送られながら、私は広場を後にした。


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