失われるもの10
王都に戻る途中、もう一箇所寄り道をする。
向かう先は、王都より東側、戦乱期より更に前に放棄された古城である。
私が聖騎士の養成学校に所属していた頃、魔素溜まりができ『欠片』も発見された場所だ。
神樹が切り倒されてから久しく出現していなかった魔素溜まりと『欠片』の出現に、当時、騎士団の上層部などは、その対応にかなり慎重になったらしい。
最終的には、まだ候補生だった私やセシル、それに司祭たちの浄化の練習場所としてしっかり使っていた辺り、師匠たちは強かで合理的だった。
結果的に、私にとって初めて『欠片』を浄化した場所、それがこの古城だった。
「魔素溜まりはなさそうね」
天井が抜け、崩れた外壁が残るだけとなっている古城の中心、元は中庭だった場所で辺りを見渡す。
ヴェルデアリアで私たちが浄化した場所は、寸分違わず過去に養母たちが浄化した場所だったとイリアスから教えられ、古城でも真っ先に前回と同じ場所を確認することにしたのだ。
「ウルガもないって言ってるね」
イリアスに言われて見上げる。人間よりも強い足腰を使って登ったらしい。元は三階あたりだっただろう瓦礫の上に狼系獣人が立っている。風が強いのか衣服から出ている尻尾や胸の毛が横になびいている。その様子はちょっと気持ちよさそうだ。こちらの視線に気づいたようで、大丈夫だ、という風に大きく頷いて見せてくれた。
折角だから付いていく、と言って、イリアスとウルガの二人もこの古城の確認には同行してくれた。
代わりにセシルが一足先に王都へ帰っている。
この二人が付いているのなら、自分が私を見張らなくても大丈夫だと判断したらしい。確かにその判断は合っていると思う。私もイリアスとウルガに止められたなら、流石に無茶は出来ない。私に女性剣士としての戦い方を教えてくれたイリアスは今も頭の上がらない師の一人だし、ウルガも古馴染みだ。そして、彼らは私がサイルーンで見つけたような『何か』に飛び込もうとしたら、間違いなく止める。
「モーゲンとヴェルデアリアは再発していて、ここにはなし、か。他も確認しているんだっけ?」
「うん。とりあえず冒険者ギルドに依頼を出してある。フォーストン支部は私が頼んだけど、王都の本部も使いを出したから今頃動き出してるんじゃないかな」
「ふむー……」
小さな花まで咲いて長閑な中庭をゆっくり真ん中に向かって歩いていく。
隣を歩くイリアスは何か考え込んでいるようだった。そんな彼女を見てから、私は注意深く周りを観察する。万が一見落としてはいけないからね。
「ここにあったのって、リチェが子どもの頃だっけ?」
「そう。候補生の時。おばちゃんが補佐についてくれた状態で、初めて『欠片』の浄化をしたのがここ」
あちこちに残っている煉瓦などから、おそらくここには中庭の中心として噴水か何かがあったのだろう。もう霞みかけている記憶を頼りにそこを探す。前回はこの少しだけ残った瓦礫の合間に『欠片』があった。私は覗き込むようにして角度を変えながら、ぐるりとその瓦礫を一周する。
「なさそう、かなぁ」
「ないねぇ」
同じようにして探してくれたイリアスが同意した。その耳がぴく、と揺れる。何の音を拾ったのだろうと首を巡らせれば、軽い音を立ててウルガがこちらに降りてきていた。あの大きな体に似合わない身軽さ。少なくとも私の倍ぐらいの歳にはなっているはずなのに、彼の動きは今も機敏だ。獣人たちはその種族にもよるが、私たち人間とは違う歳の取り方をする。ウルガたちの一族は私たちの倍ほど生きると言われている。加齢による衰えを感じ始めている私としては、かなり羨ましい。
「見える範囲では、なかった」
「ウルガ、ありがと」
降りてそのまま四つ足で走ってきた彼が、低く少し癖のある発音で言う。そのまま、ぶるると大きく体を振るい、途中でついた砂埃を払ってから、のっそりと立ち上がった。
なんとなくその仕草に、しばらく一緒に行動していた銀狼の暁の風も、二本足で立ち上がったらこんなかな、なんて想像する。彼もサイルーンにバーレアと随分強行軍に付き合って貰ってしまったから、次に会ったら労わねば、なんて思う。
「そうしたら、ここは大丈夫そうかな。イリーもウルガも付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「あぁ」
礼を言って三人並んで歩き出す。
「しかし、あれから四十年だっけ? そろそろ。周期的にはまだ早い気がするんだけどなぁ」
「うん。過去の記録からすると後六十年ぐらいは平気のはずだってクリスも言っていたよ」
四十年前の神樹の出現以降、神殿が奥深くにしまい込んでしまっていた情報も開示され、神樹や『欠片』についての研究も進んだ。
進んだと言っても、それが何であるか、どこから来ているのかは未だに謎のままだ。
ただ、過去の聖女たちの記録から、出現の周期などはなんとなく分かってきていた。およそ百年に一度、強い光の祝福を貰う子どもが現れ、その子どもがある程度育った頃、神樹の若芽がどこかに萌芽する。そして、その神樹が現れる前触れのように魔素溜まりや『欠片』が出現することが多かったらしい。
……らしいなんて、曖昧な言葉になってしまうのは、神殿が奇跡を扱えるようになった聖女を囲い、都合よく使うために隠していた時期が度々あったからだ。
神殿から押収した記録と、王立図書館、その他各所に残っていた記録などをかき集め、その情報を整理しながら読み解いているのが、魔導師クリスだ。
彼は、養母からも聖女だから知り得た情報を引き継ぎ、神樹関連のことでは今では第一人者とされている。
「そうしたら、なんで今更また魔素溜まりなんぞ出てきてるかねぇ」
イリアスがボヤいた。私もそれは知りたい。
今の世に聖女はいない。強い光の祝福を貰った子どもも現れていない。
「……イリーたちのところには何か残ってたりしない?」
「ん-、少なくとも私が知ってるものはないね。爺様なら何か知ってるかもだけど、話そうとすると時間がかかるからなぁ」
「エルフの長老は中々起きないしな」
どうやらウルガはイリアスの言うところの爺様に会ったことがあるらしい。
そうなんだよねぇ、とイリアスが何度も頷いている。
「もし必要なら、今度聞いてきてあげるよ」
「ん-、会議の内容次第で頼むかもしれない。……とりあえず、王都に帰ろ。そろそろ出ないと着くの夜になっちゃう」
「そうだね、お腹空いたし!」
それが一番の問題だというように、彼女は笑った。
本エピソードの舞台は、こぼれ話の方でもでてきています♪
受け継ぐもの:光(聖騎士候補生)
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