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失われるもの8


 フォーストンで一泊し、しっかり朝食をとった後に発つ。

年甲斐もなく魔力切れなんて起こしてしまったことと、あちこちから甘口辛口各種のお言葉を貰ったことで、多少なりとも割り切れた。

本来の行方不明事件はまだ全く解決していないのだ。今、私が倒れる訳にはいかない。責任もって事件を追いかけるためにも自分のメンテナンスは必要だ。


「ポロかー。懐かしい。ずっと来てなかったなぁ」


 そう言いながら集落内の遊歩道をイリアスが歩いている。

後ろから見ていると長い髪の横から、ひょこひょこと耳が揺れていてちょっと可愛い。そのすぐ横をのっそり歩くウルガとの対比も面白い。質量比が倍以上ある。なのにどう見てもイリアスの方が偉そうだ。

 フォーストンから王都への太い街道から少し引っ込んだところにあるポロは、富裕層に好まれる小さな宿場町だった。温泉が湧いていて、各宿には自慢の風呂があった。フォーストンなどの南方に用事がなくても、湯治としてここに訪れる者もいたぐらいの温泉地である。


「お宿のごはんはしょうがないから諦めるとして、お風呂、入れないかなー」


 ここのお風呂、気持ちいいんだよね、なんて言いつつエルフは宿の建物を覗きこむ。

本来なら店主や従業員、泊り客などがいるだろう建物も、今は無人だ。

建物どころか、この宿場町ポロには今、私たちしかいない。

ここは例の行方不明事件で人が居なくなってしまった、被害地なのだ。

当時ここにいた集落の人々の他、止まっていた客、合計十九名がある日突然姿を消した。

不幸中の幸いは、その日利用していたのが一組だけだったこと。そして昔に比べるとこの集落自体が小さくなっていたこと。

湧き出す温泉の湯量が減ったことで、かつてより宿の数が減っているのだ。


「確か、廃業した古い宿を直して作った公共浴場があったような……って、管理する人たちがいないのに入るのは……」

「問題ないない。要は綺麗に使えばオッケーでしょ」


 以前確認した時の、集落内の配置を思い出しながら言えば、イリアスが戻って来て私の腕を掴んだ。

さぁ、案内して! とぐいぐい引っ張られる。助けを求めて男性二人に視線をやったが、諦めろと言う風に首を振られた。そーっとウルガがセシルの側に移動している。巻き込まれないようにというやつだろう。ひどい。


「イリー、待って」


 温泉、温泉! とでたらめな歌まで歌いながら歩くエルフに、本当にこれでいいんだろうかと悩む。本来は『欠片』がどこかに落ちてないかの確認に来ていたのだが、今のところサイルーンの現場のような気配は全く感じない。念のため、探査の魔法も使っているが綺麗なものだ。自分たち以外はさっぱり気配がない。五感が私たちより鋭い狼系獣人のウルガにも気にしてもらっているが、今のところ怪しいものは見つけていないらしい。……しかし、わざわざ封鎖を解いて、結局お風呂だけ入って出てきました、で良いものなのだろうか。

 私をずりずり引きずるようにして歩いていたイリアスが、唐突に足を止め振り返る。あまりに急だったので前にのめりそうになり、私は慌てて踏みとどまる。


「リチェ……」


 ちょいちょいと、内緒話でもするかのように手招きされたので顔を寄せれば、イリアスは私の眉間をぐりぐりと強めに摩る。何、と、眉頭に力を入れれば、ぺち、と額を叩かれた。


「皺寄ってる。……本当、似てないようで似てるよね、グレンダと。多少お風呂借りたって誰も怒んないよ。大丈夫大丈夫」


 叩かれた額を押さえていれば、苦笑交じりのそんな言葉が降ってきた。

で、どこ? と問われたので、少し先の建物を指差す。すると彼女は、うわぁ、と驚いたような声を上げた。


「ここか~。グレンダとも入ったところだよ」


 さぁ、行こう! と再び腕を引っ張られた私は観念してついていく。

どういうことなのか、ここ最近養母のことがぽろぽろと会話に出てくる。懐かしいような、なんだか不思議なような気分だ。もう亡くなってから三十年近い日々が経っているのに、彼女がいた気配を感じる。


「よし、鍵開いてる! 中も見た感じきれいそうだよ」


 扉を開けて嬉しそうに確認するイリアスに、私は一度セシルたちに振り返る。


「探すのはやっとくから入れそうなら入っとけ」

「……すまない。イリーに付き合ってやってくれ」


 セシルからも勧められ、なぜかウルガからは申し訳なさそうに言われれば、私も苦笑を浮かべるしかなかった。


「……なんか、ごめん」

「そこは、ありがとう、だ」


 毛むくじゃらで分かりづらいが、笑っているような気配を漂わせているウルガから指摘され、私は小さく息を吐く。にかっと笑みを浮かべる。


「そっか。確かにそうね。ありがと。ウルガ。ちょっとイリーと二人で入ってくるね。……セシルたちも後で入るといいよ」

「あぁ、そうさせてもらう」

「ほら、リチェ、早くー」

「はいはい」


 さっさと中に入っていってしまったイリアスから呼ばれれば、私は建物へと踏み込んだ。



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