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憧れるもの7


 光が収まった原っぱの真ん中で、私は、ふぅと息をついた。


 鳥肌が立つような嫌な感じも、ここに凝っていた暗がりも全てなくなった。

私の力まかせな浄化のおかげで、残っていた魔物の死骸も光に解けて消えたようだ。

魔素溜まりがあった痕跡は何も残っていない。

私は、地面に突き立てていた剣を抜き、ぶんっと、振るって僅かについていた土と草を落とす。

そのブレイド部分に左手を翳し、口の中で呪文を唱える。

呪文に呼応するようにほんの一瞬煌めいた剣を鞘に納めながら、振り返った。


「ギル、ありがと! デュアン、後ろ、何か出てきた?」

「どういたしまして」

「いや、特になしだ」


 もう大丈夫、と請け合えば、二人がゆっくりした歩調で歩いてくる。

念のため、ギルバートがぐるりと周囲を確認する。


「リチェ、手間をかけたな」

「ううん。……でも、分かっていたなら先に言っておいてよ、師匠!」

「あぁ、悪かったな」


 近くまで来た師匠、リドルフィは、剣を抜いた様子はなかった。

私が対処しきると信じて、そのまま見守っていてくれたのだろう。そのことは素直に嬉しいが、知っていたならもっと違うアプローチの仕方もあった。補助媒体として呪い粉を使っても良かったわけだし。


「……今の、何点?」

「その歳になってもまだ訊くのか」

「そりゃ、気になるもん」


 さぁ、早く!とねだれば、リドルフィはわざとらしく空を見上げ考えるポーズをとってから、にやりと笑った。


「九十九点」

「一点足らない、なんでっ!?」

「さぁな?」


 そんな私たちの様子を見て、ギルバートとデュアンが笑っている。

きっと残りの一点は、聖女だったおばちゃんの光の方が綺麗だったとか、そういう類のものだ。迂闊に追及するとまた惚気を聞かされることになる。


「リチェの点数はともかく、一応探した方がいいんじゃないか?」

「そうだな。念のため、な」

「なんでともかくなのよ! 確かに探した方がいいけども!」


 雑にまとめたデュアンとそれに乗ったギルバートに文句を言い、私は髪をかきあげる。さっき走ったことで前に落ちてきている横の毛を後ろに流し、周りを見渡す。


「あぁ、それならここにあるぞ」


 探したのではなく、予め知っていたようなタイミングで、師匠が声を上げた。

私はまた眉間に皺を寄せる。


「師匠、なんで分かったの?」

「……あの時と同じ場所だからな」

「だとしても、もう四十年前でしょ。こんな森の中でそんな簡単に分かるもの?」


 私の疑問に、師匠は苦笑する。


「……そうだな、その辺は今度セシルやクリスもいる時に話してやろう。とりあえず、リチェ、対処を頼む」

「……」


 今は話す気がないらしい。私はやれやれと言う風にため息をついた。

ギルバートは私を気にしているようだが、デュアンの方は何か知っているらしく師匠と同じような顔で苦笑している。

もう世代交代しているつもりなのに、未だに師匠、零の聖騎士には適う気がしない。

剣を交えれば相手の歳もあって勝てることも増えたが、こういうことが起きるたびに、あの大きな背中を超えられる日が来るのか自信がなくなる。


「やっぱり黒い?」


 今それを考えても仕方がない。私は数歩離れたところにいる師匠の元へ向かう。

頷き、そこだ、と大きな手が指差す先、人差し指の爪ほどのサイズの黒く光るものが落ちていた。

『欠片』だ。


「……本当にあるし。報告に行かなきゃじゃないの」

「最近また出始めてきてると聞いたが、どうなんだ?」


 呪文を唱え、手に光を纏わせると私は屈みこんで『欠片』を摘まみ上げる。

黒く硬質な光を跳ね返しているが、形は植物の種に似ている。目の高さにまで持ち上げたそれを、まじまじと見つめていれば、寄ってきたデュアンが訊いた。


「えぇ。この半年の間に二つ片付けたわ。これが三つ目」

「マジかー…… またあれが出てくるとかじゃないよな」

「さぁねぇ。師匠はどう思う?」

「流石に周期的にはまだだと思いたいが……」


 流石に師匠も少し険しい顔をしている。

ギルバートがやっと見回り終えたらしく寄ってきた。


「うわ、『欠片』まであったのか」

「うん」


 周りはどうだった?と問う視線を投げかければ、彼は問題なかったと頷いた。確かに剣は鞘に戻してある。逃した魔物や、何か異常物などはなかったようだ。


「今出てこられても困るんだけどね」


 そう言いながら『欠片』を両手で包むと、ぎゅーっと握りつぶすようにして手に閉じ込める。その上から、息を吹きかける。

反抗するかのように手の中でバタついた『欠片』は、やがて静かになった。

私は確認するために、目の高さで片手を軽くだけ上げ、中を見やる。先ほどまで黒かった『欠片』はその色を失い、形は同じままに透明になっていた。

私はそれのやり方を教えてくれた人を思い出す。照れ屋で心配性で、誰よりも強く、そして優しかった人。きっと師匠も同じ人のことを思い出しているだろう。


 私は、浄化された『欠片』を摘まみ上げると、腰のホルスターから小瓶を出し、蓋を開けて中に落とした。かちゃん、と小さな音を立てた『欠片』を瓶越しにもう一度見つめ、小さく息を落とす。


「……聖騎士はいるけど、聖女がいない」




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