失われるもの7
夢見はあまり良くなかったように思う。
懐かしい夢を見ていたのに、途中からぐだぐだと余計な何かと闘っていたような、そんなうっすらした疲れが残る目覚めだった。それでも安心できる相手がそばにいたからだろうか、いつもより少し体が軽くなったように思う。
もしかしたら昨晩、イリアスからすっぱり言い切ってもらったことで、少し吹っ切れたのかもしれない。
「そういえば、なんでヴェルデアリアにいたの?」
四人で焚き火を囲む朝食の席で、今更な質問をしたら「墓参り」なんてらしくない答えが返ってきた。
よくよく聞けば、イリアスやウルガの知人の墓ではなく、亡くなった養母に頼まれて時々来ていたらしい。
養父母たちの育った地であるヴェルデアリアには、彼らの知人が多く眠っている。街自体が放棄されてしまったため、もう墓守もいない。墓石も瓦礫と一緒に風化してしまった。
四十年前、あの場に多頭蛇の魔物が出た時、養母はおそらくもう二度と来られないだろう故郷の墓地に花を手向けた。種で持ち込んだ小さな野花を、イリアスがその地で芽吹かせ、辺り一面を花畑にしたのだという。
エルフは植物との親和性が高い。イリアスは種を一瞬で育て花を咲かせるなども簡単にやってみせる。養母はそれを知っていて頼んだのだろう。以来、近くを通った時にはヴェルデアリアに寄り、あの時咲かせた花に挨拶をしに来ていたらしい。何年も立ち寄っているあたりはエルフには珍しいぐらいの律義さだが、植物に挨拶をしに来ていたというあたりは、エルフらしいといえばらしいのだろうか。
ちょうど王都に行くところだと言うので、しばらく一緒に行動することになった。
まずはフォーストンに戻り、それぞれの用事を済ませる。私とセシルはいつも通りの役割分担だ。セシルが騎士団、私が冒険者ギルド。
ギルドの受付に行けば、いつかの不愛想な男が私を見るなり、顔をひきつらせた。
「あちらへどうぞ」
微妙にぎこちない笑みのようなものを浮かべて、奥への扉を手で指し示す。以前と態度が違う。ジャックが何か言ったのかもしれない。私は苦笑しつつジャックの執務室へと向かう。
執務室の扉をノックすれば、今回は秘書が出た。柔らかい笑みに泣きぼくろ子の色っぽい美人だ。そうか、こういうのが今のジャックの好みか、とニヤニヤしていたら、ため息をつかれた。
「そいつ、男だぞ」
「え?」
本当に? と、美人秘書に視線を向ければ、にっこりと微笑まれた。よくよく見れば喉仏がある。緩いどちらともとれる服装だが、確かに骨格も男性のものだ。まじまじと見ていたら、お茶をお出ししますね、と、彼は慣れた様子で出ていってしまった。その声も仕草も、言われなかったら美女だと信じてしまうようなものだった。
「……で、今度はどんな面倒事を持ってきた、リチェ、この疫病神」
「ひどい言いようね」
秘書を見送っていたら背後から嫌そうな響きの声がかかる。振り返りながら唇を尖らせる。
「面倒事というか確かに案件をもって来たんだけども。……っと、その前に頼んだの教えて」
「冒険者どもの所在と最近来ている依頼についてだったな」
彼は執務机でぶつぶつ言いながら書類を探し始めた。私は勝手にソファに腰を下ろし、その様子を眺める。
古くからの腐れ縁だからというのもあるが、ジャックは文句を言うが仕事はきっちりこなしてくれる。この男はこの男なりにフォーストンという街を愛していて、彼のやり方で守っている。知っているからこそ私も信頼し可能な限り彼には情報を落とす。
「……先日の連中の件では、うちの馬鹿どもが迷惑をかけたな」
書類を探し俯いた姿勢のまま、ぼそっと告げられた言葉に、ううん、と私は緩く首を横に振る。
「連中はどうなるの?」
どうやら目当てのものを見つけたらしい。紙束を差し出された。そのまま鋭い目がこちらを向く。目の周りの皺に歳を感じた。幼い頃……お互い孤児院にいた頃から知っているがこの人も歳をとったなと今更のように思う。立ち上がり、書類を受け取って確認する。
「とりあえず冒険者登録は抹消。うち経由じゃなく直受けだったらしい。今、依頼元の洗い出しをしてるから、その間は少なくとも生かしとくだろうな。後はまだわからねぇ」
淡々と告げられた言葉に目を細める。
先日島の方で捕縛した連中には冒険者の身分証を持っている者も混ざっていた。あの場で捕まえたのは全て雇われ者だったせいで、黒幕は未だに不明。『欠片』絡みの集団行方不明事件を模倣した主犯はまださっぱり分かっていない。
その辺りの調査は数日前、正式にここの騎士団に委譲したところだ。私たちは本来の方の事件を追わねばならないから。
「……リチェ、同情するんじゃねぇぞ。連中は自分たちで選んであの依頼を受けたんだ。犯罪者探し以外の対人は受けるなって散々言い聞かせてあるのに、それでも勝手に見つけてきて引き受けたんだ。あの馬鹿ども……っ」
言い捨てる言葉の語尾の強さに、捕まった連中も、ジャックはそれなりに目を掛けていたのではないかと思い当たった。きっとその推測は合っているだろう。彼はここフォーストン出身で、自分のような孤児上がりの若者を、少しでも拾い上げ育てようと若い頃から尽力していたのだから。
「あっちこっちで叱られた後よ。……ただ、あなたなら考えてしまうのも分かってくれるでしょ?」
「お前は、たとえモーゲンに行かなかったとしても、あっち側には行かねぇ。自分でも分かってるんだろ」
「……ありがと」
で、次の依頼はなんだ、と促されて苦笑する。こんな言葉を吐く時にもっと優しい顔をできていたなら、姉ももしかしたら彼を選んだかもしれないのに。そんな余計なことをつい考えて、一度は確認した書類に目を向けることで払い落とす。内容をざっと見てから、紙束を懐にしまい、代わりに地図を出した。
「ヴェルデアリアで『欠片』が見つかったわ。冒険者ギルドに協力を要請します。この近辺の過去に『欠片』が発見された場所全てに人をやって調査をお願い。新たな魔素溜まりや『欠片』が出現している可能性があるわ」
「……やっぱり面倒事じゃねぇか。あーー、もう、どうせその地図に調査対象の場所書いてあるんだろ。見せろ」
ジャックはがしがしと頭を掻きむしり、恨めしそうに私を睨み付けた。




