失われるもの6
焚き火の炎が揺れている。
さっきまで食べていたスープの残り香と、薪の燃える時特有の香りが辺りに漂っていた。
「……ばっか、ねぇ。そんなの倒れるに決まってるじゃない」
すぱんと言い切ったのはエルフのイリアス。しかも、かなり溜めまで入れて強調気味だ。
容赦のない言われように、私は首を竦めた。苦笑交じりなので怒られているわけではないのだけど、つい視線を逸らしたくなるその言葉に、私は不貞腐れる。
あの後、まずはセシルが見つけていた『欠片』の浄化を行った。
魔封じの瓶に保管されていたのは、小さな木の葉形の『欠片』だった。セシルは浄化は出来ないので、まだ黒く、見ると落ち着かなくなる気配を漂わせたそれに、私は一瞬躊躇った。魔素溜まりの浄化の後みたいに目眩や頭痛が来るのではないかと警戒してしまったのだ。
その様子を見て取ったのだろう。セシルは『欠片』の浄化を後にするかと提案してきた。その言葉に我に返って、半ば勢いで浄化を行った。行った後に魔力切れを起こさなかったことにほっとしたのは……多分、彼にはバレていただろう。
大丈夫だと言ったのに、浄化後にもう一度休憩を挟んでから移動になった。
馬を走らせて向かったのは、古くからある旧街道横の野営用の広場。セシルの頭の中にはその辺の地図もしっかり叩きこまれていたらしい。彼の後についていくだけで問題なく目的地に着いた。
そこで待っていたのが、エルフのイリアスと、狼系獣人のウルガだった。
野営の準備として火を起こし、野うさぎ二羽と野草などを用意した状態で待っていたイリアスにまず言われたのは「ごはん、作って」。
あまりにも彼女らしいマイペースさに思わず笑ってしまった。
馬から降りた私は、腕まくりをして久しぶりに料理をすることになった。
「いい? リチェ。魔力っていうのはね、心の強さで決まるの。体力と違って単純に休めば回復するわけじゃないの」
念押しするようにイリアスが言う。子どもに分かり切ったことを言い聞かせるような口調に、私はつい唇を尖らせる。言われていることは散々子どもの頃言われてきたことなので反論なんぞできるわけがない。大人しくお説教されるしかない。つい横を向けば、矛先になっていないはずのセシルまで微妙に居心地悪そうな顔をしていた。
「つまり、蓋を開けたら本来とは全く違う仕事をする羽目になって、おまけに夜盗相手に同情までして、胃が痛いとかやってるのに碌に休んでなかったってことでしょ。自分は何のために戦うのかまで見失いかけて。……そんなで魔力なんて回復するわけないよ」
さっきまでぼそぼそと悩みながら話していた近況を、イリアスによって情け容赦のない形に要約されてしまった。反論の隙もなく、しかも一つ一つの言葉がざくざく刺さる。うぅ、と唸れば、ウルガから同情するような目で見られた。同情するなら助けて欲しい。
「……本当、困った子ね。変なところでグレンダにそっくりじゃないの」
「え?」
ため息の後に続けられた言葉に、つい反応する。焚き火の向こう側でウルガの尻尾を抱いたまま、こちらをじーっと見ているイリアスは、訊き返した私に重々しく頷いた。長命種のエルフであるがゆえに見た目は人間で言えばせいぜい二十前後だ。そんな風にしていると可愛らしく見える。
「そっくりよ、あなたたち親子。グレンダもよく余計なところまで悩んでたし、そんなの放っておきなさいっていうのようなやつまで助けたがったし、本当、世話が焼けたもの」
出てきた養母の名前に、そうなのか、と、目で問えば、「そうよー」と軽い口調で返ってきた。
「どうせ、あなたもあの夜盗たちを見て、自分もグレンダ達に引き取られなかったらあっちだったかも、とか思っちゃったとか、そんなでしょ」
「……あ」
自分でも上手く認識しきれてなかった部分を言い切られ、思わず声がこぼれた。手で口元を覆う。
横からセシルの手がぬっと伸びてきた。慰めなのか、それとも戒めなのか、ぼすぼすと手のひらで頭を何度か叩かれた。痛くはないが、なんとなく少し腹が立つ。
「……バレーラのことは、状況が分かった時点で騎士団に引き継ぎ、こいつはさっさと王都に戻すべきだった。そこは俺の落ち度だ」
私の頭の上に左手を置いたまま、低く微妙に沈んだ声で言うセシルに、私はちょっとびっくりした。
「セシル何言ってるの?」
「あれは、どう見てもお前向きの案件じゃなかった。最終的に死人が出なかったから良かったが、出てたら延々引きずっただろ、お前は」
「……」
「そうそう。セシルも付いてたならなんとかしなさいな。リドほど過保護になれとは言わないけれどさ」
「……面目ないです」
なぜかセシルが凹んでいる。私は、彼の右手に小さなコップがあることに気が付いた。
「……イリー、セシルに何か飲ませた?」
「少しだけね。リチェも飲む? 見張りは私とウルガでするから大丈夫よ」
「正確には俺がする、だな」
ぼそっとウルガが付け加えた。どこか悟り切ったような声だった。確かにイリアスは割とこういう時容赦なく寝てしまう傾向があったように思う。視線を上げたらウルガの優しい目がこちらを見ていた。
「今夜一晩ぐらいはおばあちゃんたちに甘えて、少し休みなさい。なんならまた子守唄歌ってあげよう」
私の美声、聞く? なんて片目を瞑られ、首を横に振る。イリアスの見た目でおばあちゃんとか言われても全く説得力がない。ただ、昔、イリアスが養母を娘のように見守っていたなんて話を師匠から聞いた覚えがある。友人であり、保護対象であり。本来は人と距離を置きやすい長命種なのに、あまりに危なっかしくて放っておけぬ、と、目の前のエルフは養母の親友として養母が生きている間ずっと気にかけてくれていた。そんな彼女からしたら、私は孫も同然ということなのだろう。
「……イリー、私、もう四十半ばなんだけど」
「まだまーだ、よ。……私の歳、言う?」
「いい」
エルフと歳で勝負して勝てるわけがないのだ。




