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失われるもの5


 イリアスとの関係を、友人と言うには少し恐れ多い気がする。

でも、私たちの関係を分かりやすい言葉にするなら、友人、が、一番しっくりくるだろう。

私にとっての師の一人であり、養父母の仲間であり、そして私自身の友人でもあり。長寿種のエルフらしいマイペースさで、気安く話しかけて稽古をつけてくれたと思うと、ある日ふっとまた旅に出てしまう。そんなことを繰り返すうちに、最近は会った時には、土産話を聞かせるから奢ってくれ、と、完全に友達のノリでランチをねだられるようになった。多分、彼女の中で私は教育対象から友人枠に移行したということなのだろう。


「魔力切れかー。きついよねぇ。二日酔いの方がしんどいけれども」


 すぐ横にしゃがみ笑いながら、私が頭を抱えているのを眺めている。


「いつからいたの……?」

「ん-、さっきだよ。浄化の光が見えたから寄ってみたらセシルがいたから、さ」


 くい、と顎で示された先、二の聖騎士の横に彼女の相棒がいた。

セシルと同じぐらいの背丈で、横幅はもっとある。ぼふっと暖かそうな毛皮の獣人、ウルガ。元は王国の騎士だったという彼も私にとっては子どもの頃から知っている古馴染みだ。


「とりあえず、もうちょっと寝てなよ。ポーション飲んでもまだきついしょ」


 言って、何を思ったのか彼女がごそごそと私の背後に回る。何をするんだろうと首を巡らせ目で追いかけたら、するりとしなやかな手が両肩に伸びてきた。別に強く引かれたわけでもないのに、気が付いたら視界が一転している。さっきまでも見ていた青空が視野いっぱいに広がり、その上側の方に青みがかった銀の髪が揺れている。頭の下に、さっきまでと違う感覚。そこまで認識してやっと膝枕をしてもらっているのだと気が付いた。


「……イリー?」

「寝てなって。まだ頭痛いでしょ」


 ほぉら、眠い眠い、とか子どもをあやす口調で私の目元に自分の手を乗せる。


「……寝てるわけには」

「半べそかいてた子が何言ってるの。大丈夫よー、こんなところに置いてったりしないから。もう浄化も終わってるんでしょ。問題ないない」


 うわ、そこまで見られていたのか。私は頬が赤くなるのを感じた。もういい年した大人なのにカッコ悪い。でも、イリアスは全然気にした様子もなく笑っている。考えてみたら四桁の年数生きると言われているエルフの彼女からしたら、高々四十半ばの私なんてまだ子どもみたいなものなのかもしれない。

睡眠魔法、使う? と問われて首を横に振る。


「起こしてね」

「はーい」


 私は諦めて目を閉じた。顔にのっているイリアスの手は小さく華奢で、私と同じように剣を持って戦う剣士だとは思えない。柔らかでほんのり温かい。さっきまで頭と一緒に脈打つように感じていた眼球の辺りから緊張が解けていく。さっき飲んだポーションの効果もあるのだろう。目を瞑るとぐるんぐるんと回るような感覚もなくなっていた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 ふふっと笑う気配が降ってくる。そのまま黙っていれば、彼女は機嫌よさげにふんふんと鼻歌を歌い出した。なんだか懐かしい響きだ。柔らかで軽やか、なのにどこか神聖魔法を唱える時の韻に似ている。

目を閉じているからか、普段は感じないものまで感じる。

風が揺らす草がたてる音、遠く高い空で鳴いているらしい鳥の声。イリアスが私の肩をゆっくり撫でる時の小さな擦れる音。自分と彼女の呼吸音。

少しずつ気持ちが落ち着いてくるのを感じ、気が付けば肺から深く息を吐き出していた。

思えば最近ずっと息苦しかったような気がする……。




 静かに呼吸を繰り返しているうちに、本当に寝てしまっていたらしい。

寝返りを打ちたくなって、違和感を覚えた。なんだか、頭の下が固い。


「……起きたか」


 明らかにイリアスのものではない低い声に、びくっと隠しようがないぐらいに体が震えた。もう寝たふりもできない。そろりと薄く目を開け、確かめる。

さっき見えていた長い銀髪はそこにはなくて、見下ろしてきている切れ長の目があった。

よく知った顔に、思わず、ひっと顔が引きつる。膝枕の枕がいつの間にか交代していた。慌てて起き上がろうとしたら止められた。大きな乾いた手が私の額に触れる。


「熱はないな。頭痛は?」

「……ない。目眩も治まった」

「よし」


 なら良い、と、私を押さえていた手が退いた。私は上半身を起こすと、そのまま伸びをする。腕を上げ、ううーんと背筋を伸ばした。自分でも言った通り、先ほどまでの酷い痛みも目眩もなくなっている。下草で多少は柔らかいものの地面の上で寝てしまった時特有の体のこわばりはあるけれど、割とすっきりした目覚めだ。


「……イリーたちは?」

「ちょっと寄るところがあるって言ってた。後で合流する」


 その場にいないことから、もしかして夢だったのだろうかと訊けば、あっさりと現実だと教えてもらえた。いつの間にか立ち上がっていたセシルが手を差し伸べてくる。その手を借りて立ち上がり、辺りを見渡した。あちこちに瓦礫がまだ残っているため、広く見渡せるのは浄化した辺りだけだ。残念ながらエルフと獣人のペアの姿はここからは見えない。


「……ごめん。ありがと」

「ん」

 

 返ってきた短い相槌に、私は繋いだままの手をきゅっと握った。



前作でも出てきた二人の登場です。

イリアス、ウルガのペアは前作完結後は一緒に行動し続けています。

番外編にも書いているので、良ければどうぞ♪

https://ncode.syosetu.com/n9890ju/36

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