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失われるもの4


 聖光が全てを包み込むように、ほんの一瞬だけ世界を白く染めて。

やがて、視界に色が戻ってきた。

魔素溜まりの暗がりはなくなっていて、ところどころまばらに石畳が覗く、草だらけの広場がそこにあった。

何の変哲もない、廃墟の、よくある光景。

グラーシア王国には、戦乱期の爪痕としてこういう場所は珍しくない。七十年経った今も残り、ひっそりと朽ち、風化しきるのを待っている。


 錫杖を石畳の地面に最後に打ち付けたその姿勢で止まっていた私は、振り返ろうとして……。


 がくんと、視界が一段階下がった。

びっくりして目を大きく見開く。その目に慌てて走ってくるセシルが映った。


「リチェっ!!!!」


 崩れ落ちる直前を、掬い上げるようにして抱き留められた。手から離れた錫杖が、じゃらん、と、大きな音を立てて石畳の上に倒れる。音にそちらを向いた私の目の前で数度弾むうちに姿を変え、元の剣へと戻る。注ぎ込まれていた魔力が途切れたからだろう。


「……あはは、ちょっと膝の力が抜けちゃったみたい」


 苦笑を浮かべ、私を支える男に視線を戻せば、眉間に深く皺を刻んだ顔がこちらを見つめていた。

あぁ、まずい、これは本気で怒っているかもしれない。

崩れ落ちた私と一緒に片膝をついた姿勢で、セシルがじっと見ている。頭の奥の方ではこれから激しくなるのを予感するような脈打つ痛みがじわじわと主張し始めている。


「……セシル?」


 何も言わない。その沈黙に耐えられなくなって名を呼んでみるけれど、返事はない。

探るように、確かめるように私を見つめていた彼は、唐突に視線を切ると私を抱えあげる。

うわっ、と、我ながら色気も何もない声が出た。ぐんと上がった視野に一瞬目眩を起こしそうになって慌てて相手の首にしがみつく。


「あ、剣……」

「わかってる」


 そのまま歩き出され、慌てて言えば、言い捨てるような短い言葉だけが返ってきた。

私を抱えあげたまま器用に屈むと、細身の剣を私に拾わせる。その後はやっぱり無言で。

沈黙の重苦しさに私は俯く。


「……一応、『欠片』がないかどうかを」

「わかってる」


 悪足掻きでぽそぽそ言えば、今度は言葉だけだった。私を運び、近くの大きめの瓦礫の横までくると、元は建物の一部だったらしい崩れた壁に、もたれかかるよう私を下ろした。剣を受け取り鞘に収めてくれる。

これ以上何か言えば怒鳴られそうな気がした私は諦めて黙る。

彼は辺りを見渡し、柔らかそうな草が生えたところまで行くと己のマントを外し、敷く。戻って来て私をもう一度抱き上げるとそちらに運び、有無を言わさず寝かす。

更に着ている上着を脱ぐと、私の上にばさりと覆いかけた。


「しばらく寝てろ。『欠片』を探してくる」

「……ごめん」


 ぶっきらぼうに言われた言葉に彼の上着の中縮こまって謝れば、いや、と小さく不機嫌そうな声が降ってきた。


「……すまん」


 なぜか謝罪の言葉を一つ残して走って行く背中を、見送る。

しばらくそちらを眺めていたけれど、振り返りそうにない様子に首を真直ぐに戻す。

空を見上げ……目を閉じる。途端にぐるんぐるんと回転しているような不快感と割れるような頭痛が襲って来た。不快極まりない感覚に慌てて薄目を開ける。空の眩しさは少し辛いが、完全に目を閉じない方が良さそうだ。


「ざまないわ」


 こっそりと嘆息する。おそらく魔力切れだろう。あまりに久しぶりの感覚に困惑する。今日の戦闘はそんなことになるほど激しいものではなかったし、行った浄化だってそこまで規模の大きなものではなかった。普段なら何の苦も無くこなせたはずなのに、自分だけこうして倒れている。普段ならあり得ないレベルのミスだ。自分の限界値を見誤るなんて。とても恥ずかしい。

同じようにあれこれこなしているセシルはまだ余裕で動けている。なのに自分は出来ない。それが、とてもとても、悔しい。


「……」


 あぁ、嫌だ、この状態は良くない。

じわりと目元が熱くなって、視界が揺れたのを感じ、私は手の甲で乱暴に目をこすった。

ぐしぐしと強めに擦り続ければ、目に集まった熱がなんとか引っ込む。後で赤くなるかもしれないけれど、知ったことか。

涙腺の緩い女の体を呪いながら、私は口をへの字にして耐える。本当に何故私は男に生まれなかったんだろう。そうしたらもっといろんなことが楽だっただろうに。

 掛けて貰った上着を鼻の上まで引き上げた。本当は頭まですっぽり被りたかったが、それをやると死体みたいになってしまう。目だけ出した状態でじーっと耐えていれば、やっと少し落ち着いてきた。


「……ポーション飲もう」


 わざと口に出して言う。そのままの姿勢でごそごそと腰のポーチを漁り、目当ての瓶を見つけた。

寝たままでは飲めない。起き上がろうとして、再びハンマーで殴られたような頭痛に見舞われた。体を起こすことには成功したものの、そのまま前に倒れるようにして頭を抱える。

はー、はー、と息を吐いて痛みを逃し、ポーション瓶を開け、一気に呷った。

空になった瓶が、しゅん、と消えた。


「……辛そうねぇ。大丈夫、リチェ」

「……大丈夫。ポーション飲んだから少ししたら落ち着くはず」


 問われて、ごく当たり前のように答えてから我に返る。ここにはセシルと自分しかいない。こんな風に訊く人は居ないはずなのに。


「やぁ、リチェ、久しぶりだね」

「……イリーっ!!!?」


 顔を上げ、目の前にいたエルフが、にこりと微笑んだ。

思わず叫んだ私は、その直後襲って来た頭痛に、もう一度体を折ることになった。




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