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失われるもの2


 口の中で呪文を唱える。呟きのような音量でも正しく韻を踏んで使うのは、自己強化の神聖魔法。

私にこの魔法を叩きこんでくれたのは、戦棍を使って前線で戦っていた司祭だ。通常司祭が戦場の最前線にまで出てくることはない。後方支援として前衛たちに守られたところで神聖魔法を使い、味方の防御や強化、そして治癒を行う。しかし、私の師の一人であるその司祭は、自己強化と簡略化した防御魔法を使い、騎士や剣士たちと一緒に最前線で戦い続けていたそうだ。

師匠である零の聖騎士リドルフィとも何度も共闘しており、私が子どもの頃も何度も故郷モーゲンに来ていた。身体強化などの祝福を持たぬ私が聖騎士になると決めた時、他ならぬ彼自身が私に自分の戦い方を教えたいと言ってくれたと聞いている。


「……いいわ。準備できた」

「こっちもいつでも大丈夫だ」


 いくつも重ね掛けした強化魔法で、体を包む大気が、ふわりと温度を上げたように感じた。自己強化の術がもたらす、よく知った感覚に勇気づけられる。大丈夫だ、と、自分に言い聞かせるに似た、戦闘前の私の儀式。その効果を噛みしめながら、右手を愛剣の柄に置く。

私の右で同じく目を閉じ、集中していた男が応えた。彼は身体強化系の祝福の持ち主なので呪文などはない、それでも精神統一のためか、よく戦闘前はそんな風に目を閉じているのを見る。


「じゃぁ、はじめましょ」


 とんとん、とその場で二、三回軽く飛んで体の調子を確かめる。ほんの少しの違和感。体調は悪くなかったが、連日の疲れは確実に残っている。気を付けなければ、と、心に書き止め、ゆっくり歩き始める。

相方である二の聖騎士セシルから状況を把握しやすいように、魔素溜まりの中心を軸にして少し角度を変える。

幸い、ここは戦闘を阻害する物は何もない。いくつか瓦礫は残っており、草も好き勝手に生えているが、元が石畳の広場か何かだったのだろう、比較的平らで広く場所がとれる。


「……」


 円周を八等分したうちの一つ分ほど移動して、止まる。

首を巡らせ、元いたところを見れば、セシルと目が合った。一つ頷いて見せれば、あちらからも頷きが返ってきた。

私は視線を魔素溜まりへと戻す。すぅっと、目が細まる。三体ほどいるらしい中型の魔物の場所を確認して、一度目を閉じる。

息を、吸い込む。

じりりと足が前後に開く。腰を落とし、静かに構えた。


 息を止めたまま、気配を探る。

広場を渡る風が草を揺らす音。遠く空を渡る鳥の鳴き声。規則正しい自分の心音。

小さな何かが這いずるような音、ずるり、と、魔素溜まりの奥で何かが動いた。


「……っ!」


 かっと目を開く。

左足が、大地を蹴った。魔素溜まりに向かって駆け出す。柄をしっかり握った右手が剣を引き抜いた。


「――光よ……っ!!!!」


 ヴゥン、と、低く震わすような音と共に、剣身が、腕が、光を纏う。

剣と己の腕が一体化したいような、不思議な感覚。

魔素溜まりの縁に右足が踏み込む。ざわりと一瞬にして入り込んだところに鳥肌が立つ。

本能的な恐怖、警告音が頭の中で鳴り始める。

近くで何かが動いている。一斉に浴びせられた視線を感じながら、もう一歩、二歩、進み――……。


 右斜め上から、剣を振り下ろした。


 ぶわりと音が聞こえそうな勢いで、暗がりが吹き飛ばされていく。

シャァァ、という無数の鳴き声と共に、感じていた視線の半分以上が消えた。

右耳が足音を捕らえた。

剣を振り下ろした姿勢で、ほんの一瞬だけ止まり、見据える。自分が対峙しているものを確認する。

でも、次の瞬間には踏み切り、左へと飛んだ。

さらに次の瞬間には、私のいた所に真っ黒な大蛇が突っ込んでくる。そこに駆け付けたセシルが重い一撃を入れ、蛇の頭を斬り飛ばした。


「……蛇っ!?」


 思わず舌打ちしていた。犬型など四つ足であのサイズの光なら大したことがないが、蛇となっては話が違う。その長さから戦い難さが格段に上がる。

あぁ、そう言えば、ここには大蛇がいたのだと師匠は言っていたっけ。だとしたら同じような魔物が出現していてもおかしくない。というか、真っ先に思い浮かんでも良いぐらいだ。その可能性に気付けていなかった辺り、相当に疲れが溜まっているということだろう。


「リチェ、大きいのは俺がやる。細かいのを全部吹き飛ばせ!」

「分かったっ!!」


 セシルが頭を斬り落とした黒蛇の胴体は、しばらくのた打ち回った後、静かになった。

私に怒鳴るように言った二の聖騎士は、そのまま魔素の薄いところを縫うように走って行く。

私は後方に一度飛び退いて、再び剣を構える。見ればまだ残る暗がりに指ほどの太さの小蛇が大量に蠢いていた。うわ、っと顔を顰める。別に蛇は苦手じゃないが、これだけいると流石に気持ちが悪い。暗がりで互いに絡み合うようにしながら、こちらを窺っている。本物の蛇ではなく魔素溜まりから発生した類の魔物だからかうろこはなく、ぬるりとした表面が光を跳ね返している。


「これは、師匠にも何か奢って貰わなきゃ、ねっ!」


 文句を言いつつ、剣を、ぶん、と、振るう。

直接切らなくとも、剣圧にのった光は、振るった先の闇を払い、小蛇を霧散させていく。

微妙に立ち位置を変え、蛇たちからの攻撃を交わしながら、私は暗がりを削いでいった。




お気づきの方は、ふふってなったかな。

戦場は前作と同じ場所です。

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