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失われるもの1

ここから第三章です。


 朽ちた街を、ゆっくり歩いていく。


 学園街ヴェルデアリア。

戦乱期、今から約七十年前に壊滅的な被害を受けて、その後再建されなかった場所。

かつては、その学園街の名が示す通り、聖騎士の養成校をはじめとし、大規模な騎士学校や魔法学校、それ以外にも子どものたちの教育機関をいくつも擁した街だった。

王国の英知を集め、日々勉学や訓練に励む子どもたちで賑わい、希望にあふれていた。

しかし、戦乱期初期、この街には魔物の群れがなだれ込んだ。

生き延びたのは、僅か四十名ほど。そのほとんどは子どもで、その周りには子どもたちを守ろうと無残な姿になった大人たちが壁となり、最後はその骸で子どもたちを守っていたという。

 そこから約三十年後。神樹の出現の少し前。

ここには、大きな魔素溜まりができ、史上最大級の魔物が現われた。

七つの頭を持つ大蛇。凶悪なそれを倒したのが、今も武勲詩として謳われている当時の聖騎士と聖女。……つまり、私の養父母たちだ。


 大きな瓦礫がところどころに多数転がっているが、街の姿をとどめていない。

生命力逞しく瓦礫の上にも芽生えた草が全てを覆い隠そうとしている。

今はまだそこにあった多くの建物や石畳の道の名残は残っているが、もう何十年かしたら植物の勢いに負けて草原の一部になってしまうだろう。


 養父であり、前世代の聖騎士であるリドルフィからの手紙には、念のためこの地の様子を見て来て欲しいとあった。

その手紙に添えられていたのは、地図。彼が把握している全ての『欠片』の出現位置が書き込まれた地図には、ここ、ヴェルデアリアにも大きな印がついていた。通常はせいぜい小指の先程度の大きさで見つかる『欠片』だが、ここには手のひらほどの大きな『欠片』があったと聞いている。


「リチェ」


 呼ばれて振り返る。

長身の男が、確かめるような視線を私に向けていた。


「……大丈夫。大した規模じゃない。やれるわ」


 私は、ゆっくりと首を巡らせ、前方にて凝っている闇を見据える。

魔素溜まり。

昼日中の明るいはずの地を黒く染め視界を妨げる暗がりの正体は、その名の通り大量の魔素だ。それも汚染された魔素が吹き溜まっているから、あれだけ暗く本能的な嫌悪感や恐怖を感じるのだ。


「ゲイルも連れて来れば良かったな」


 もしくは、誰か代理の司祭でも、と言う二の聖騎士に、私は首を横に振る。


「他の連中だけでも休ませよう、って話したじゃないの。ここは人のいる場所じゃないから、最悪もう一度来るぐらいのつもりでもいいだろうって。……でもって、この規模なら私一人で大丈夫。魔物もあなたと二人なら何の問題もないでしょ」

「まぁ、な」


 分かってはいるが、と、渋い顔をしている。

言いたいことは分かるのだ。彼が心配しているのは私の過負荷。確かに、どう考えてもここのところ働き過ぎだ。やっと休暇だと思って実家に帰ったのに、新たな被害地が見つかったと聞かされサイルーンに走り、そこの封鎖が終わったら、今度は遥か離れた漁村バレーラへ急行だ。やっと王都に帰れると思った時に思い出したのは、師匠からの手紙。

ヴェルデアリアに寄るに当たり、誰を連れていくかは調査隊の面々とも相談した。

私たちもだが、他のメンバーも疲労がたまっている。大丈夫だ、ついていくと言う部下たちをなんとか説得し、確認には私とセシルの聖騎士二名できた。

彼らの体力を信じていない訳ではないし、いたら大変心強いのも事実だが、使い潰してしまうわけにはいかない。今後さらに忙しくなりそうな嫌な予感がするから、先に帰って休んでおけと無理矢理帰したのだ。


「……細かいのがいっぱい、かな。数えるのが難しい感じ。でも、大きいのはいない。」


 探査の魔法を使っていた私は、視界に重なる細かな光の点に目を細める。

魔素溜まりの暗がりが、そこにいる魔物の薄緑色の光で星空のようになっている。


「……サイズ的に虫ではなさそう。うーん。ネズミとかカエルとかそういう大きさに見える。でもって、犬ぐらいの中ぐらいが三」

「了解。なら、いつも通りだろうな。お前が最初に吹き飛ばし、残ったのはこちらが仕留めていく」

「わかった」


 私たちは同じ聖騎士の称号をもつ者だけど、得意なことがかなり違っている。

私は持っている強い光の祝福と、使っている剣の性質上、剣圧を使って光属性での範囲攻撃が得意だが、力や体力ではセシルに敵わない。

対してセシルのもつ祝福は身体強化が主で、光の祝福はそこまで強くはない。私のように剣圧で一気に魔物を倒すのは難しい。


「……一度、私の剣使ってやってみる? これがあればセシルでもやれそうに思うんだけどな」

「それはお前の剣だ」


 淡々と状況からやることを口にした二の聖騎士に提案すれば、即座に断られた。


「……聖女から娘に贈られた剣なんて、恐れ多くて借りられん」


 言われて私は己の剣の柄を、ゆっくりと手のひらで撫でる。

長年使ってしっかりと手に馴染んだグリップ。まるで私の体の一部のような、一振りの細身の剣。

私の育ての親である聖女は、亡くなる数日前、己の錫杖を私に託していった。

その錫杖と融合しているのが、この剣なのだ。


「セシルだったら貸していいって、おばちゃんも言うと思うけどな」

「それはお前のだ」


 ほら、さっさとやれ、と、投げやりに促される。


「はいはい、それじゃ、さっさと終わらせてフォーストンで美味しいもの食べよ。セシルの奢りね!」


 なんで俺の奢りなんだ、という当然の文句を聞きながら、私は聖剣の柄を確かめるように握った。




第三章開幕となりました。

この章は、今までよりも前作のお話があちこちに出てくることになりそうです。

前作や短編集もちらちらと確認しながら読んでみて貰えると、楽しいかもです。


冒頭の舞台は、リドルフィとグレンダが前作『食堂の聖女』第三章で浄化したヴェルデアリアの地。

では、引き続きよろしくお願いいたします。

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