憧れるもの6
直前にあった上り坂の途中から、何かざわざわとした嫌なものを感じていた私は、その光景が視界に入った瞬間に、剣に手をかけていた。
このメンバーでは誰も守る必要などないのかもしれないが、反射的に最前列へと躍り出る。半拍遅れてデュアンとギルバートも臨戦態勢になった。
「師匠、下がっていて!」
原っぱの真ん中、本来なら遮るもののない日光に照らされているはずの場所が、そこだけ何かに覆われているかのように暗い。
『魔素溜まり』。
魔素とは魔法などを使う際に消費される力。人などの体内にあれば魔力と呼ぶそれは、誰のものでもなく大気中に漂い、どこかに淀むことがある。
古い戦場跡や、大魔法が使われた場所などはその残滓が溜まりやすいのか、時に周囲の魔素を引き寄せ凝る。
ただ大気を漂い、魔法の素になったり恵みを齎したりする魔素には本来属性はない。しかし、そうやって凝った魔素は次第に暗く闇を帯びる。生命を司り守護する光とは逆、闇を帯びたモノは生者を襲い、時に黒く染めた。
「何か、いますね」
私の隣までじりじりと上がってきたギルバートが言う。私は無言のまま頷く。
目の前の不自然に凝った闇を見つめながら、私は気配を探る。口の中で呪文を唱え、探査の術を発動させた。
見えている視界に、生き物の気配が光として重ねられた。その中にいくつか細かく色の違う光が混ざっている。魔物だ。
「……細かいね。元はネズミか何かだと思う。数は……十ぐらいかな」
「さらに細かいのも居そうだな」
背後からの、師の声に、私はもう一度頷いた。
確かに、探査の術でも薄くモヤのように何かがいることを示している。
魔素溜まりの中で、羽虫か何かも魔物化しているのだろう。キーキー言う鳴き声の他に、じじじ、と、耳鳴りように無数の羽音もする。
「ギル、撃ち漏らしをお願い。魔素ごと一気に剣圧で吹き飛ばすわ」
「了解」
「念のため、後方警戒しておく。リチェは前だけでいい」
「分かった!」
一度は私に並んだギルバートが、私が戦いやすいようにと少しだけ後ろに下がった。
デュアンがリドルフィより更に後ろに下がり、おそらく向きを変えたのだろう。声が少し遠くなる。
背後に師匠の気配を感じながら、私は両足を開き、剣を構える。
かつて零の聖騎士……いや、最後の聖騎士が得意とした、剣圧を使った広範囲攻撃。
私の意思を汲み取った剣がうっすらと光を帯びた。
握る両手も包んで、光がじわじわと強くなっていく。
確かめるように両手でグリップをねじる様に握り直す。じりじりと体を捻るようにして剣を構える。
「……はぁぁっ!!!!」
一瞬の、溜め。
一気に、横一閃――……!!
光を纏った細身の剣が、眩い軌跡を残した。
斬撃が齎す圧が、原っぱの真ん中にあった不自然な暗がりを、宣言通りに吹き飛ばす。
私の剣の高さより下を掻い潜るようにして、黒い何かが飛び掛かってきた。
剣を振り切った直後の私をフォローするように、ギルバートが素早く投擲用の短剣を投げた。
だだだ、と、重い音がして、彼の短剣に串刺しにされた魔物が地面に縫い付けられる。
「……ネズミだな」
低い声が言い切る。
ちらりと見れば、アヒルぐらいの大きさまで巨大化した真っ黒な一つ目のネズミが、短剣に自由を奪われ、キーキーと足掻くように暴れていた。あのサイズならギルバートがなんとかしてくれるはずだ。
「このまま浄化する……!」
私は再び剣を構え、自分に身体強化の神聖魔法をかけると、一直線に走って行く。
今回の魔素溜まりは規模が小さい。略式でも浄化できる規模だ。
先ほどよりは軽く剣を振るいながら、剣圧で魔素を吹き飛ばしていく。
途中、まだ残っていたネズミ型の魔物が襲ってきたが、振るった剣の光に切断され、黒い靄になって消えていく。
一気に走り込んだ先、魔素溜まりの中心へと辿り着けば、ざんっ、と、剣を地面に突き刺した。
剣が纏っていた光が、粉を散らすかのように周りに舞い散った。
「―――……
ここは生あるモノの場所。
風とめぐり、水に育まれ、
火に教えられ、地へと還るモノたちの場所。
闇に許され、光に守られ、
健やかなる命のための場所。
光よ、この地を照らせ。祝福を……っ!」
聖歌を省略して、浄化の術を完成させる。
私が突き立てた剣を中心に、ぶわりと光が噴き出した。
ほんの一瞬の光の奔流。
ひどく眩しくて、だけど目を射ることもない浄化の光が、
残っていた僅かな暗がりを全て吹き飛ばした。




