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残る想い


 街の広場で吟遊詩人が歌っている。

珍しく二人組の吟遊詩人で、片方が歌い、片方が笛で独特な合いの手を入れていた。

やや変則的な形にはなっているが、歌っているのは聞き慣れた武勲詩。

おそらく小さな子どもでも知っている、新しい神話にも似た、聖女と聖騎士の物語。

なぜか聖騎士を謳ったところは歌っていて、聖女を謳った部分は笛が奏でている。まだ未成年に見える歌い手は青っぽいマントを模したものを羽織っていて、笛の少年は頭に木の葉で出来た花冠のようなものを被っていた。


 商業街フォーストン。戦乱期前から市場が立ち、人の出入りの多い街だ。

砂地が近いためどことなく乾燥し、どこもかしこも埃っぽい。鉱山を擁するサイルーンとは違う方向に荒っぽく、治安は良くない。路上生活をする子どもたちも、目つきが鋭く、故郷や王都の子どもたちとは全然違う。スリやたかりなども多く、慣れぬ者の一人歩きは表通りでも危うい。私が子どもの頃よりも、明らかにガラの悪い人が増えた。


 広場のベンチで、私はカップを傾ける。

すぐそこの屋台で買ったスパイスティだが、どうにも薄い。本来は数種のスパイスと一緒にしっかり煮出したお茶にたっぷりのミルクを入れた飲み物のはずなのだが、香りも良くないしミルクもケチった感じがする。ただ、しっかりと熱いのだけは評価できる。王都に比べるとかなり南にあるフォーストンだが、それでもまだ春は浅い。日によっては日中でも冷えるのだ。こんな日に手にするなら熱い飲み物一択だ。


 漁村バレーラの人々を救出してから数日が経った。

あの後、地元の騎士団も到着し、引継ぎも滞りなく終わっている。

島で捕縛した男たちは雇われ者で、その依頼主については私たちが発つ時点では判明していなかった。

村人たちに聞き取りをしていて分かったのは、誘拐した村人たちをあんなところに拘束されていたものの、食べ物は与えられ、抵抗しなければ暴力も振るわれなかったという、少し奇妙な事実。

 グラーシア王国では奴隷制度は禁止されている。ただ、それでも最近は騎士団の目を盗んで人身売買は秘密裏に行われているのも事実だ。私たちが扱っている集落単位の行方不明事件も、当初はそういった類の犯行かと考えられていた。しかし、人のいなくなった現場の様子が、人攫いの犯行にしてはあまりにも不自然だった。今回のバーレアの現場と違って、他の現場は略奪や抵抗が行われた気配が全くなく、それこそある日忽然と人々だけが消えてしまったような、そんな有様だったのだ。

 これは人やそれに近い者たちの犯行としてはおかしいと女王は判断し、対人以外の案件として、私やセシル、三の聖騎士に調査依頼を出した。

 奇妙な点や、なんだか上手く文章化できないモヤモヤは残っているが、それでもバーレアの件は、人が起こした誘拐事件だ。人が起こした事件であれば、基本は騎士団の管轄であり、私たち聖騎士の範疇ではない。引き継いだからこの件は私たちの肩からは降りた。そう、降りてしまったのだ。

村を夜盗しにきた人たちが今後どうなるのかなど、どうしても気になってしまうけれど、この状況下ではもう私にできることはない。


 ふぅ、と、カップの湯気を吹く。

私の吐息を受けて、白い湯気がカップの向こうへと流れ、大気に溶けた。

ぴぃ、と、笛がまた音を外した。残念ながら今回の吟遊詩人たちはまだまだ未熟らしい。

歌い手も年若いし、笛の方はまだ学校に通っていてもおかしくない年に見える。この街の子どもたちは逞しいので、このパフォーマンスも小遣い稼ぎの一つとして身につけたとか、そんな感じだろう。

歌い手の方も歌詞が怪しい。さっきから微妙に間違えているところが何カ所か。

それでも楽しげな様子は見ていて微笑ましいと思う。後でコインを置いてこよう。喧嘩にならないように少額コインを二枚かな。


「リチェ、ここにいたか」


 ふっと日が陰ったように背後から遮られて、それと同時に声を掛けられた。

ベンチの背もたれに上体を倒すようにして仰け反り、確認すれば、いたのは言わずと知れた二の聖騎士だった。


「色々終わった?」

「あぁ。そっちも終わったみたいだな」

「ジャック相手だしね」


 例によって騎士団やら商業ギルドなどの細かい方をセシルに押し付け、冒険者ギルドの方へと行っていた私は頷く。フォーストン支部のギルドマスターは古い付き合いのジャックだ。バレーラ沖の小島で捕まえた連中の何人かは、冒険者ギルド発行の身分証を持っていた。地元の小さな街では照合しきれないので、王都に戻るついでに寄るからと、その身分証を預かってきたのだ。

私が渡したそれを見たジャックはすぐさまに渋い顔になった。彼は私といる時、大抵そんな顔をしているような気もするが。


「とりあえず、連中の登録破棄は確定だって。元々素行が良くなかったのも混ざってたみたいよ」


 見せた身分証で、確認せずともすぐに分かった者が何人かいた。元々ブラックリストに載っていた者だったらしい。多分今回の件は冒険者ギルドにとっても頭の痛い話に繋がっていくのだろう。冒険者資格の剥奪だけでは話は済まないはずだ。


「そうか。……そろそろ発つぞ」

「わかった」


 手にあるカップの中身を飲み干し、立ち上がる。


「カップ返してくるから、先に行ってて」


 屋台の飲み物のカップは返却制だ。返すと少額だが返金がある。返金自体は正直どうでもいいのだが、陶器のカップを持ったまま出発するわけにはいかない。


「おねえさん、そのカップ、俺が返してこようか?」


 すっと、目の前に小柄な少年が寄ってきて、手を出す。これもこの街の子たちの定番のお小遣い稼ぎなのだろう。本当に逞しい。こんな弱者は生きづらい街でも、自分でできることを見つけ、強かに生き抜いている。


「それじゃ、お願いしようかな。返金分がお駄賃ね。ありがと、助かる」


 ほい、とカップを渡せば、にぱっと屈託のない笑顔が返ってきた。返金の全部お駄賃になるのはきっとかなりいい条件なのだろう。少年は、「ありがとうー!」とカップを持たぬ方の手をぶんぶん振って、屋台の方へと走って行った。元気で良いことだ。


「じゃ、行こうか」

「あぁ」


 私は歩きだす。その隣にセシルが並ぶ。

王都に戻ったらきっと、あれこれ面倒なことが待っているが、こればかりは仕方がない。

門へと向かう途中、吟遊詩人の二人組の近くに行けば、コインをその前に置いていこうとして……


「え……?」


 つい怪訝な顔になる。何?と問う視線を詩人たちから受けて、慌てて首を横に振る。

小さな箱にコインを入れ、その場を離れた。


「我が歌うは 真実の歌

 神と偽りし女より 民を守りし英雄たちの歌

 朝を取り戻した英雄を称えよ!

 光を取り戻した英雄を称えよ!」


 どこかおかしい武勲詩は、街の雑踏に紛れて聞こえなくなった――……。

 




これにて第二章本編完結です。

魔物の出てこない、だけどひたすらにリチェが苦悩していた第二章、どうだったでしょうか。

貧困や苦痛は人を蝕みます。愚かさは人の判断を狂わせます。

元々は善良とまではいかずとも、犯罪など犯すはずのなかった人たちも、貧困にあえぎ、己の家族を生かすために、なんて大義名分が出来てしまえば、道を踏み外すことは往々にしてありうるのです。

そんな時、彼らをどうしたら良いのか。

特に夜盗の話を書いていた辺りは、貧困を知らぬ私がこれを書く資格はあるのだろうかなどと、かなり悩みました。現に、彼らをどうしたらいいのかは、私の中でまだちゃんと答えが出来ていません。

正直、書いていてかなり苦しかった第二章でした。


物語は、第一章と同じように二つオマケのシーンを挟んだ後、第三章へと続きます。

神樹絡みの行方不明事件と、それを模倣した何者かの事件、どちらも全く解決していません。

この先どうなっていくのか、そして捻じ曲げられてしまった武勲詩は何を意味するのか。


最後になりましたが、ここまで読んで頂きありがとうございました。

頂いたリアクションや、ブックマークなど、励みになっております。

日々のPVを見て、読んでくれてる人がいる……!とこっそり喜んでおります。


私もリチェたちと一緒に足掻きながら、書き進めます。

この先もお付き合い頂ければ嬉しいです。



2025/12/30 あきみらい

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