残されたもの28
その知らせが来たのは日が沈み、かなり経った頃だった。
会議用テーブルと椅子しかないテントの中、男の肩口に頭を預けるようにして眠っていた私は、「起きろ」という低いな声で目を覚ました。
椅子に座り、その片膝に私を座らせ、自身も寝ていただろうセシルが私の肩と腰を抱いたまま、暗がりで耳を澄ましている。
「……リチェ、動けるか?」
「えぇ」
離れがたい温もりから、無理矢理体を離す。立ち上がる私から、するりと彼の手が離れた。
腕や足などを軽く伸ばす。変な姿勢で寝ていた強張りなどは残っているが、少し回復できたような気がする。人の温もりというのは偉大だなと思う。
「……足、大丈夫?」
「問題ない」
言ってセシルも立ち上がる。緩めていた首元を正し、前髪をかき上げる。
私も手早く髪を整え、高い位置で束ねた。きゅっと引き上げられる感覚に気が引き締まる。
首のスカーフを直しながら、私も耳を澄ます。こーん、と、遠く微かに、高く澄んだ音がもう一度響いた。合図だ。
「……セシルは少しは寝た?」
起こされて、耳を澄まして初めて聞こえた合図の音に、気付いたということは寝ていなかったのではないかと、少し心配になる。どんなに鍛えても残る男女差で、体力はあちらの方が上だろうが、それでも連日あれだけ動き回っているのだから彼だって相当堪えているはずだ。
「うとうとぐらいには。……ここが片付いたら、お互い数日は休もう」
「そうね。実家帰って寝倒したいわ」
「それも良いな。俺も泊めてくれ」
「客間残ってたかなぁ」
「お前の部屋でいい」
さらりと何か言っている男に、はいはいと流して、私はテントを出る。
春になったとはいえ、まだ夜は冷える。加えて今日は海風が強い。ふるりと体が震えた。マントを前に引き寄せ、スカーフを引き上げる。
「……一の聖騎士、二の聖騎士!」
こちらがテントから出たのに気付いたらしい見張り役の騎士が、駆け寄ってくる。
「えぇ、寒い中ご苦労様。みんなを叩き起こして」
「承知いたしました!」
敬礼し、走って行く背中を見送り、私はセシルに振り返った。
「……ありがとうね」
「何が?」
「あのタイミングで夜盗にきた連中を送り返してくれたおかげで、今ほぼフルメンバーで対処できるから」
捕縛した連中は、あの後早々に馬車で送り出した。おかげで今この村には私たち調査隊のメンバーと元々の住民であるカイしかいない。
まだ体調が本調子じゃないカイを置いていく以上、ルイーナ辺りは残していく必要があるが、他のメンバーは丸ごと使える。海の民たちが夜間に見つけてくることも想定し数人は見張りに立っていたが、他のメンバーは少しは休めたはずだ。
「どういたしまして」
セシルがふっと笑う。疲れているはずなのに機嫌良さそうな様子に私は小さく肩を竦めた。
「さっさとこれも片付けて、王都に帰ろう」
「そうね、温かくてふかふかの布団が私を呼んでるわ」
そうだな、と相槌を打って、彼はテントから出てき始めた隊員たちの方へと向かう。
私はそんな彼と離れて、浜の方へと向かう。こーん、と、また一つ音が響いた。確認したと知らせてやらねばならない。足元近くに小さな魔法の明かりをつけて歩き出す。
「……リチェさん、俺もいく!」
「僕も連れていってください!」
少し歩いたところで、背後から声を掛けられた。
振り返れば二人の少年と、少し困ったような顔のゲイルがいた。
「セティはともかく、カイ……あなたは……」
「僕も行きたい。父さんたちを助けに行くんだろ!」
ゲイルに支えられながらカイが言う。正直セティは来てくれた方がかなり助かる。海の民たちと話す上で、彼を通した方が明らかに速度も精度も上がる。だが、カイは。
病み上がりの少年を横から半分かかえるようにしているゲイルに視線をやれば、小さく頷かれた。
「私が責任をもって彼の面倒を見ます。連れて行ってやってください」
「……それに、シュルリラたちが見つけてきたってことは、海を行くんだろ。僕は、船を扱える……!」
私たちとは微妙に違う発音で海の民の名を出す少年は、真直ぐに私の目を見ていた。
強く真摯な声に、うーん、と私は唸る。
「……分かったわ。ただし、ゲイルは自由に動けないと困るの。今ここにいる唯一の司祭だから。カイの補助にはルイーナとレゼを付けるわ」
迷ったのは一瞬。私は即座に決めた。
許可すると真っ暗な中なのに、カイの表情がぱっと明るくなったように感じた。ゲイルが、「ありがとうございます」と自分のことのように礼を言った。
「セティ、あなたはこのまま私と一緒にきて通訳を。カイとゲイルは一度セシルたちの方に合流を。船は借りるつもりだったから正直助かる。何か教えた方が良い情報があったらセシルに」
予め、船の現状については分かる範囲で確認をしてある。襲撃してきた連中は船の中も物色していたが、壊しはしていなかった。カイの小さな船も含め、漁船はどれも使える状態のまま残っている……ように見える。ただ、私たちに船の操船経験はない。そう考えるとカイが動けるなら手を貸してくれるとかなり助かるのは確かなのだ。
「わかった。ありがとう」
「ううん。では、行って。すぐに出ることになるわ」
少年が暗い中を歩きだす。私はゲイルに一つ目配せをした。その意図はしっかり伝わったのだろう。大きな頷きが返ってきた。
「さて、セティ、私たちも行こう。……頼りにしてるけど、無理な時は下がるのよ?」
「大丈夫です」
私の問いに魔導士少年もまた、司祭と同じように頷いた。




