残されたもの27
戻ってきた時には会議用のテントには、もう誰もいなかった。
シェルリラたちが知らせてくれた時にすぐに動けるようあちこちに指示を出して回ったが、切実に人が足らない。いや、人は無駄にいる。捕縛している連中が。彼らの見張り役も必要だし、それ以外の細々した作業が噴き出していて、圧倒的に使える手勢の方の人数が足らないのだ。
健気に大丈夫だと笑い快く働いてくれているが、騎士たちにも疲労がたまり始めている。少しでも休ませてやりたい。
私自身も、指揮だけではなく炊き出しの手伝いなども積極的に手を出しているが、私一人増えたところで全然足りていない。あの捕縛した連中がいなければ足りていたはずなのに、何故こうなったんだろう。意味のない自問が何度も脳裏に浮かぶ。このままだと大事な部下たちを使い潰してしまう。
「……」
どさりと椅子に腰を下ろす。座るのも、さっきここで会議をした時ぶりだ。これでも鍛えてあるはずなのに、疲労が蓄積していく一方なのでほとんど回復しない。私が弱音を吐くわけにはいかないと気を張っているが、時々叫びたくなる。
誰もいないテントで、灯りもつけずに椅子に仰け反るように座り、布張りの天井をぼんやりと眺める。
もうすぐ夕暮れだ。布越しに感じられる日光も随分弱くなった。今日ももうすぐ夜が来る。
両手をぶらんと弛緩させ、目を閉じる。
そういえば、まだセシルたちが帰ってきていない。彼の腕や連れていった者たちを考えれば、心配はいらなそうではあるが、万が一ということもある。まさかね、と、嫌な想像をしてしまった時、外でわっと湧くような声がした。
私は弾かれたように立ち上がる。その勢いでがたんと椅子が倒れたが、無視してそのままテントを出た。
「何事?!」
近くにいた騎士の一人をつかまえて聞く。
「……あ、一の聖騎士! 二の聖騎士が帰ってきたんです」
ほら、と示された方を向くと、見慣れた長身が馬を出迎えの騎士の一人に預けるところだった。見れば彼の後ろには見慣れない馬車が三台ほど停まっている。セシルと一緒に行ったルノーと暁の風も一緒だ。
セシルがその場で辺りを見渡す。切れ長の目が、瞬時にその場にいる者などを把握していくのがその表情で分かった。そうして、私を見つけると、身につけたままの宵闇色のマントをばさりと翻して、こちらに歩いてくる。
その姿に、あぁ、聖騎士だ、と、私は思った。私も聖騎士なのに。
救う者。
国を統治のための駒である騎士とは違う。
救う者である聖女と理念を同じくする者。
「リチェ、連中を元の集落に戻す算段をつけてきた」
「……そう。助かる」
「ルノー、後は指示した通りに。少し一の聖騎士と話をする」
「はいっ」
私の前まで来ると立ち止まり、振り返ってルノーにだけ指示を出す。ルノーは一度敬礼をした後、班長であるザザとレオンの元へ走って行った。それを一瞬だけ見守って、セシルは私の腕を掴む。そのまま、会議用のテントへと入っていく。
「状況確認? というか、あなたずっと動き続けてたんじゃないの? せめてお茶でも」
「いいから」
テントの入り口を閉めたセシルは、向き直る。
一度、私をつかまえたまま近い距離で顔を見て、険しいまま、その長身で覆いかぶさるようにして抱き込んだ。
「なっ!?」
「待たせた。よく頑張った」
低い声が耳元で囁く。労うように何度も頭を撫でられた。
びっくりして体を固くしていた私だが、その声の響きに徐々に力が抜けて行く。
彼の、高い位置にある肩からマントが流れて私をも覆った。まるで自分が守られる側にいるような錯覚に陥る。体温を分け与えられるような、そんな距離に、自分の体が冷えていたことに気が付いた。
「地元の騎士団から人を確保した。隠れ家の方には見張りを付けてある。ここに捕縛している連中もあの馬車で送って、しばらくは集落単位で監視するよう算段をつけてきた。追加の伝令を走らせたからフォーストンからもすぐに応援が来る。あれは、夜盗だ。後はここの騎士団の仕事だ」
セシルは、私を抱き寄せた状態で状況を説明する。私はどうして良いか分からないままその言葉を聞いていた。
「監視……。あの連中はどうなるの……?」
「朝の様子は聞いている。あいつらはここの物を盗ったが、直接的な人殺しは犯していない。……なら、情状酌量の余地はあるだろう」
あの朝の忙しい時間帯にいつ聞いたの? と問えば、私を心配した暁の風がクリスとの会話あたりまで聞き耳を立てていたらしい。盗み聞きもいいところだが、理由が私を案じてと言われてしまっては怒るに怒れない。でも、後で告げ口するなと暁の風には文句を言おう。なんだか悔しいから。
「リチェ、あの愚か者どものことまでお前が背負わなくていい。あれは騎士団連中の管轄だ」
「……クリスにも、似たようなことを言われた」
そうか、と、少し不貞腐れたような声が返ってきた。
私の肩口にうずめるようにしていた顔を上げて、セシルが私を見下ろす。
薄暗いテントの中で見つめてくる。私も視線を逸らさず見上げていれば、涼しげな目が細められた。
ゆっくりと降りてくる顔に、思わず目を閉じれば、額に柔らかな口付けが落ちてきた。続いて瞼に、目尻に、頬に……。静かに音も立てずに触れるだけのキスをして、そのまま唇を塞ぐ。確かめるように唇同士で触れあうだけの、まるで恋人同士のような口づけを交わして、顔が離れていく。
「……疲れた、な」
「……そうだね」
私は彼の腕の中、少しだけ伸びあがる。掠めるようにだけ唇を重ねた。
「……でも、前に進んでる。こっちの状況も説明するわ。お互い少しお茶でも飲みましょ。それぐらいの休憩は許されるはずよ」
そう笑って、私は彼の腕からすり抜けた。
砂吐きバケツをここにおいておきますね(汗)




