残されたもの26
カイのいるテントから出た時には、日の位置が随分と変わっていた。
もう少ししたら夕焼けに海が染まり始めるだろう。
見れば買い出しに行っていたはずの馬車が戻ってきている。セシルたちの方はまだのようだが、直に帰ってくるはずだ。
私は、浜の方へと急ぐ。好奇心旺盛な魔導士少年の性格を考えると、昼を食べた後また海の民と話す約束をしている可能性がある。今ならまだセティとシェルリラたちが話しているかもしれない。
果たして、村と砂浜の入り口近くに小さな人影を三つ見つければ、私は手を振る
「セティ、シェルリラ、シーシル、まだいてくれてよかった!」
海に馴染み深くはない私からすると少し歩きづらい砂まじり地面を、ざっざと音を立てて大股で歩いていく。私の声に気が付いた三人がこちらを見て、立ち上がってくれた。
こうしてみるとやはり海の民は小さい。十二歳のセティと身長的にはさほど違わない。若干シーシルの方が背が高いように見えるが、種族的に男女差はあまり大きくなさそうだ。
「あれ、リチェさん、師匠は?」
「あー、ごめん、会議したところに置いてきちゃった。こっちには来てないのね」
セティに訊かれて、あー、そうだった、と思い出す。
かなり長い時間カイのところにいたつもりだったが、クリスはこっちに戻ってないらしい。……ということは、騎士たちと何か村の方でやってくれているのだろう。弟子のセティに謝れば、ううん、と首を横に振られた。別に急ぎの用があったわけではなさそうだ。
「シェルリラたちに聞きたいことがあるんだけど、今、大丈夫?」
問えば、すぐに問題ないと返ってきた。念のため今までどんな話をしていたか確認したところ、セティは海の民たちの生活や、彼ら特有の魔法について教えてもらっていたようだ。好奇心旺盛なところは師匠のクリスによく似ている気がする。魔導士はみんなこんな感じなのかもしれない。
「シェルリラ、あなたたちはこの村にきた大きな船のことを知っている?」
つい勢いで口頭で話してしまってから、慌ててしゃがみ込み足元の砂に指で文字を書き始める。砂浜の入り口であるここは、セティたちがわざわざここの場所を選んでいただけあって、砂に字を書きやすかった。……が、シェルリラたちに合わせて言葉を選ぶのに手間取り、筆談になった途端に遅くなる。
「……リチェさん、俺、通訳しましょうか?」
「……え?」
こちらの様子に見かねたのか、セティが声をかけてきた。
通訳? と思わず問い返せば、魔導士少年がこくりと頷く。
「今日一日ずっとシェルリラたちと喋ってたからかなり慣れた。多分、リチェさんの倍の速度で話せると思う」
そんなものなのか、と確かめるように少年を見れば、真面目な顔でもう一度少年は頷いた。その様子で私は今更思い出す。この子は魔法学校を飛び級で卒業するような頭を持っている。同じ年頃の子に比べるとはるかに賢いどころか、下手な大人よりもずっと聡明だ。彼がそう言うなら、本当に少なくとも私がもだもだと言葉を選ぶのよりもずっと効率的に彼らと話が出来、その言葉通り、通訳ができるということなのだろう。
「なら、セティお願い。数日前、この村の人たちがいなくなった頃、この辺りにいつもはいない大きな船がきていたのを見ていないか、もし知っているならその船が今どこにいるかを知りたいの」
その言葉だけでセティはなんとなく察したらしい。二名の海の民の方に向き直ると、手振りの他、かなりの早さで砂に文字を書き始める。海や船、人などを簡略化した絵も描き、問うようにシェルリラたちに目を合わせる。
シェルリラたちもその内容に、はっとしたように目を見開いた。しゅるしゅると彼らの言葉で何かを言った後、セティが砂に書いた文字や絵を指差し、いくつか文字などを書き足していく。それを見ながらセティが何度も大きく頭を縦や横に振る。多分、シェルリラたちに分かりやすくするために動作を大きくしているのだろう。
そのやりとりを一緒にしゃがみ込んだまま、どれぐらい見守っただろうか。多分計ればほんの数分だっただろう。セティと同じように私も、砂の上も、シェルリラたちも見ていたが、私が口を挟む隙などなかった。それぐらいの密度で彼らは会話をしていた。
セティが顔を上げる。途中一度もこちらを向かなかった少年と視線が合った。
同じように海の民の二名も、こちらを向く。よく磨いた玉のような白目のない目が、私を映している。
「リチェさん、シェルリラとシーシルは見ていないそうですが、仲間が見たと言っていたそうです。その船は、この村の人たちがいなくなったことと関係あるのかと訊かれたので、俺の判断でそうだと答えました。勝手にすみません」
「いや、それで合ってる。大丈夫」
「良かった。……で、シーシルたちはこの後仲間に訊いてくる、船も探してくると言っています。見つけた場合は、どうしたらいいか教えて欲しいそうです」
私は、ついセティの顔をまじまじと見てしまった。会話の補助をして貰ったというより、本当に通訳といって差し支えない精度で、おまけにこちらが欲しかった言葉を、まだ十二年しか生きていない少年は、しっかりと海の民から引き出していた。
私の表情を見たセティが、にま、っと得意そうに笑う。その口元の変化で、呆気にとられていた私は我に返った。
「ありがとう。見つけたら、その船がどこかに行かないように見張りつつ、速やかに私たちに知らせて欲しい。夜中でも構わない。見張りを立てておくから」
何かこちらに知らせられる手段があるかと問う。海の民は陸を歩くのはあまり得意ではないようだし、夜間見張りの騎士を立たせておくには、ここは夜冷えそうだ。
その後いくつか言葉を交わした後、シェルリラたちは急ぎ、海に帰っていった。仲間たちに話し、すぐに船を探すというのだ。そうしたくなるほどの友情を、ここの村の人たちと交わしていたのかと思うと、なんだか私は目頭が熱くなった。ここ連日シェルリラたちが、ここで私たちと話をしてくれていたのは、一人残されたカイを、そしていなくなってしまったこの村の人たちを、本当に案じていたからなのだと、今更のように実感した。
「……セティ、ありがとう。助かった」
「俺も、役に立つでしょ?」
「うん。とても、ね」
彼らを見送った後、ぽつりと礼を言えば、満足げに魔導士少年が笑った。




