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残されたもの25


 商人の馬車が来る日は、村の男たちはみんな朝早くから漁に出る。

捕った魚を商人に売るのだ。バレーラは漁業で生計を立てている村だから、出入りしている商人を通して、海で採れたものを街に売り、外貨を得ている。

この村にも畑はあるけれど、この辺は土地が痩せている。村で少し食べるぐらいの野菜を作るのが限界だ。日々皆の口を賄う穀物も、服を作る布やそれ以外の日常品も、魚と、海水を乾かして作る塩を売った金で買っている。

だから、月に数回の商人がくる日は、その前日ぐらいから村の大人たちは忙しくしている。

その日も、男たちは海に出ていたし、女たちは塩や加工した魚を納品するための準備で手いっぱいになっていた。

 いつもは自分用の小さな船で海に出ることを許してもらえているカイだったが、商人が来る日だけは別だ。村の漁港は大人たちの水揚げでバタバタしている。海の男たちの気性は荒い。邪魔になれば怒鳴られる。それにやることがたくさんあるから、遊んでいないで手伝わねばならない。


「僕は、母さんに頼まれて瓶を外に出す作業をしていたんだ」


 まだ小さいけど、海の男だから力はあるから、と少年は、ぽそぽそと喋る。

私は、そうなのね、といつもより柔らかめに相槌を打つ。

司祭のゲイルには休むかと問うたが、少年の話を聞くところまでは同席すると主張した。彼は少年が疲れて横になろうとした時に、簡素な寝台から落ちないよう枕側で静かに聞いている。


「うちの魚用の瓶は職人が作ってくれた特別製でさ。でっかくて重くて。だけど氷の魔法が掛けられているから生の魚を腐らせずに街まで運べるんだ」


 捕った魚が悪くならないように、普段は倉庫にあるたくさんの瓶を出して、港に帰ってくる父たちのために用意しておかねばならない。村で働ける年の子どもはカイだけだから、これはカイの仕事だ。

準備をしていると、段々に村の船が戻ってきた。どれもせいぜい四人乗るかどうかの小さな船だ。

その船いっぱいに近海の魚を積んでいる。男たちは港に着くと、すぐに魚をカイが用意した瓶に詰め始める。その間もカイは何度も倉庫と往復する。海が荒れた時でも大事な瓶が流されないよう、倉庫は村の方にあるから距離があるのだ。魚の入った瓶は、海から戻ってきた大人の男たちが商人の馬車が着く、村の広場へと持っていく。そっちは重過ぎてカイにはまだ運べない。


「……いつも通りに運んでいて、そうしたら、知らない船がきたんだ」


 村の漁船とは比べ物にならないような大きな船が、港にやってきて、怒鳴り声が聞こえ始めたのだという。

カイは何事だろうと様子を見ようとして、ちょうど広場にいた父に倉庫の奥へと投げ込まれた。村の倉庫は瓶の他、村の備蓄も入っている。床下にも少し穴を掘って作った収納がありそこにも、食料をはじめとした雑多なものがしまってあった。カイの父は、少年をその床下収納に押し込み、上からいくつも瓶などの荷物を置いた。大人が迎えにくるまで絶対に出るな、声も出すな、と言い置いて。


「……後は、わからない。上で父さんや他の人の怒鳴ってる声がして、たくさんバタバタ大きな音もして。静かになった」


 そこで、少年は枕に顔をうずめる。色々思い出したり考えてしまっているのだろう。不安はその小さな体から滲むように感じられる。それでも泣かずにいるのは、大したものだと思う。


「真っ暗だったから、どれぐらい隠れてたかはわからない。お腹が減ったら、倉庫にあった果物を食べたりしてた。果物はご馳走だから、後で怒られるかなって思ったけど、他にすぐ食べられるのはなかったから…… そうしたら、また声がして、でも、全然知らない声ばっかで」


 だから、息を潜めてしまわれた物の陰に隠れた。聞こえた会話から物取りだとなんとなく分かった。やがてまた静かになって……。今度は人の声はしなくなったけれど、パチパチと知らない音がし始めた。熱を感じるようになった時には、親の言いつけを忘れて叫んでいた。上を塞ぐ床板を拳で何度も叩いて、出してと大声で泣いた。そうしないと死んでしまうと思ったのだ。

声の限りに叫んでも、誰もいなくて。泣いても、叫んでも助けなんて来なくて。もう、ダメだと思った時、上から水が降り注いだ。塩辛い、よく知った海の、水。


「……その後、おばさんがきた」


 まずは漁に村人がまったくこないことに不思議に思って、そして、漁港に来たら村の家屋が燃えているのに気づいて。海の民は慣れない陸に上がり、必死に火を消して回った。彼ら特有の水の魔法のおかげで、火は消えたけれど、ほとんどの家屋は燃えてしまった。

少年の声を聞いて助けようとしても、床下収納の蓋になった板にはたくさんの瓶や漁の道具が乗っていた。火事で熱せられた瓶を海の民たちが退けられる頃には、少年は床板を叩き続けた腕や顔、体のあちこちに火傷を負い、煙も吸って衰弱していた……。


「……」


 ところどころ、言葉が止まりつつも、少年は自分が体験したことをしっかりと正しく教えてくれた。歳相応よりもずっとしっかりと説明してくれたように思う。彼が幼いながらも船で海に出て、その場その場で判断する練習を積んでいたことも大きいのだろう。海の男としての誇りを持って、日頃訓練していたことが、彼自身を助け、そして今、私たちを助けている。


「……わかったわ。話してくれてありがとう」

「……うん」


 俯いたままの頭に、そうっと声をかける。撫でようかと一度手を伸ばしたが、思いとどまった。彼が今本当に欲しいのは、赤の他人の私の手ではなく、両親やよく知った村の人たちの手だ。私が撫でても、それは私の自己満足にしかならず、きっと少年を癒すことは出来ない。


「ゲイル、食事を与えておいて。その後あなたも休んで」

「承知しました。ありがとうございます」

「……カイ、もう少し休みなさい」


 本当は、絶対に両親たちを見つけてあげるから、とか言えたらいいのだろう。

でも、果たせるか分からない約束はできない。

そんな想いは、多分、少年にも伝わったのだろう。その俯いた頭が小さく頷いたのを見て、私はそのやるせなさに、彼から見えぬ位置でこぶしを握り締めた。




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