残されたもの24
背の高くないルイーナを半ば置いていきかけながら、足早に一つのテントに向かう。
そのままの勢いでテントを開けようとして、踏みとどまる。立ち止まり、一度深呼吸してから丁寧に入口の防水布をめくる。
「あ、リチェさん。すぐに来て下さったのですね!」
テントの奥の方で司祭のゲイルが振り返った。
ここに到着してから後、ほとんどの時間をルイーナと二人でカイの看病に費やしてくれている。そろそろ疲れていてもおかしくないのに、声も表情も明るい。
その表情のまま、私を追いかけてきたルイーナにも「ありがとう」と礼を言っていた。
「ゲイル、知らせを出してくれてありがとう。……ルイーナ、昨晩からずっとついてたでしょう? 少し休んできて。しばらくは私がここにいるから」
「すみません。そうします。ありがとうございます!」
「ううん。こちらこそ長い時間診ててくれてありがとう。助かった」
まだ年若い女騎士に微笑めば、少し照れたような笑みが返ってきた。同性なのに、あ、可愛い、なんて思ってしまう。その笑みを引き出したのが自分かと思うとこちらまでちょっと照れてしまう。
「失礼します」と礼儀正しく挨拶をしてテントを出ていくその背中を見送って、私は向き直る。
少年のベッド横で、どうぞ、とゲイルが勧めてくれた椅子にありがたく腰を下ろす。
「さてと。悪いんだけど、ゲイルはもうちょっとだけ付き合ってね」
「はい」
喜んで、と、低いが優しい声が続いた。
「熱は下がりましたが体力はかなり落ちてるはずなので短時間で」
「えぇ。わかった」
頷いて、私はゲイルからベッドの上の少年に視線を移す。まだ横になったままだが、目は開いている。ぼーっと、まだ寝起きといった顔でテントの天井を見ているカイに、私は出来るだけ柔らかく微笑む。
「カイ、おはよう」
声を掛ければ、視線がこちらに向いた。まだ、焦点が微妙に合いきっていないような、そんな雰囲気だ。長い時間寝込んでいたのだから仕方もない。
「どこか痛むところとかはある……?」
熱を出す前に私が治癒魔法をかけているし、ゲイルもついていたから外傷はもうないはずだ。それでも頭痛などは治せないし、目に見えないところで痛むところがあるかもしれない。そうっと問えば、少年は首を小さく横に振る。
「……大丈夫。どこも痛くない」
思いの外、しっかりした声が返ってきて、少し安心する。
痩せてしまっているが、声の太さや強さは女の子ではなく少年のそれだ。こちらに返事をしたことでゆっくりと残りの部分も覚醒したのだろう。寝たままの姿勢だが、きっちりと視線があった。私を見て、しばらく考えるような間が空く。
「……話、聞きに来たんでしょ?」
やがて、ぼそっと囁かれた言葉に、私は頷いた。
本当は様子を見て、もう少し時間をおくことも考えていたのだが、本人が言い出すなら今聞いても良いのかもしれない。私は隣の椅子に座るゲイルに確かめるように視線を向ける。大丈夫だ、というふうに司祭は首肯した。
「話して貰える?」
「……でも、その前に、教えて。シュルリラたち……海の民たちは?」
微妙に発音が違っているが、私がシェルリラと呼んでいる海の民のことで合っているだろう。
一瞬、家族のことよりそちらを問うのか、と驚いたが、考えてみれば寝込む前に少年は村の状況を見ているのだ。それをこの歳なりにちゃんと受け止めているということなのだろう。
「無事よ。彼らからも少しずつ話を聞かせて貰ってるわ。……シェルリラたちはお話が出来たのね」
「うん」
少年の寝ている簡易ベッドの横、目線が近くなるように自分の膝に肘をつき、頬杖したまま話を聞く。
自分が火傷でひどい有様でも、少年は海の民のことを心配していた。私に彼らは敵ではないと知らせてくれた。海の民たちは、燃えた家屋の中から少年を助け出している。そこに種族を超えた友情があるのは、間違いないだろう。改めてそれを実感する。実際、カイは私の言葉に少しほっとしたような顔になっていた。
「……村の人は……父さんたちは?」
カイがゆっくりと体を起こそうとする。私より先にゲイルが手を伸ばし、少年の細い体を支えた。ちゃんとした家具のベッドではなく、組み立て式の簡易ベッドなのでヘッドレストはない。体を起こしても寄りかかれるものはない。起き上がろうとしてからそのことに気が付いたようで、困った様子のカイに、ゲイルが枕を渡す。少年はそれを抱いて俯くようにして座った。
「まだ見つかってない」
「……そっか」
前髪に隠すように下を向いた顔は見えなくて。私はそのこげ茶の髪を見つめていた。
「今、探しているわ。……だから、手掛かりが欲しい。あなたが分かる範囲でいいから、全部教えて。カイ」
まだこんな小さな子には酷だろう。そう分かっていても問うしかない。
大人のものとは違う、幼児ではないけれどまだ小さな頭が、小さく上下する。
「……わかった。話す。だから、見つけて。皆をみつけて」
少年を見つけた後、泣いているその体を抱きしめた感触を、私は思い出した。強く育つだろうことを予感する骨太さ、だけど、まだ華奢で薄い体。子ども、だ。その少年が、今は、俯いても泣かずに、話そうとしている。それが、なんだかとてもやるせなくて、私の方が泣きそうになる。ぐっと堪えて、つばを飲み込む。
「うん。聞かせて。ここで、何が起きていたの?」
意識して出した声は、震えず、代わりに少しだけ掠れた。




