残されたもの23
クリスを伴って会議用のテントに戻れば、騎士二人は先に来ていた。広げた地図が若干ずらされており、その空けられた部分に、まだ湯気の立っているスープの椀とパンが人数分用意されている。
時間帯的に会議がそのまま昼食時間と被ると見越してのことだろう。捕らえた連中の世話などもあって、騎士たちの食事時間帯もかなりズレこんでいる。会議しつつ食べてしまおうというのは、合理的な判断だ。
「お待たせ。……食事の考慮、ありがとう」
テントに入り、まず礼を言えば、レオンが微笑んだ。
「一の聖騎士、少しでも多く食べて下さい。他の連中も心配してます。今朝ほとんど食べてなかったって聞きました」
「ごめん、ちょっと胃が、ね」
指摘されて肩を竦める。座ろう、と、全員に促してまずは私が腰を下ろす。考えてみるとしっかりと座るのは昨夜セシルたちと話した時ぶりかもしれない。朝の食事時間もパンを二、三口齧っただけでやめてしまったから、碌に座りすらしていなかった。思わず、あー、疲れた、と長く息を吐く。笑われるかと思ったが、他の三人も似たり寄ったりのようで、互いに苦笑しあうことになった。
「さて、それじゃ、食べながらお互いに分かったことを話しましょ」
言って、自分から食事の祈りを捧げる。私に合わせて他の三人も同じように祈りを捧げていた。この場では実は二番目に若いのだが、立場的には一番上なので、最初に食事に口を付ける。用意されていたのは柔らかいパンケーキと、野菜をしっかり煮込んだスープだった。違和感を感じて周りを見ると、私以外はいつもの固いパンにチーズののったものを齧っている。普通なら出てこないはずのパンケーキが私にだけ用意されているのは、きっと隊の誰かがわざわざ特別に焼いてくれたからだろう。私のだけチーズがのってないのは疲労した胃腸にチーズは強過ぎるからだ。私はその静かな心遣いに心の中で礼を言い、パンケーキをちぎって口に入れる。スープに合わせているから甘さは控えめだ。優しい味がした。
「まずは私から報告を良いですか?」
「お願い」
レオンがスープを何口か飲んでから、口を開いた。
内容は予想通り、捕らえた男たちを事情聴取した結果だ。少人数単位で食事を与えつつ一人ずつ尋問したというのだから、時間がかかっただろう。
彼らは、ここから西にある農村の住人だった。土地は痩せていて育つものは多くない。鬱蒼とした森と崖、そして砂地に阻まれ畑を大きくすることもできない。それでもそこでなんとか暮らしていけていたのは、その森に希少な薬草が生えていたからだそうだ。人々は森で獣を狩り、村で採れる農作物を食べ、薬草と毛皮などを売りに出しながら細々と暮らしていた。豊かではないが穏やかな村だったらしい。
しかし、数年前の長雨の時、森の中で大きな土砂崩れが発生。村人に被害はなかったが、それ以降の薬草がさっぱり取れなくなったのだという。
元々ギリギリで成り立っていた村は、薬草という収入減がなくなったことでバランスを崩した。
村はどんどん貧しくなり、領主に税を払えなくなった。……領主が村に救済の手を差し伸べることはなかった。後はおおよそ想像した通りだった。
「……」
食事を続けながら聞いていた私は、また胃のむかつきを覚えた。食事の手を止め、水差しからカップに水を注ぐ。ゆっくりと気温と同じ温度の水を飲み、目を閉じる。そんな様子を見たレオンは一度言葉を止めたが、それで? と私が続きを促した。続きを話し始めたのはザザだった。
「この村が無人になっていることを知ったのは、元々交流関係があったからのようです。昔から出入りしていた商人が、こちらの村に先に来て、人が居ないことにびっくりし、その後に彼らの隠れ家で、何か知ってるかとたずねたそうです」
男たちのところで採れた獣の毛皮と、この村で採れた魚などを少量だが商人経由でやりとりしていたようだ。話に出てきている商人は、おそらく商業ギルドに通報した者と同一人物だろう。商業ギルドで口止めされる前に、もしかしたら他でも喋ってしまっているかもしれない。
ちびちびとカップの水を飲みながら、そう、と相槌を打てば、こちらの憂いは筒抜けのようでザザが、はい、と重く頷いた。
「以前は彼らとこの村で農作物などのやり取りもあったようですが、薬草のこと以降はあまり仲は良くなかったようですね。時々諍いなどもあったようです。……ただ、全員確認したところ故意的に家屋を燃やした者はいなさそうです。代わりに物色する際に松明を着けたと供述している数人がいました。消した記憶がないと言っていた者もいたので、おそらく火の不始末が原因で間違いないかと」
「そう……」
どう思う? と、目でクリスに問う。
食事をしつつも静かに聞いていた魔導師は、うん、と、頷く。
「あの中に生活魔法を使える者はどれぐらいいた?」
「六名ですね。うち、火を出せる者が四名」
クリスに問われて、レオンが即答した。
私の生まれ育った村では、多少の得意不得意はあっても生活魔法は全員が使えた。王都で生活している者たちも、他所から移ってきた者以外は使える。それは、皆、幼少期にいずれかの学校に通い、教育を受けているからだ。だが、地方……特に貧しい地域では学校に通わずに育つ子どもたちも多い。以前はそれなりの率で王国の民は六歳の祝福を受けていたが、今は受けていない子どもも地域によってはかなりいるようだ。四十年前の神樹の件以降、神殿の力も弱くなっているのも原因の一つだろう。
「……多分、それで合っているだろうね。魔法で火を出して松明か何かを付け、そのまま放置した。ここは海からの風が強いから、消したつもりでもちゃんと消えていなくて、彼らが去った後に燃え広がったとかもありそうだ」
魔法の専門家としてこの現場を見て回っていたクリスは、魔素の残り具合からあの火事の火元は魔法だと言い切っていた。現状を考えると彼が言う通り、魔法で出した火の不始末が原因だろう。
カイは、その火事に巻き込まれたのだ。
……ここに居る全員が、そう結論付けたのを見て、私はほんの少し救われたような気になる。
でも、以前として捕縛した連中の立場はよくない。地元の騎士団支部に委ねた後の彼らの未来は、明るくはない。
「レオンとザザからの報告は以上?」
「えぇ、今のところは」
「はい」
ありがとう、と、私は頷く。騎士の班長二人の顔を見れば、私に負けず劣らず疲れていそうだ。
「クリスからは何かある?」
「……まだ、詳細まで確認しきれてはいないのだけど、海の民が、見慣れない船を見たと言っていましたね」
「船……」
「えぇ、割と大きなものだったようです。聞き出している途中でこっちに来てしまったので……」
そうか、あの時にその話をしていたのか、と、私は少し申し訳ない気分になった。
それが顔に出ていたのか、クリスが「この後また聞いてきます」と微笑む。
私からは残念ながら報告できることはまだない。
確認も終わったので残りの食事を食べてしまおうと提案し、四人で少しだけ雑談をしながらパンとスープを口に運ぶ。
「……会議中失礼します。一の聖騎士はいますか?」
粗方食べ終わったのと同じタイミングで、テントの外から、そっと声がかかった。
「えぇ、いるわ。……ルイーナ、どうした?」
女性の声に私は即座に反応する。テントの入り口を開けると、予想通り女性騎士のルイーナがそこにいた。まだ成人して間もないが気立ても良いし、よく気が付く。体力もあり、隊の雑用をよく引き受けてくれる。彼女は私の顔を見ると泣き笑いみたいに顔が歪んだ。
「一の聖騎士、少年の意識が戻りました……!」
ずっと苦しげな様子を見ていたからだろう。安堵した表情がそこにあった。
「ルイーナ、報告をありがとう。この後、いくわ」
私は一度テントの中の三人に振り返り、頷く。
いいよ、行きなさいと言った感じの笑みに、礼を言い、私はそのままルイーナと会議用テントを出た。




