憧れるもの5
翌朝、姉に用意してもらった朝食を少し早い時間に食べ、身支度を終える。
武装してとのことだったので、きっちり騎士服にブーツを履き、帯剣もしている。礼服としても通用する、形のしっかりした上着のせいで、これが武装状態だというとびっくりされることも多いが、聖騎士の騎士服は特別製だ。特殊な素材が使われていたり、魔法が付与されているおかげで、下手な金属鎧よりも防御力がある。普通の獣に噛み付かれたぐらいでは貫通しないどころか、噛まれたところにアザすらできない。聖騎士はズルい、などと騎士団で時々言われるのはこの辺りも原因かもしれない。
「よし、行くか」
そう宣言したのは、師匠、リドルフィで。
おう、と応えたのは三代目村長のデュアンだ。同行者はあともう一人。聖騎士養成校の教官を務めているギルバート。私の後輩であるが、聖騎士ではなく教官になる事を選んだ変わり種だ。師匠が言うには、前代の五の聖騎士に少し似ているという。まだ若いが武闘のセンスは抜群で、武器の扱いに長けた男だ。
ギルバートが先頭を務め、その後ろを師匠と私が続き、デュアンが最後尾だ。
村の門から出て山の方へと進み、かなりの高低差がある崖を迂回して森の奥へと進んでいく。
「……なんかこの道、懐かしい」
「養成校出身者は皆、カエル退治をやったからなぁ」
獣道に似た細い道を歩きながら、ぽそりと言えば、ギルバートが反応した。
この先にある沼地は毎年イエローフロッグがかなりの数沸くので、候補生や冒険者でも駆け出しの者の、訓練に使われているのだ。
「今もやってるの?」
「えぇ。初の実戦にはちょうどいいし」
「聖騎士じゃないのに、俺までやらされたもんな」
つい、しみじみと言えば現役教官のギルバートが頷き、デュアンまで思い出したように言った。
「あれ、慣れるまでは変な方から飛んでくるし、ぬめってるし、戦い辛いんだよね」
「今年は沼に足とられて転んだやつがいたなぁ」
「あー、俺も一度こけたっけ。どろどろになるんだよな、あそこ」
「楽しかっただろ?」
一番最初にカエル退治を訓練の一環に取り入れた張本人である師匠が、おかしそうに笑っている。
師匠は、九十になったとは思えぬしっかりした足取りで、難なく森の中を進んでいく。カエル沼までは候補生たちもよく通るところだからしっかりと踏み固められた道があるが、その先は本当の獣道だ。
それでも何年かに一度は確認に来ているのもあってか、まったく迷う風がない。
「いつも思うんだけどさ、師匠、歳、偽ってない?」
「あー、それは俺も思う。リドさん、俺と同じぐらいだって言っても信じるやつ絶対いますよ」
「それは流石に無理だろ」
言いつつ歩く背は今も曲がっていない。それどころか、全盛期に比べれば筋肉量は減っているものの、今もまだ十分騎士として通用する体を維持している。自分と同じ年ぐらいだと主張できると言っていたデュアンの方が、少しお腹が出てきている感じだ。
木漏れ日の中、完全武装状態の騎士やら戦闘教官やらとごつく体を鍛えたもの四人で歩いているが、大きな獣が襲ってくることもなければ、魔物の気配もない。至って平和なものだ。
小鳥の鳴き声や、風に葉がそよぐ音が心地よい。
「いつも思うんだけど、何で迷わないの?」
「リチェ、聞かない方がいいよ。どうせ思い出の場所だからとか言い始める」
訊いた私に、デュアンが止めた。あまりに平和な道中なのでどうしても軽口が増える。
「あー、逃げ場のないここで惚気聞くのはちょっとね」
「独身者にはキツイですよね」
「ん、聞きたいならいくらでも話すぞ?」
「もうたくさん聞いた後だから!」
途中からギルバートに向かう方向を時々教えつつ、師匠は私たち三人を案内して目的地へと導いた。森の奥の方だが、間違わないようにと来るたびに木を伐っているおかげで、ここは空が見える。
森の中、ぽかりと拓けた草地。
昔、ここには大きな倒木があったらしいが、それも、もう四十年も前のこと。今ではすっかり朽ちて土に還っている。おかげで、完全に平らで原っぱのようになった場所が、今日の目的地だ。
辿り着いたそこで、私は思わず顔を顰めた。
「……師匠、本当に、なんでわかったの?」
「勘、かな」
私の言葉に、師匠が小さく肩を竦める。軽く苦笑の影を落とす息。
どこか、ちょっと誤魔化しを含むような、そんな微かな気配。私は、ちく、と棘のような何かを感じた。
かつて、『欠片』付きの魔素溜まりがあったという場所が、再び、暗く凝っていた。
ep.7は明日09:40にアップします!




