残されたもの21
フレッドと分かれた後、改めて目的の相手を探す。
パッと見、外にはいなさそうだったので一つのテントに入ってみたところ、あっけなく見つかった。
「クリス。ちょっといい?」
「リチェ、どうしました?」
さっきのフレッドみたいな口調が返ってきて苦笑する。私が声をかけるのは、何かあった時だとみんな認識しているということなのだろうか。カイの近くについていたクリスは、弟子のセティに後を頼んで立ち上がる。私がテントから出れば彼もついてきた。断定できるまであまり他に聞かせたくないので、テントから離れる方へと歩いていく。ちょうど現場が見えたので、そのままそちらへ足を向ける。
「ねぇ、クリス。ここに来て初めに見てもらったけれど、火事の原因……元々あった種火が引火したものではないと言ってたわよね。誰かが故意的に燃やしたものだ、と」
会話が聞こえる範囲に人が居なくなったのを確認して、私は低く抑えた声でクリスに確認する。
それで私が何を考えているかに気が付いたのだろう。クリスは焼けて黒ずんだ木材を見下ろしながら、頷いた。
「えぇ。火元は魔法で出されたものです。残っている魔素を見る限り、そこだけは間違いない。……ただ」
「ただ?」
何か考えるように付け加えられた言葉に、私は続きを促す。
「それが、火災を起こすために出された火なのか、それ以外の用途で出された火なのは、判断がつかない」
「……そう」
私は小さく息を吐きだした。その言葉がほんの少しだけ救いのように感じた。
焼け跡は、一つの家屋から発生し、その周囲を徐々に焼いていったような広がり方をしている。
「何のために出された火か、判別することは?」
「残念ながら僕にはできません。王都にいる文官の何人かは残っている魔素や形跡から凡そを判別できると聞いたことがあるけれど、どの程度の精度なのかまでは」
「……そっか」
視線が落ちる。気が付くとため息をついている自分が嫌だ。
「リチェ。疲れているね」
そんな私の様子に、気遣わしげにクリスが言う。
「そりゃあね。でも、皆も同じだわ。……見て、分かるほど顔に出ちゃってる?」
「少し、ね。確かに皆まとめてずっと走り回ってしまっているけれど、リチェと僕らでは背負っているものが違う。君の負担分が間違いなく一番多い」
クリスとは子どもの頃からの仲だ。それこそ私が祝福を貰う前から互いを知っている。だからこそ、皆を代表して言ってくれているのが分からない程、私も若くはない。視線を上げれば、昔から知っている顔が心配げに見つめていた。
調査隊の構成員のうちでも年長者は、私が聖騎士になる前からの付き合いだ。一緒に養成校で学んだセシル、養成校が出来る前に通っていた騎士学校の先輩だったザザ。どちらも私の性格をよく知っている。他の構成員たちだって、全員私とセシルで選んだ。調査隊として動き始める前から知った仲で、特に信用をおける者たち。扱う案件が案件だった故に、人選には何よりも人柄を重んじた。別動隊で動いている者たちも皆、背を預けることが出来る人たちだ。
「僕たちはチームだ。もっと頼って。みんな心配している。少なくとも、僕やセシル、ザザにはどんな考えを話して大丈夫だから。……一人でそんな白い顔をしていないで」
女性にしては背の高い私と並ぶと、ほとんど同じ高さの目の周りには、歳に似合うだけの皺が出来ていた。目尻の優しい笑い皺も、蓄積した疲れを示す目の下のたるみも。彼の人柄を示すように刻まれている。
「……そんなに白い?」
「えぇ、今は特に。完全に血の気がなくなった顔をしてる。何を思ったの?」
私は、そんな彼と目を合わせ、苦笑するように細めた。
さっきからずっと感じていたイライラやもやもやを口にしようとして、すぐにできず、吐息が漏れた。
それでいいんだよ、という風にクリスが頷く。
「……きついな、って」
「うん」
ぽそりと、声になり切らぬ音量の呟きを拾って、相槌が返る。
「彼らは物取りだけど、生きたかっただけなんだなって。でも、自分たちが生きるためには他者を踏みつけるのも厭わない。大人だろうが子どもだろうが食い物にする……。元は自分の土地を大事にしてた農民だろうに、自分の家族がやられたら悲しむ心は持っていそうなのに、なのに、ここの人たちへの思いやりはない……」
離れているが、それでも他の者には表情を見られぬように背を向けて、腕組みする。苦いものを吐露する自分を守るように己の肘を掴んだ手に、ぎりりと力が入った。
言葉にして改めて実感する。イライラやもやもやの原因は、嫌悪感と無力感だ。直面した、人の愚かさと、それでも救いたいと思ってしまう自分の甘さと、なのに、どうしていいか分からない無力さと。
そういったものを上手く消化できなくて、吐き気と胃のむかつきが止まらない。
「故意的に燃やしたんじゃないだろうけど、申し訳ないって思ってるんじゃなく、あれは、もっと他の物も持って帰ろうって思ってたのに燃えてしまって残念とか、そういう顔だった……」
俯けた顔を上げれば、クリスが頷いてみせた。
「……ねぇ、クリス、それでも、わざわざ燃やしたわけじゃないって知って、ほんの少しだけホッとしてしてしまったんだ。もしかして、彼らもまだ、救えるんじゃないかって……」
「うん」
声が震えそうになって、そこで口を噤んだ。夜盗や山賊などといった罪で捕らえられた者に科される刑は軽くない。良くて流刑、手足の切断。でも多くの場合は斬首……死刑だ。その背景にどんな事情があったとしても、徒党を組み何かを襲ってしまった時点で処罰対象になってしまう。
私にもう一つ頷いてみせたクリスは、どこか今は亡き養母に似た苦笑を浮かべる。優しくて、痛みを知っている顔だった。
「リチェ。君はね、騎士じゃなくて、聖騎士なんだ」
クリスはゆっくりと一つ一つの言葉を置くように、私に言った。
「彼らをどうにかするのは、騎士団の仕事だ。物取りだからね。騎士は国の秩序を守るためにいる。でも、聖騎士はそうではないでしょ?」
確認するように問われ、こくりと頷く。
「今の世に聖女はいないから、騎士団と一緒に動くことが増えてしまっているけれど、リチェは騎士じゃなく、聖騎士だからね。かつて聖女が人々をもれなく救いたいと願ったように、聖女のいない今、それでも聖騎士である君が、聖女の代わりに目の前の人を救いたい、人々には救うに値する者であってほしい、って願うのは多分仕方ないことだと、僕は思う」
そんな君だからこそ、騎士じゃなく聖騎士、それも一の聖騎士なんだ、とクリスは続けた。
その言葉に、私はぎゅうっと奥歯を噛みしめる。目を伏せる。
「リチェ、彼らは早々に騎士団に託そう。僕らがどうにかしなきゃいけないのは、彼らじゃない。サイルーンで見たあれの方だ」
「……うん」
なんとか絞り出すように声に出して返事をする。苦いものを呑み込んで瞼を上げれば、クリスがさっきと変わらない表情でこちらを見ていた。目が、心配していると告げている。
「ありがとう。そうね、彼らは、私たちの管轄じゃない。……分かっているけど、しんどいね」
「そうだね。……僕たちは休めてもいないからねぇ」
しんどいし、疲弊していて当然、と、わざと軽く言い切ったクリスに、私はもう一度ありがとうと礼を言った。




