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残されたもの12


 翌朝、食事の支度が出来ても起きてこない少年に心配になってテントを覗くと、少年は熱を出していた。

きっと心労と、長く閉じ込められていたことによる負荷からだろう。

少年が見て聞いたものを確認したいが、この状態では無理はさせられない。

手持ちの解熱剤を飲ませ、セシルと交互に看病につきながら、昨日に引き続き調査を行う。

魔法ですぐに治してやれたらいいのだが、神聖魔法では傷の治癒は行えても病気は治せないのだ。


 昼少し前、海の民が二人、またやってきた。おそらく昨日と同じ二人だろう。少なくとも私にはそう見えた。

少年を心配してのことだろうと、寝かしているテントの近くに招いて様子を見せる。

テントの入り口を開いてやると、海の民のうちの片方がびっくりした様子で少年に駆け寄り、もう一人に、しゅるしゅると空気音のような言葉で何か言うと、水かきのある手でペタペタと少年を触り始めた。


「まって。今はダメ」


 慌てて私もテントに入り、そうっと海の民の手を押しとどめる。

白目のない目が、こちらを見上げた。


「熱が出てしまっているの。きっと辛いことがいっぱいあったから体も心も悲鳴を上げているのよ。休ませてあげて」


 言葉が通じるとは思えないけれど、私はできるだけ分かりやすい発音を心がけて、ゆっくりと説明する。

すると、こちらの声のトーンや態度から察してくれたのか、それとも言葉の一部だけでも伝わったのか、カイの横に来ていた海の民は、手を引っ込めてくれた。

また、しゅるしゅるとした声で何か言う。残念ながら私には分からない。

 もし、この場に、心の祝福を受けたトゥーレがいてくれたら、きっと通訳してくれたのにと、ちらっと思う。彼が持っていた祝福は、とても珍しいもので言葉も通じない他種族とも心を通わせられるというものだった。家畜たちとも簡単な会話は出来たようで、私が馬などに話しかけるようになったのは彼の影響だ。心の優しい彼らしい祝福だった。


「ごめんね、あなたの言葉は私には分からないわ」

「――――……」


 多分、目の前の海の民も通じないことがもどかしいのだろう。どことなく困っているような気配が漂っている。彼……あるいは彼女は、こちらに何か伝えようとして、だけど上手く出来なくて、横たわっているカイに視線を落とした。その眼差しは心配しているのが分かるものだった。


「――、――――」


 顔を上げて、テントの外に残っているもう一人の方に何かを言う。

言われた方の海の民は、その言葉を受けて、しゅるると短く返事をすると、漁港の方へと歩いていく。

その後姿に、二人とも靴を履いておらず裸足で、その足にも立派な水かきらしきものがついていることに、今更気が付いた。

ペタペタと音がしそうな歩みは、私たち人間に比べゆっくりだ。陸地を歩くのはあまり得意ではないのかもしれない。


「あなたは行かないの?」


 一人だけ残った海の民に訊いてみる。試しに手ぶりなども入れて言う。


「――」


 また、しゅるるっと空気音のような声が返ってきた。なんとなく通じていそうだが、お互いの声帯が違い過ぎて会話にはならない。どうしようかと思っていれば、海の民はテントから出ていく。私にも出ろと言う風に引っ張ってきたので、素直に従う。

そのまま、地面の出ているところまでくれば、海の民はしゃがみ込んだ。

薄く地面に積もる砂に指を立て、ゆっくりゆっくりと何かをし始める。私は横に立って見ていて……。


「……え、文字っ!?」


 思わず声を上げてしまった。顔を上げた海の民がこちらを見ている。

驚いている私に、指で書いたものを読んで、という風に何度もその近くを手でペタペタと叩く。


「……くすり。……さっきの子は薬を取りに行ってくれたってこと?」


 大きな目が、瞬いた。多分合っているということなのだろう。

私は、もう一度、地面に書かれた文字を見る。かなり歪だが、まぎれもなく私たちが使っているのと同じ文字だ。昨日のやりとりや、今の状況を見ると、もしかしたらこちらの言葉はある程度聞き取れていて、でも同じ声が出せないが故に会話が出来ないということなのか。


「ごめん、ちょっと待っていて……!」


 私は、海の民に声をかけると、村の奥の方へと走り出す。

昨日は他に生存者がいないかなどを中心とした簡単な確認しかできていなかったので、今日は燃えてしまった家屋を中心にセシルが調査を行っているのだ。


「セシル!」


 倒壊した建物の近くに長身の背中を見つければ、声をかける。


「リチェ、どうしたっ!?」


 こちらが慌てて走ってきたからだろう。声が鋭い。瞬時に彼が警戒モードに入ったのが見て取れた。

私はそんな様子を無視して、彼の手を取る。


「ちょっと来てっ!!」


 無理矢理引っ張るようにして、元居たところへと走り出す。

こんな時なのに、ドキドキと胸が高鳴っていた。






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