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残されたもの11


 気がつけばすっかり暗くなっていた。

私は空を見上げる。昨日道中を照らしてくれた月が、今日も私たちを見下ろしている。

ゆっくりと視線を下げていくと、水面にその光が映り、揺れていた。きらきらと波を照らしている様子は、故郷の湖に映る月明かりに似ていて、でも波の分だけ違う。故郷で見る水面の月はもっと丸く、静かだ。

 石を組んで作った簡易な竈は、焚き火と大して変わらない。

その前に座っていた私は、腰を上げ、薪を一つ追加する。ぱちぱちと爆ぜる小さな音と、打ち寄せる波のざざーっという音が静かに続いている。


「……」


 少年をテントの中に運んで行っていたセシルが戻ってきた。

無言のまま私の隣に腰を下ろす。

カイは泣きつかれて眠ってしまった。仕方もないだろう。嗚咽に混ざった言葉から察するに、襲撃を受けた際、親に匿われ、そのままずっと訳も分からず隠れていたのだから。段々に近づく火の気配に怯えながら隠れ続けるしかできなかったのだろう。その恐怖を思うと、こちらまで辛く泣きたくなる。


「お疲れ様。ありがと」

「いや。お前もな」


 言って、セシルは私と同じように焚き火の揺らめく炎を眺める。彼も、少し疲れたのだろう。私も、疲れた。

椅子替わりにしている木箱を、軽く引きずるようにして寄せれば、座り直す。相棒の肩に寄りかかる。

普段なら文句の一つでも言いそうだが、彼は何も言わなかった。

仕方ないな、という風に一つ肩が上下するぐらいに息を吸って、ゆっくり吐き出してから、そうすることで少しずれた私の体を片腕で抱く。自分の宵闇色のマントの中に私を招き入れる。


「……珍しく、優しいじゃないの」

「突き放される方がいいのか?」


 その方が良いならいつでもそうしてやるが、なんて言いつつ、しない。私はその物言いに小さく笑う。笑われたのが面白くなかったのか、セシルは少しむっとした顔になった。焚き火の光がそんな彼の顔を照らしている。


 私たちは聖騎士だ。でも、一人の人間でもあって。

辛い時、苦しい時、その全てを一人でなんて抱えきれない。そんなことをしたら、心が壊れてしまう。

聖騎士はその立場柄、生涯独身だった人が多いという。生涯一人の女性と添い遂げた養父のような人の方が珍しいのだ。あれは、養父の想い人が聖女であったという、類稀な幸運があったからこそだ。

それでも歴代の聖騎士たちが、人として最後まで生き切れたのは、きっと仲間の存在があったからだろう。苦楽を共にする仲間。

 神殿と零の聖騎士は、私を今世代の聖騎士とする際、同日にセシルも聖騎士にした。

同日に複数人の宣誓を行うことは、過去にさかのぼってもほとんどなかったという。

それでもそうしたのは、きっと私たちが聖騎士になるまでの間、戦乱期を聖騎士としてたった一人生き延びて、全てを背負い続けた師匠の愛だろう。

その重さを知っているからこそ、二人同時に宣誓を行い、支え合うことを期待したのだろう。


「十中八九、模倣犯、よね」

「……だろうな」


 ぽそりと言えば、肯定が返ってきた。

ん、と、私もその腕の中で頷く。

それ以上の会話は必要なかった。


 おそらく、集落単位での行方不明事件が起きていることが人々に漏れ始めているのだろう。

関係者に箝口令は敷かれている。それでも、人の口には戸が立てられない。人のいなくなった集落に元々出入りしていた商人や、近隣の者たち、その地に所縁がある者などが異変に気付き、その会話を聞いた者が更に他者に広める。

今はまだ、ほんの一部に断片的な情報が回っているぐらいだろう。だとしても、大々的に広まってしまうのも時間の問題だ。


「そろそろ決断しなきゃいけないのね」

「あぁ」


 実際に最終決断するのは私たち聖騎士ではなく、その上である女王陛下だけれども。

それでも、陛下が決断する時に立ち会う私たちもまた、当事者だ。

陛下の決断に必要な材料を集めているのも私たちだから。あの方一人に背負わせるわけにはいかない。


「……キツい、ね」


 ぽつ、と、こぼした私の言葉に、セシルはこちらを向かないまま肩を抱く手に力を籠める。

不器用な人だ。不器用で、真面目で、誠実。こんな時なのに、勿体ないな、なんて思う。こんな人と添い遂げたなら、きっと幸せになれるだろうに。


「どれぐらいの規模になると思う?」


 私の問いにセシルがこちらを向いた。腕の中見上げれば近い距離で視線が絡んだ。

でも、そこに甘さはない。しばらく、見つめ合う。思案していただろう間が空いて、小さなため息が降ってきた。


「……現時点では何とも言えない。ただ、パニックは間違いなく起こる。後はここから俺らがどう動くか次第、だろうな」

「そう、ね」


 彼らしい答えに、一つ、ゆっくり目を閉じ開きすることで、同意する。

おそらく彼の中ではいくつものパターンがあって、最大規模の予想も、最小規模のものも、かなり詳細に思い描かれているのだろう。

大雑把に、勢いとその場で感じ取ったものだけで動く私とは違う。緻密に計算し予測をもって駆け引きをできる彼を、私は言わないけれど頼りにしている。


「……」


 抱き合うようにして視線を絡み合わせたまま、私は目元を緩める。苦笑を浮かべる。

その黒い瞳に映った自分に、少しだけ安心して、目を伏せた。こつりと彼の胸に額を当てて。

体を起こす。そのマントの中から、抜け出す。


「とりあえずは、ここをこんなにしたやつを見つけ出してぶん殴ろう。すべてはそこからよね」

「……あぁ。それでこそ、我らが一の聖騎士だ」


 わざと不敵に笑んで言い切れば、セシルが幾分嫌味混じりな口調で言った。


「……だから、お前は目を放せないんだ」


 ぼそりとこぼされた言葉は聞かなかったことにした。




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