残されたもの9
その子どもは、カイと名乗った。
まだ十歳。バレーラに住む漁師の息子だそうだ。
海の民たちは少年の友人であり、村で起きた火事を消火してくれた上に、閉じ込められていた少年を助けてくれたのだという。
突然現れた私たちのことを遠巻きに見ていた彼らは、私が少年の火傷を治したことを見て取ると、安心したのか二名ほど残して去っていった。
カイは、海の民たちが敵ではないことを教えてくれた後は、村の様子をぼんやりと見ている。
本当は今すぐにでもこの村で何が起きたのかを聞きたいところだが、私もセシルもそれは出来なかった。
村の家屋は全て壊され、いくつかは燃やされまでしている。
私が少年についている間に、セシルが村中を確認したが、少年以外の村人は誰一人として残っていなかった。念のため私も探査の魔法で確認したが、今見えている少年と海の民二名以外は私たちしかこの村にはいない。
あちこちに残るのは略奪と暴力、破壊の痕。
まだ確認できていないが、おそらく村の小さな港に泊められた船も似たような状況だろう。
カイの傍らには残った二名の海の民が寄り添っている。確かにその姿は友人といえるものだった。
「セシル!」
姿が見えるところまで戻ってきた二の聖騎士を呼べば、門の方に向かいかけていたのをやめて、彼はこちらへと歩いてきた。
「どうした?」
「少し、カイの見守りを代わってもらおうかと思って。門の方行こうとしてたけど急ぎ?」
ちらりと視線を少年に向ける。カイは、少し前から漁港に向かう道の途中に膝を抱えて座ったままでいる。数歩分ぐらい距離を離したところにいる海の民たちも、少年も何も言わない。
ただ、海をぼんやりと見つめている。多分、感情がついていかないのだろう。こんな状況になってしまえば、きっと誰だってそうなる。
「いや、荷物を取ってこようかと思っただけだ。馬たちも呼び戻した方が良さそうだしな」
「あ、なるほど。それは確かにね」
瓦礫に腰を下ろしていた私は立ち上がり、門の方を見る。
馬たちはさっき放したばかりだからまだ近くで草を食んでいるだろうが、それでも放っておけばフォーストンの騎士団に戻っていってしまうだろう。そうなる前に呼び戻した方が良い。荷物だってこの後ここに屯留することを考えると、早めに回収した方がいい。
「そっちは?」
何をするために交代?と問われたので視線を男に戻せば、その目に少し心配の色が浮かんでいた。その様子に私は苦笑する。ふるりと首を振る。
「あぁ、村の結界を直そうと思ったの。結界石は置かれていそうだけど、この分だときっとあちこち綻びが出来てるでしょ」
心配するようなことじゃないよ、と、苦笑交じりに言えば、今度はセシルの方が「なるほど」と頷いた。
結界石に魔力をこめて行う設置型の結界は、広く使われる防衛の手段だ。
光の祝福を貰った者であれば司祭などでなくとも維持できるため、メンテナンスがしやすい。その分防御力は大したことがないが。攻撃されれば時間稼ぎにはなっても完全に防ぎきることは出来ない。それでも、ないよりは確実にマシだし、時間稼ぎ出来ている間に次の手も打てる。
設置にかかる費用も現実的なものなので、村や小さめの街などで魔物除けなどによく使われている。
「それは確かに俺がやるより、お前がやる方がいいだろうな」
「うん」
光と身体強化の二つの祝福を持つセシルに比べ、私は一つだけの代わりに多めの魔力と通常より強い光の祝福を持っている。本来なら司祭になる方はずだった素質だ。聖騎士としては異例のこの特性に合わせて司祭が使う神聖魔法についても修得している。
「んー……。ねぇ、セシル、彼らは私たちの言葉って多少は通じると思う?」
「どうだろうな。……ただ、お前が考えていることなら大丈夫じゃないか?」
「やっぱりそう思う? わざわざカイを助けてくれたみたいだし、多分信じて良さそうよね」
「あぁ」
セシルと並んで、少年と海の民の方を見ていれば、視線に気が付いたのか海の民の片方がこちらを向いた。白目のない目がじっとこちらを窺い見ている。
その目に、笑いかけてみる。すると、彼……か、彼女か分からない海の民は、隣にいた同胞に何か話し始めた。うーん、どう思われたのだろう。
「とりあえず、ここにしばらくいるためにはどっちも必要よね。野営する準備も必要だからさっさと動かないと。ここで唸ってても意味ないから、話しにいこう」
「俺もか?」
「うん、セシルも」
言い切れば、彼はため息をついた。
この人、昔から子どもだとか気を使わなきゃいけないような相手はあまり得意じゃないのよね。貴族相手とか大人相手なら、涼しい顔して大概のことはこなすのに。
そういうことが得意だったのは……。
つい思い出した懐かしい顔を、一度頭を振って思考から追い出す。
「ほら、二の聖騎士、そんな面倒くさそうな顔しない!」
「……お前、こないだの仕返しだろ、それ」
「ふふー」
にんまり笑ってやれば、ふんと鼻を鳴らされた。




