残されたもの8
私は片手を上げて、セシルに合図を送る。こちらからは見えないだろうが、セシルはしっかりとこちらを見ているはずだ。
一瞬合図のための動きで止まったものの、私は即座にそのまま門の中へと走った。
右手はいつでも使えるよう、マントの下で剣の柄に添えてある。
私が見たもの、それは破壊された家屋だ。
破壊されたり燃やされたりした家屋により門からも見えるようになった集落の奥の方、誰かがうずくまっている。その周りには何か青っぽいものが集まっている。
さきほど探査の魔法で確認した光は、この青っぽい何かだ。
外から見えた煙は、焼け落ちた家屋からたなびいていた。どうやらもう燃えるものも多くなく、種火に近い状態で燻っているらしい。
「ちょっとっ!!」
私の声に、青っぽい何かが一斉に反応する。振り返ったその姿に私は目を見開いた。
子どものような大きさだが、子どもではない。個体差のある青い髪は長く、小柄な体を覆っている。耳のあるところには大きく薄いひれのようなものがあり、その青い目には白目がなかった。
「海、の、民……」
思わず、私の口からはそんな言葉が零れ落ちていた。
海の民。まだ候補生の頃に教わった、グラーシア王国近隣に住む種族の一つ。人に近い姿を持ちながらえらも持ち、水中でも呼吸することが出来る珍しい種族だ。主に海中や海辺に生息することから、海の民、と呼ばれている。ただ、その姿以外はほとんど謎に包まれている。彼らは陸地の人々とほとんど交流せず、しかも独特な声をしているので彼らの言葉を解せる者がほとんどいないのだ。
「その子を放してっ!」
一瞬、思考を記憶に持っていかれるも、私は一呼吸のうちにこちらへと意識を戻す。海の民たちに囲まれているのは、まだ子どもだ。こちらはごく普通の人間の子どもに見えた。
マントの下、剣の柄に手を置いたまま、じりじりと距離を詰める。この集落で何が起きたのかは分からないが、たった一人ここに残されているあの子が保護対象なのは間違いない。
「……待ってっ、おば、さ、ん」
細くか弱い声が、言った。
地べたに座ったまま、動かなかった子どもは意識があったらしい。
ずっと項垂れていたが、ここにきて僅かに顔を上げていた。こちらを見て声を絞り出すも、そのまま体を大きく震わせながら、げほげほと咳込む。
私はその様子に慌てて走り寄った。海の民たちが私から逃げるように道を開ける。
咳込む小さな体の横に膝をつき支えてみれば、その子の簡易な衣服はぐっしょり濡れていた。見ればあちこちに火傷や切り傷がある。咳は、家屋が燃えた時の煙を吸い込んでしまったのかもしれない。冷えた体がぶるぶると震えている。
「おばさ、ん、あの子たちは……」
「待って、今、治すから喋らないで」
命の別条はなさそうだが、ひどく苦しそうだ。大きく咳込むと、その後にひゅーひゅーと辛そうな呼吸音が何度も続く。
まだ春も浅く昼間だってそこまで温かくはない。怪我だらけな上にずぶ濡れでは間違いなく熱を出す。
私は、その小さな体を抱き寄せるようにしながら、まずは生活魔法でその衣服を乾かす。
肌に貼り付いていた濡れた衣服が乾いたことで少し楽になったのか、震えが少し小さくなった。
私は、一度顔を上げる。海の民たちは、遠巻きにしながら、こちらを窺っていた。それ以上逃げる様子は今のところない。すぐに襲ってくる様子もない。ただ表情があまり変わらないから何を考えているのかはさっぱり見て取れない。
「リチェっ!!」
さっきの合図で追ってきたらしい男の声が飛んできた。怒号に近い。
その気迫に、海の民たちが更に数歩後退る。私は子どもを抱いたまま、片手を上げて、彼に背を向けたまま大丈夫だと知らせる。
「治癒の魔法をかけるわ。目を閉じて、出来るだけゆっくり息をしていて」
大丈夫よ、と、その子に声をかけると、こくりと小さな頷きが返ってきた。
私はゆっくりと謡うように呪文を唱える。視認できている場所以外にも火傷や傷がありそうだ。略式ではなく、きちりと正しく韻をふんでいく。子どもを抱き寄せている腕が、ゆっくりと淡く光り始める。
私に抱き寄せられている子どもは、私の言いつけを守って荒くなりそうな呼吸を頑張って鎮めようとしていた。
「……光よ、この者を照らせ
神樹よ、この者に生きる力を
正しき者に光の加護を」
そうっと、囁くように力ある言葉を唱えれば、子どもを包み込むようにしていた淡い光が、そのままその小さな体へと集まるようにしてやがて消えていく。
辛そうな呼吸音が、音を含んだものではなくなり、その剥き出しになった手や顔に見えていた火傷の赤みが消えていく。ふぅぅ、と、安堵に似たため息が腕の中でこぼれた。
周りを警戒しながら、セシルがすぐ横まできた。私は膝をついたまま顔を上げる。
「セシル、何か事情があるみたい。とりあえず彼らは敵ではないのかも」
いつでも剣を抜ける状態で、私の背を守るように立つ男に告げる。
「……敵じゃ、ないよ。僕の友達。助けてくれたの」
私の言葉を裏付けるように、私の腕の中の子が小さな声で言った。




