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残されたもの6


 土を踏み固められただけの街道を、月明かりを頼りに馬を走らせていたが、とうとう月が沈んだ。

魔法の明かりをもう少し強くしてやれば、このまま走り続けることも出来そうだが、予定通り休みを入れることにする。

私たちもだが、馬たちも疲れ果てさせてしまうと、いざという時に動けなくなってしまう。


 セシルが話していた野営地には誰もいなかった。

二人、黙々と野営の準備をする。……と言っても、馬を休ませ、小さな焚き火を熾したぐらいだが。

街道沿いには、大昔の街や村の跡地を利用したこんな感じの休憩場が所々にある。古く崩れかけた壁が残っていたり、場所によってはまだ使える井戸や家屋があることもある。ここは、木々の合間に朽ちかけた煉瓦壁が一部残っていた。強度を確認した後、それを背にして休むことにする。


「結界石の配置も終わった」

「お茶入れたよ。飲むでしょ?」

「あぁ、もらう」


 荷物から出した小さな鍋に湯を沸かし、そこに摘んだハーブを入れただけの素朴なお茶を、二人分のカップに注ぐ。壁に背を預けるように腰を下ろしたセシルに一つを渡せば、「ありがとう」と礼を言われた。

ちなみにハーブを摘んだのは昼間だ。フォーストンまでの道中で休憩を入れた時に見つけたので摘んでおいたのだ。


「……こういうところは、食堂の娘なんだよな」

「おばちゃんに色々仕込まれたからね」


 カップを傾けながら、しみじみと言うセシルに肩を竦める。鍋を片付けてから、私も隣に腰を下ろした。

お茶に使ったハーブは強く、どこにでも生えているものだ。昔、私があの家に引き取られる前、フォーストンにいた頃、姉と一緒に摘んで小遣い稼ぎにしていた、そんな素朴な花。まだ春が浅い今は花は咲いておらず、見覚えのある葉に摘んでみたものを、香りなどで確認した感じだ。

 カップを両手で包み、ふーっと息を吹きかける。白い湯気が空へと昇っていく。柔らかな香りが鼻をくすぐった。カップを顔に近づけ、湯気を鼻や頬で受ける。冷えた顔が少しだけ温められた。


「セシル、ありがとうね」


 背を丸めるようにして、お茶の湯気を顔に当てながら、ぼそり、言う。

横から小さく笑った気配が返ってきた。


「……すぐ行く、って言った時、止められるかと思った」


 サイルーンで知らせを受け、王都へ戻るところまではともかく、そのまま次の被害地であるバレーラに向かうと言った時、彼は止めなかった。普通に考えたら止められてもおかしくはなかったし、他は皆、編成する調査隊と一緒に行くべきだと言っていたのを、彼は黙らせた上で自分もついていくということをやってのけた。いつもなら真っ先に止めるのに。


「待てと言っても聞かないだろ、お前は」

「……そうね」


 「イノシシだからな」なんて言った男に、肘でツッコミを入れる。

読まれていたのか、軽くいなされた。可愛くない。


「……あいつの手掛かりがあるかもしれないと分かった上で、止めるほど俺も無粋じゃない」


 静か、だった。

夜の、私たち以外誰もいない野営地は、焚き火が時折ぱちりと爆ぜる音がするぐらいで、後は風の音しかしない。

寒さもあって空気が澄み渡っている。星空の下、ただ、とても静かだった。


「……ありがと」

「どういたしまして」


 いつの間にか空にしてしまったカップを地面に置いて、私はにじり寄るようにしてセシルとの距離を詰める。文句を言われないのを良いことに、ぴったりとくっつく。膝を抱いて座るような姿勢のまま、右にいる男に自分の左をくっつければ、目を閉じた。


「トゥーレは、きっと生きてる。死んでなんてない」


 私の呟きに返ってきたのは、肯定とも否定とも取れないような小さな吐く息の音で。

抱えた膝に顔を伏せる。小さく丸まって、勝手に寄り添った右側の温もりに、それ以上は自分からは求めないなんて意地を張って。一人では信じ続けられないのに、まるで一人で頑張っているような主張をする私は、多分傍からは子どものように見えることだろう。


「……なんていうか」


 小さくなっていれば、少し怒ったような声が聞こえた。


「あいつのことになると弱くなるな、お前は。普段、無駄に強いのに」

「……」

「無理矢理押さえつけて、力づくで俺のものにしたくなる」

「……何、言ってるの」


 むっとして顔を上げれば、切れ長の目がこちらを見ていた。

私が自分を見たのを確認して、彼は立ち上がる。どうするつもりなのかと睨むように見上げていれば、私の腕を掴んで引き上げた。強制的に立ち上がらせられた私の向きを変えさせその背後をとると、彼はそのままもう一度、今度は私を巻き込むようにして腰を下ろす。

気が付けば背後から抱き込まれるようにして座っていた私は困惑する。

背中が、肩が、温かい。


「寝ろ。夜明けには出発だろ」


 背後から耳元に囁かれた声はやっぱり怒っていて。

でも、分け与えてくれるその体温は、ひどく優しかった。



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