残されたもの5
セシルが食べ終わった頃、ジャックの使いが部屋を訪ねてきた。
こちらがすぐに発てるように、そして変に情報が漏れないようにという配慮なのだろう。手紙を受け取った。
「……おねえさんたち、ちょっと一瞬だけ待ってて」
ギルド員を案内してきたウェイトレスが、私たちがすぐ出る支度をし始めたのを見て言う。ギルド員が私たちを引き止めるなら分かるが、彼女が引き止める理由が思い浮かばない。ついさっき食事代はギルド持ちだとも確認したばかりだ。
「なんか、うちのばあちゃんが……」
「……あぁ、やっぱり聖騎士様だ」
個室の開いたままだった扉から、小柄な女性が入ってくる。前掛け等をしているその恰好からして厨房担当なのだろう。入ってきた女性は私たちの姿を見ると、目を細め感極まったように言う。
「え、えぇ、確かに私も彼も聖騎士だけども」
「え、そうだったの!?」
びっくりして声を上げたのはウェイトレスだ。自分でも声が大きかったと思ったらしい、慌てて口をおさえている。目で、そうなの?と問われて、私はこくりと頷いた。
ウェイトレスにばあちゃんと呼ばれた女性は、私たちの方まで来るとその皺だらけの手で、私の手を大事そうに握る。ゆっくりと揺らしながら見上げてくる。その目尻に光るものを見つけ、私は困惑する。どうやら、その困惑が顔に出てしまっていたらしい。ふふっと老女は笑った。
「昔ね、子どもの頃、聖騎士様に助けてもらったのよ。……私はもうなくなってしまった小さな村の出身でね。ここには嫁いできたの。もう、めっきりその色の騎士服を見ることはなくなっちゃってたけれど、今も聖騎士様はいたのね。……あの、大きな体の聖騎士様は、今もお元気?」
私や、セシルを見上げながら教えてくれた言葉に、私は目を丸くする。
「えぇ、大きな体の……ということは、零の聖騎士のことですね。もう前線には出ていませんが、元気ですよ」
驚いてすぐに反応できなかった私の代わりに、横からセシルが答えた。師匠は前世代の聖騎士たちの中でも体格の良い方だったと聞いている。目の前の女性の年齢も考えると、間違いないだろう。
「そうなのね。……ふふ、そうよね。子どもだった私がもうこんな年なのだもの。あの聖騎士様もとっくにおじいちゃんよね。よくお会いになるなら言伝をお願いできるかしら」
「いいですよ。なんて伝えたいんですか?」
「ではね」と、続けられたのは感謝の言葉と、そしてもし来られるならもう一度食事に来て欲しい、そうしたらたくさんご馳走を振る舞うから、なんて内容で。
急いでいるでしょう、と、遠慮しながらも教えてくれたのは、実は助けてくれた聖騎士と、体の大きな聖騎士は別の人であること、昔同じようにお礼が言いたくて呼び止めたら、助けてくれた聖騎士の話を懐かしそうに聞いてくれたこと、そしてその後、度々この店に寄っては思い出話をさせてくれた、なんてこと。
彼女が今も、助けてくれた聖騎士や師匠に本当に感謝しているのだと、言葉の端々にその感謝の気持ちが滲んでいた。私たちは、その一つ一つに相槌を打つように聞いて、最後に「承りました」と頷いた。
店を後にする時には、彼女とその孫のウェイトレスからは、道中で食べて欲しいと携行できる料理などを渡された。またの来店を待っている、なんてことばと共に、忙しい時分なのに店の外まで見送りに出てくれた。
「……セシル、師匠って本当に聖騎士だったんだね」
店から離れてから、ぽつ、と呟く。
私の、なんだか馬鹿みたいな言葉に返事はなくて、代わりに乱暴に頭を撫でられた。
「チビの頃みたいな顔になってるぞ。ほら、顔上げろ。一の聖騎士」
「うるさいわね。あー、もうっ」
指摘されて、ぶん、と、顔を上げる。
まさかこんなところで、師匠を知る人に会うなんて思わないじゃないの。つい、しんみりしてしまっただけなのに、この男はまた嫌味を言うし。
気が付けば日が落ち、暗くなってきている街を、並んで歩く。食事をした冒険者ギルド横の酒場から出て、商業ギルドでも結果を貰い、今は次の馬を受け取りに騎士団へと向かっているところだ。
「……いや、だってさ。私たちの前にいる時の師匠は、先生で……。本気で戦ってる姿なんてほとんど見たことなんてなかったし……」
「言いたいことは分かるけどな」
酒場で貰った包みを持ち直して、セシルが相槌を打つ。
「なんていうか、私たちと違って、聖騎士だったんだな、って」
私は自分の着ている騎士服を見下ろす。宵闇色のマントに白いスカーフ。薄鈍色のベースにした上着と鉄紺色のシャツ、黒いズボンとブーツ。聖騎士にのみ纏うことを許された配色の騎士服。
同じ格好をしているはずなのに、私たちは魔物と戦ったことは師匠たちの十分の一にも満たない。ましてや、その場にいる人を守るために戦ったことなんてほぼないに等しい。
ぼそぼそと言えば、ふん、と、荒めの鼻息が返ってきた。さっきより更に乱暴な手が私の頭をがしがしと撫でる。
「……ちょ、ちょっと! やめてよっ」
好き勝手乱された髪を慌てて手櫛で直す。
「戦い方が違うだけだろ。今、俺らはなんで寝る間も惜しんで駆けずり回ってるか、もう一度考えてみろ」
面倒くさい、と言い切られた。面倒くさいと言いつつ、ちゃんと相手をしてくれるところは優しい。悔しいから絶対言ってやらないけれども。
私は、はぁ、と息を吐き出してから、顔を上げる。
「そうね。戦い方が違うだけ。守り方が違うだけ」
「そういうことだ」
苦笑交じりの声に肯定され、私は頷いた。




