残されたもの3
ジャックといくつか世間話を交わした後、彼の執務室を後にし、受付に戻ると長身の男が待っていた。
同じ格好をしている私が言うのも何だが、隙なく聖騎士の騎士服を着た姿は冒険者ギルドの雰囲気に合わず、かなり浮いている。
「セシル、待たせた」
「いや、こっちも今来たところだ」
何だろう、このデートの待ち合わせみたいなやりとりは、なんて思っていれば、さっきの受付男がまた口笛を吹いた。ニヤニヤしている。……そう言えば、ジャックにあいつの態度が悪いと文句を言い忘れた。
「隣の赤い踊り子亭に。ジャックの奢りらしいから豪遊しよ」
面倒くさくなったので口笛男のことは放置して、さっさと歩き始める。セシルが小さくため息をついてついてきた。こっちも態度が悪い。
冒険者ギルドから出てすぐ右隣りにある赤い踊り子亭は、昔ながらの酒場だ。この荒っぽい街で創業百年を超えているというのだから立派な老舗である。その名の通り、踊り子のシルエットが赤いペンキで描かれた看板が目印で、大きく開いた出入口の前まで樽を利用した椅子やテーブルが並んでいる。そろそろ夕暮れ時なこともあって中々の賑わいだ。早くも酒の入っている連中が周りお構いなしに大声で話をしながら飲んだくれている。
「何人?」
酔っ払いを避けながら店内に入れば、胸を強調した服のウェイトレスがちらりと視線を寄越し、聞いてきた。短いスカートから尻尾がはみ出ている。獣人らしい。
「二人。ジャックに言われて来たわ」
「わかった。ついて来て」
隙間の少ない店内を器用に歩いていく彼女についていくと、奥の階段から二階へ案内された。店内を見渡せる二階の廊下を通って奥の一室に通される。
「おねえさんたち、お酒は?」
「ごめん、なしで。この後も仕事なの」
「了解。料理は平気ね?」
「えぇ、お腹ペコペコ。何でも食べられるわ。楽しみ」
さほど広くもない個室には、丸いテーブルと椅子がいくつか。一階の席に比べるとテーブルも椅子もしっかりした作りのものだった。二階の廊下には他にもいくつか同じような扉があったから、商談や密会などにも使われる店なのだろう。
要点をおさえて聞いてくるウェイトレスに答えれば、最後に、にっと笑顔が返ってきた。私の返事が気に入ったらしい。
「うちの料理は美味しいよ。とっておきを持ってくるから待ってて」
ごゆっくり、と言い添えて出て行った。ぱたんと扉が閉まる。見れば内側から鍵がかけられるようになっていた。店には鍵があるだろうが必要ならば客が閉めて良いということだろう。
私はその後姿を見送った後、マントと上着を脱ぎ、余分な椅子に掛ける。首元のスカーフを外して上着のポケットに押し込んでおいた。見ればセシルも同じようにしている。
楽な格好になって椅子に座れば、思わずため息が漏れた。動き通しだったからね。
「ジャックに、冒険者に行方不明者が出ていないか確認してもらってるわ。ここで食事をしている間に調べてくれるって」
「ふむ。こっちも似た感じだ。騎士団は特になし、商業ギルドにも顔を出してきた。分かる範囲で商隊や旅芸人などの情報も調べさせている。出る前にもう一度寄ると言ってある」
「了解。ありがと」
つくづく優秀な男だ。こっちは一件しか用事をこなせていないのに、二カ所済ませてきている。
ふと見れば彼の顔には眼鏡が掛かっていた。……どうやら面倒くさい相手でもいたらしい。私と同じ年、もういい歳のオジサンなのに、見かけはまだまだ若い。その見た目に惑わされて射程範囲内と判断するお嬢さんも少なくはないらしい。
「眼鏡」
なんとなく面白くなくて、ぼそっと指摘すれば、あぁとため息交じりの相槌を打って、彼は眼鏡を外しポケットにしまい込んだ。
「ねぇ、それ、本当に意味あるの?」
「ないよりはマシ、ぐらいだな」
椅子の背もたれに背中を預け、こきこきと首を傾けたりしている。
「みんな騙されたいのかしらね」
「……別に騙そうとしているわけじゃないんだが」
人聞きが悪い、と、文句を言われたところで、ノックの音がした。
「開いているわ」
「おまたせ、魚介のパエリアにサラダと串焼きの盛り合わせ、鶏の煮込みだよ」
扉を開けて、食欲を誘う香りと共にさっきのウェイトレスが入ってきた。器用に盆を三つも使って大量の料理を持っている。まずはジョッキに入った飲み物を、どん、とテーブルに置き、そのまま手際よく盆の料理を並べ始める。どれも良い焼き色がついていたり、彩り豊かで美味しそうだ。
「わぁ、美味しそう」
「どれもうちの自慢料理だよ」
取り分け用の小皿とカラトリーまできっちり並べて、空になった盆を三枚重ねる。彼女はちらりとセシルの方を見た後、私に笑顔で言う。
「しっかり食べてって、騎士のおねえさん」
どうやら彼女の目にはセシルより私の方が魅力的に見えるらしい。普通の騎士と間違われたようだが、まあそこはいい。聖騎士の制服を知らない人はなんだかんだと多いからね。
再び「ごゆっくり」と言って出て行った彼女が扉を閉めた後、勝ち誇った顔をセシルに向ければ、鼻で笑われた。
やっぱり、この男が一番感じ悪いな。




