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残されたもの2


 フォーストンに入ったところで、一度セシルと分かれることにした。

馬の手配を兼ねて騎士団にいく役はセシルが。情報収集のために冒険者ギルドに行く役は私が担当となった。

 別れ際に、私たちを乗せてよく走ってくれた馬たちに、ありがとうと礼をいって首筋を撫でてやる。

騎士団にいる馬たちは、その仕事上総じて聞き分けも良く、耐え強い子が多い。この子達も無理をさせて随分走らせてしまったのに、最後まで素直に従ってくれた。

 動物も人と同じ。頑張ったら褒められたいものだよ。

昔、そんな風に教えてくれたのは、動物とも心を通わす事が出来た幼馴染だ。

リチェだって頑張ったら褒められたいでしょ? なんて、とても分かりやすい言葉付きで言われた私は、頷くしかなかった。それ以来、私は人だろうが動物だろうが、同じように「ありがとう」も「ごめん」も言うようになった。私自身も言われたいからね。


「終わったらそちらに出向く」

「わかった。そっちをお願いね」


 馬二頭の手綱を引くセシルに言って、私はフォーストンの冒険者ギルドへと歩き出す。

一応、ここは私にとって一つ目の故郷だ。今となってはもう僅かだが知り合いもいる。

王都に比べると、少し、いや、かなり治安は悪い。目つきの良くない者も多いし、スリやたかりも結構いる。サイルーンとは違う方向に荒っぽい連中も少なくない。

私はその街を、敢えて胸を張り堂々と歩く。聖騎士の騎士服をきっちり着ている私の場合、変に警戒しながら歩くより、この方が絡まれにくいのだ。ほら、微妙に周りが距離を取ってくれる。


「忙しいところ申し訳ないけれど、マスターのジャックを呼んでくれる?」

「……ギルドマスターを、ですか?」

「えぇ。リチェが来たって言えば通じるから」


 記憶の中より幾分煤けた印象の冒険者ギルドの支部へと入り、つかつかと奥へと進めば、不愛想な受付の男に言う。

男はカウンター越しにこちらの顔を見上げてから、ゆっくりと視線を落としていく。胸の辺りで他より長めに視線が止まったのを見て、私は半眼開きで男を見下ろす。どこを見ているんだか。

やがて、服装でこちらの正体をなんとなく察したのか、「少し待て」とぼそり言い置いて奥に入って行った。宣言通り僅かな時間で戻ってくれば、くいっと首で奥の扉を示す。


「そっちの扉から中へ。入って左だ」

「そう、そこの扉ね」


 微妙に失礼な態度の男に、私も、ふんと軽く息を吐いた。

文句は後でジャックにでも言えばいい。代わりに意識して背筋を伸ばし、体を大きく見せながら歩く。扉の前でわざと長い髪を揺らして振り返る。唇をきゅっと引き上げ、「ありがと」と短く礼を言った。

見張るような視線を向けていた男が、私の表情と言葉に、ひゅぅと口笛を吹く。やっぱりジャックに文句を言おう。


 私は扉を開いて冒険者ギルドの奥へと入ると、言われた通り左へ進む。

すると、向かう先で扉が開いた。背は私よりちょっと高いぐらい。研ぎ澄まされたナイフみたいな痩せた壮年男が顔を出す。こちらを見つければ、嫌そうな顔をした。ジャックだ。冒険者ギルドフォーストン支部ギルドマスターは、古馴染みの私に表情を隠そうともしない。


「久しぶり」

「あぁ。……中で話そう」

「お願い」


 ジャックは何か言いかけてから、私の顔を見て一度口を閉じ、そう提案する。

冷やかしで来たわけじゃないと察したのだろう。彼は扉を広く開けて、中へと招き入れてくれた。

中には他に誰もいない。何代も使い続けているらしい古ぼけたソファセットと、執務机がいくつか。それに壁一面を占拠する本棚にはびっちりファイリングされた書類が詰まっている。


「秘書が出てしまってるから、茶も何も出ないぞ」

「えぇ、構わないわ。長居もできないから」

「また駆けずり回っているのかよ」


 仕草で促されたソファに沈むように座る。ずっと馬で駆けてきたから揺れていない座面にちょっと変な感じがする。掛けられた言葉に、まぁね、と肩を竦めた。


「ジャック、また一か所やられたわ。商業ギルド経由で知らせが来た。漁村のバレーラ」


 ここから南の、と付け加える。まだ箝口令が敷かれているがギルドマスターの彼レベルには既に通達が行っている。説明を省いて言えば、それだけでちゃんと伝わったらしい。テーブルを挟んで向かいの席に座った男の顔が一気に曇った。


「集団行方不明は北方だけじゃなかったのか」

「えぇ、今回は随分と南ね」


 今までの中で飛びぬけて南方だ、と、私は頷く。


「念のため、教えてちょうだい。こっちでは他には起きていないわよね? 村や辺境地の住民だけじゃなく、冒険者の一パーティがまるごといなくなったとか、そういうのも含めて」

「……村とかは今のところ聞いてないな。冒険者連中の方は……ちっと待ってろ。確認して来る」


 座ったばかりのジャックが立ち上がる。厄介なことを持ってきやがって、なんてボヤいていたけど、私のせいじゃないと言いたい。

荒い足音を立てながら足早に一度部屋を出ていき、そのままの勢いで分厚いファイルを持って戻ってくる。どかりと元の席に座るとテーブルに置いたそれを苦々しい表情でばらばらと捲り、「くそっ」と悪態をついた。顔を上げる。


「即答するには登録している人数が多過ぎる。うちの事務官に確認させて追って知らせるでいいか?」

「今から一時間以内なら、食事をとるからフォーストンにいるわ」

「……その後、現地に向かうってか。もう夜だぞ」


 そうね、と笑う。私の笑みを見て、ジャックはガシガシと頭を掻き毟った。


「わかった。間に合わせる。隣の赤い踊り子亭で食っていけ。俺の名前を出せばいい」

「ありがと。豪遊しとく」

「……ったく、お前が来ると碌なことがないっ」

「ごめんね」


 心にもない謝罪言葉を言えば、ジャックの顔がもう一段渋くなった。




ジャックはリチェの姉エマのことが好きだった幼馴染です。

彼の話は、短編集のep.35 「再会は甘くない」にあります。

 https://ncode.syosetu.com/n9890ju/35

ちなみに前作「食堂の聖女」にも第三章にて、姉妹にちょっかいを出していたいじめっ子として、ちょっとだけ出てきています。(笑)

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