少年の目にうつるもの
クリスの弟子、セティ視点です。
「セティ、課外授業をしてみましょうか」
いい子にしていられますか? なんて問いと共に師匠から言われたのはそんな言葉だった。
俺、魔導士セティは、星芒の賢者クリスの弟子だ。
年は十二。魔法学校を飛び級して卒業し、王宮魔導士になったものの周りに持て余されていた俺を引き取ってくれたのが、クリス師匠だ。
魔導師でありながら賢者の称号をもつ師匠は、神樹研究の第一人者だ。
師匠の師匠、星芒の魔導師ロドヴィックの名を継ぎ、さらに賢者とまで呼ばれるようになった師匠を、俺はとても尊敬している。並大抵のことでは辿り着けない域だと思うから。きっとそれだけ、師匠の本気は誰よりも強かったんだ。
「ねぇ、師匠。結局のところ『欠片』って何なんですか?」
師匠に連れられて行った先、サイルーンの集落で見ることになった一連のことがさっぱりわからなかった俺は、質問する。
集落の魔素による汚染、魔物との戦闘、魔素溜まりの浄化に、どうも普通じゃなかったらしい『欠片』の浄化。その後には予定していた調査もこなしたおかげで、結構疲れた。大人たちにとっても予定外のことだったらしく、所々困惑した顔をしていたのを見た。顔には出していないけれど、師匠たちも疲れたのかもしれない。
「セティは何だと思います?」
集落から帰りの馬の上で訊けば、質問が返ってきた。
俺は、うーん、と唸る。
神樹に関係あるらしいことは分かる、というか、普段の師匠との会話からなんとなく知っている。でも、正直、神樹自体もよく分からない。
俺が生まれる前は神殿では神樹を祀っていたらしい。今は聖女を祀っているけれども。なんでも、四十年前に具現化した神樹を見て、これは神様じゃなかった、ってなったらしい。
そもそも神様ってなんだ? って気もする。神聖魔法とかもあるけれど、今生きている誰も神を見たことがない。神聖魔法を使う時に呼びかける対象だって、神様じゃなくて「光よ」とかだし。
「……分かりません」
あれこれ持っている知識を総動員してぐるぐる考えてみたけれど、結局は白旗を上げるしかなくて、俺は降参する。不本意だったのが声に出たのか、師匠がくすくすと笑う。いい子いい子と頭を撫でられた。……くっ、子ども扱いされた。
「セティ、それでいいんですよ。僕も分からないから」
「え……」
「だからこそ、今日もここに来たし、ずっと研究しているんです」
返ってきた言葉に振り返れば、師匠は満足そうに笑っていた。
「セティは偉いですね。分からないことをわからない、と、ちゃんと認められる。素直に分からないと言える」
「当たり前だろ」
「それが、そうでもないんですよ。認められない人はたくさんいます」
ゆっくりと進む馬に揺られながら、俺はまた前を向く。馬上で変な姿勢をされると馬も歩きづらいって以前聞いたことがある。
「馬鹿だな。分からない、知らないって認めないと分かるようになれないのに」
「そうですね」
ふふっと師匠がまた笑った。
「真面目な答えを返すと、『欠片』が何であるかは今も分かっていません。神樹の一部ではないかと推測していますが、そもそも神樹はこの世界のものではないようですからねぇ」
確認したくても確認できていないのです、と、続いた。
「この世界に時々落ちてくる、異世界から来た物体。見た目はこの世界の樹木に似ているけれど、その特性は普通の樹木とは全く違い、だけど『栄養』を吸い上げて成長するらしいところは同じようです」
「その『栄養』が、魔素?」
「えぇ、どうやらそのようですね」
……その言葉に、俺は更に考える。さっき聖騎士のリチェは、黒くなった『欠片』を浄化して、透明にしていた。魔素を掃い、『欠片』も浄化する、司祭や聖騎士のリチェ。闇雲に手あたり次第『栄養』をかき集めて黒くなる『欠片』を綺麗な状態に戻せる浄化の魔法。
一行の先頭で、栗毛色の髪が揺れている。
騎士と同等以上に戦う能力を持ちながら、浄化の力も持つ、一の聖騎士。
魔物との戦闘中、二の聖騎士と共に最前列で剣を振るっていた背中は、頼もしく、しかも綺麗だった。
「師匠は、リチェが小さかった頃も知ってるんですよね? ……昔から、あんなすごかったんですか?」
「ん-……すごかったと言えばすごかったけれど、多分、セティが思うすごいとは違うかもですね」
思い出し笑いなのか、声にくすくす笑いが混ざっている。
「それってどういう……」
「小さい頃から神聖魔法がすごかったとか、身体能力的にすごかったわけじゃないって話です。その辺はごく普通の女の子でしたよ。とても元気で可愛いね」
「じゃぁ……」
何が、と訊いたところで、話題の聖騎士が振り返った。
「ちょっと、クリス! 弟子に変なこと教えるのやめてよ」
「ふふ、聞こえていましたか」
「そりゃ、他に誰も話してないし、これだけ静かなら聞こえるでしょ」
やめてよね、ともう一度言うその口調は師匠相手だからか気安く、ちょっと拗ねたようなもので。
怒られてしまいましたね、と、師匠が肩を竦める。
「えぇっと……?」
好奇心に負けて、師匠にちらり視線を向ければ、そうっと小声で教えてくれた。
「めちゃくちゃ諦めが悪かったんですよ。やるって決めたことは諦めない。小さい頃から、もぐらを捕まえるんだって言って何日も穴掘りしまくってみたりするぐらいに」
「え……」
それは、もぐらにとって、とても迷惑だったんじゃないだろうか。
ちなみに、しっかり捕まえていました、と、師匠が思い出し笑いする。
「クリス……?」
「はいはい。もうこれ以上は話さないから」
「まったく……っ」
前から飛んできたお小言に、そこで会話はおしまいになった。
俺は、改めて一の聖騎士の背中を見つめる。
ごく普通の女の子が諦めずに何かを目指した結果、こんなすごい聖騎士になったのか。
……なら、俺も諦めずにまずは師匠の背中を追いかけてみるのもありかもしれない。
第一章はこれにて終了になります。
次のエピソードから第二章が始まります。
引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。




