憧れのかたち
リチェの姉、モーゲンの食堂店主エマ視点。
「あらやだ」
手紙を受け取った私、エマは思わずそんな言葉を溢していた。
封を開け、開いた手紙に並ぶ文字は妹のもの。書かれている文は短い。
「母さん、どうしたの?」
「リチェ、またしばらく帰ってこられないみたい」
「ありゃ。誕生日だから今日はリチェさんの好きなものいっぱいだったのに」
「ね。リチェも楽しみにしていたのに」
本当に残念、と、言いつつ考える。すでに準備の一環として一部の食材は用意してしまっている。中にはそんなに日持ちしないものも混ざっているので、帰ってくるまで取っておくことは難しそうだ。
「ん-、リチェいないけど作っちゃいましょ。当日に帰れないって言われてもどうにもできないもの。ウィノナ、今日のメニューは予定通りいきましょ」
「はーい。そしたら煮込みの方やるね」
「お願い。私はグラタン仕込もうかしらね」
もう一度、娘のウィノナから「はーい」と返ってきた。
私は手紙をカウンターにおいて、厨房に入る。
そのまますぐ横の貯蔵室に行って、カゴにジャガイモをいくつも入れて持ってきた。
まずは芋を洗い、皮むきだ。洗い場でたらいに水を張ってしっかり洗う。ちょっとだけずるをして魔法で水はぬるま湯にした。まだ春も浅い。この時期の冷たい水は手にダメージが来る。あっという間に冷え切ってしまうし、手荒れもしやすい。
「それにしても、リチェさんも大変だよねぇ。年中あちこちに駆り出されてて」
横で塊肉を一口大に切り、炒め始めたウィノナが言う。
「同じ聖騎士でもリド爺はずっと村にいるのに」
「時代が違うのよ。それにリドさんはもう高齢だから」
それは確かにねーと、軽い口調のウィノナに、うん、と頷く。
養父はもう九十歳だ。エルフなどの長命種はともかく、人間でそこまで長生きは珍しい。村では一番の高齢だ。見た目はそこまで歳をとっているように見えないが、それでも一緒に生活していると老いは感じる。特にここ半年ぐらいは、眠っている時間がとても長くなった。いつか、朝起きてこなくなる日がくるのでは、と、少し不安に感じる。
「まあ、でもさ。リチェさん働き過ぎなんだよ。セシルさんも。全然帰ってこないもん。聖騎士でもなんでも、誕生日ぐらいは家に帰ってのんびりごはん食べられたらいいのにね」
「そうねぇ」
ウィノナの言葉に思わず、笑ってしまう。娘にかかれば聖騎士もそんな風に見えているらしい。本当に平和な世代に育ったんだなぁとしみじみしながら、丁寧に芋の皮を剥き、芽をとる。処理した芋は大きな入れ物にまとめておく。この後一気に薄切りにしなくては。
「……私、よく分からないのだけどさ。リチェさん、幸せなのかなぁ。結婚もしてないし、ずっと働き通しだし」
本人には聞けないけれども、と。
数年前に好きな人と結婚し、今は子育て真っ盛りのウィノナらしい感覚かもしれない。
手際よく野菜を切り、さっき焼き色を付けていた肉と一緒に煮込み始めた様子を横目に、私は私で芋の薄切りをし始める。数もあるし、それなりに薄く切らないとなので少しばかり手間がかかる。
「多分ね、あの子は結婚とは違うところに、生きていく道を見つけたのよ。」
なぜ妹が聖騎士を目指したのかを、私は知っているけれども。それでもそれを私が皆に話す必要はきっとない。多分、言葉で伝えようとしてもそう簡単に伝わるものではないのだから。
「幸せの定義なんて人それぞれだもの。ウィノナが今、子育てを頑張っているように、リチェはリチェのやりたいことを頑張っているのだから、それでいいのよ」
「……そういうもの?」
「うん、そういうもの」
薄切りにした芋を、バターを溶かした鍋に入れる。ヘラでゆっくり揺すりながら芋を炒めていく。ふんわりと厨房全体にバターと芋の良い香りが漂い始めた。
あ、やっぱり美味しそうと、ウィノナが言う。料理は匂いも楽しみの一部。一番美味しそうな匂いを嗅げるのは料理する人の特権だ。
軽く塩と胡椒を振り入れて、更に火を通す。
「ウィノナ、ミルクを持ってきて」
「はいな」
お願いしたらそこは素直な返事がきた。村の牧場から今朝届けられたばかりのミルクを、贅沢にとぽとぽ鍋に入れていく。バターで炒めた芋と混ざり合って、真っ白なミルクが優しいクリーム色に染まっていく。
「母さん、器にバター塗っておくね」
「あ、ありがとう」
どうやらウィノナの方は料理が煮込む段階まで来ているらしい。私がやろうと思っていたことを先回りしてやってくれた。大きなグラタン用皿にバターを塗り広げてくれている。これをやっておかないと焼いた後、皿に焦げ付いてしまうのだ。
「出来たよ。ここ置くね!」
「ありがとう。ちょうどのタイミングだったわ~」
厨房の真ん中にある作業台に置かれた皿には、内側にうっすらバターの色がついていた。これを見るとあぁグラタンを作ってるなと思う。自分で作っているのに変な感覚ではあるのだけども。
鍋を火から下ろし、置かれた皿に芋のクリーム煮状態になっている中身を入れていく。
薄切りにした芋が綺麗に器全体に重なるようヘラで均しておく。
「……ねぇ、母さんは幸せ?」
その上にチーズをたっぷりかけて……なんてやっていれば、横から娘が私の顔を覗き込んだ。
さっきの私の言葉が少しお小言めいた風に受け取れてしまったのかもしれない。
「幸せよ? 家族や村のみんなに毎日ごはん作れるし、好きなように生きさせてもらっている。何より帰ってきた人に、おかえり、って言えるからね。……でも、それは私が選んだ幸せの形」
言いながら、ふと思い出す。私がこの食堂を継いだ時のこと。私もこうありたいと思った養母の姿を。
学校から帰ってきた時に、必ずここにいて言ってくれた「おかえり」の温かさを。
「……ある意味、私もリチェと同じかもねぇ」
「え、どの辺が?」
全然違うじゃない、と言う娘に、ふふっと笑う。養父と違い、若くして亡くなった養母のことは、ウィノナはほとんど覚えていない。もし覚えていても、晩年の静かに揺り椅子でうたた寝している姿とかだろう。
私はしっかりチーズものせた皿に、粗びきにした胡椒も軽くかけて、オーブンに持っていく。察したウィノナがついて来て、オーブンの扉を開けてくれた。そこに皿を入れてオーブンを閉める。
このまましばらく焼けば、リチェの大好物なチーズたっぷりの芋グラタンの出来上がりだ。
養母に教わってから何十年も作り続けている、この食堂の定番の味。
「リチェさん、次はいつ帰ってくるのかねぇ」
「んー、出来たら早めに一度帰ってきて欲しいけれども。何かリドさんと約束もしていたみたいだし」
「そうだね。タロンも遊んで欲しいって寂しがってたしなぁ」
「……ウィノナも寂しいんでしょ?」
指摘したら娘が苦笑した。図星だったらしい。
「また、そのうち帰ってくるわよ。きっと行った先のお土産とか色々もって」
だから、私は帰ってこられるようここを守ろう。
「おかえり」って言葉がどれぐらい嬉しかったかを、私は知っているから。
前作と違い料理を出せるタイミングが全然なかった結果、こんなところにねじ込んでしまいました。(苦笑)
リチェとエマ、選んだ道は違うけれど、どちらも前作主人公グレンダの背中を見て育ちました。
幸せのかたちは、人それぞれ。
結婚も仕事も、自分で選んだ道ならばそれぞれに幸せなのではないのかな、なんて考えます。




