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憧れたのは……


 街の広場で吟遊詩人が歌っている。

手に持つのはリュート。かき鳴らしながら歌うのは、今ではすっかり聞き慣れた武勲詩だ。

おそらく小さな子どもでも知っている、新しい神話にも似た、聖女と聖騎士の物語。

王都の吟遊詩人に比べると、かなり粗削りだ。音程が怪しいところもあるし、歌詞もたまに間違える。

でも、情緒たっぷりに歌う様子は微笑ましく、何より低くよく響くバリトンは私の好みにばっちり合っていた。


 サイルーン。国境近くの地方都市。

鉱山が近くにあり、鍛冶が盛んなこの街は、力仕事に従事する者が多いのもあって、王都に比べるとかなり荒っぽい。街の中では些細なことで殴り合いの喧嘩が起きる。だが、性根がさっぱりしているのか、殴り合った後の仲直りも早い。ついさっきまで胸倉を掴み合っていた男たちが、ちょっと後には肩を組み、酒を飲み交わしていたりする。乱暴で怪我も絶えないが、にこやかに微笑みながら腹の中はどす黒い貴族のやり取りに比べると、私はこちらの方が好きだ。自分にも合っていると思う。


 昨日、あの後、私たちは集落で改めて調査を行ったが、『欠片』以上のものは特に何も見つけられずに終わった。全体を再度確認した後に、ゲイルの神聖魔法と、クリスの魔法をもって集落に再封印を施した。前回よりもさらに強固に結界を張ってきた感じだ。

また、再び魔素溜まりが出来てしまっては困るので、サイルーンの街より定期的に人を送り確認する手筈も整えた。

現状、私たちが出来ることはここまでだ。

念のための様子見で、そこまで整えた状態で数日サイルーンに留まっている。……また魔素溜まりが出来てしまっても私たちなら即座に対応できるからね。

でも、その待機もあと僅かだ。明日には王都に戻る。


 サイルーンの街の広場で、私はのんびりとベンチに座り、吟遊詩人の歌を聞いていた。

私の数少ない趣味の一つなのだ。こうして街で少し時間があると広場で人々の様子を観察をする。上手いこと歌っている吟遊詩人がいたら、そのまま一曲分聞いていく。

歌の上手い者、そうでもない者。声の良い者、しわがれ声の者。

楽器が上手い者もいれば、感情を声にのせて歌いあげる者もいる。

容姿が整っている者もいれば、何か悲しいことでもあったのかどこか欠損している者もいる。

それでも、どの吟遊詩人も聞く者を楽しませようとそれぞれに自分の持っているもので披露してくれる。

私は、そんな様子を見聞きしているのが好きなのだ。


「……一人は優しき乙女

 隠されし聖女 静かなる守り手 慈しむ者 光に包まれし者

 古き学び舎にて育てられし、清らかなる乙女

 掲げし錫杖より光の慈雨を降らせ

 長きに渡りただ一人、神樹より人々を守り続けた


 一人は雄々しき男

 神話の再来 聖斧の使い手 猛き者 王が一族に生まれし者

 幼き頃より際立ちしはその瞳の強さ

 鍛えしその体躯は雄神のごとく

 振るう剣は光を宿し、多くの魔と戦い祓った……」


 低くよく響く声が歌いあげているのは、他でもない、私の家族。養父母だ。

聖女と、聖騎士。

この世界を救った、二人。

とても近しいのに、私が憧れてやまない人たち。

 謳われているその光景を、私は四十年前、堅牢に守られた教会から見ていた。

あの日の二人の背中は、今でも覚えている。

守るために、覚悟した横顔を私は覚えている。

普段、顔を合わせる時は穏やかで、時に茶目っ気たっぷりだったり、ちょっと情けないところもあったりと普通の人なのに、武勲詩として歌われるようにまでなった伝説の二人。

ひょんなことから引き取ることになった、私と姉を愛情をもって育ててくれた両親。

 幼心に彼らに憧れた私は、自ら聖騎士になる道を選んだ。

苦しく厳しい道ではあったが、後悔したことは一度もない。

それでも、ふとした時に思ってしまうのだ。いつかあの背中に追いつける日はくるのだろうか、と。

……そして、私が本当に憧れたのは、あの二人の背中、どちらだったのだろう、と。


「……こんなところにいたっ 一の聖騎士!」

「ん?」


 ぼんやりと考えていたら呼ばれた。

見れば騎士のユノーが走ってくるところだった。


「どうしたの、そんな息せき切って」


 私の前まで来たユノーは肩で息をしながら敬礼する。

いや、こんな状態で敬礼は要らないのだけども。


「二の聖騎士がお呼びです! 至急領主館へ戻ってください」

「セシルが?」


 私は立ち上がる。他の者ならともかく、セシルが本当に必要なこと以外で私を呼ぶことは滅多にない。領主館での貴族の相手を押し付けたことを怒っている可能性はあるが、長い付き合いだ。それぐらいのことで騎士を使いにやってまでして呼び付けはしないだろう。彼が呼ぶなら確かに急いだ方がいい。


「良い歌だった。ありがとう」


 私は吟遊詩人の近くを通って、置かれた箱にコインを入れれば、「ありがとうございます」といい声でお礼を言われた。見れば左足が義足になっている。おそらく鉱山での事故か何かで足を失った後、詩人になることを選んだのだろう。


「頑張って。また聞きに来るわ」


 言って、マントを翻す。ユノーを伴って領主館への道を急ぐ。


「……ユノー、何があったか、知っていたりする?」

「えぇ。断片ですが」


 隣を歩く騎士がちらりと周りを窺った。声が潜められる。


「……王都から使者が。新たな被害が出たようです」

「……そう」


 私は気持ちを引き締める。僅かに歩調を速くする。


「詳しくは、あちらで聞きましょ。知らせてくれてありがとう」


 憧れる背中はまだ遠い。

それでも、走り続けるしかないのだ。

私は、一の聖騎士。

聖女から錫杖と名を賜った聖騎士、リチェルカーレ。

せめて、探求者の名に恥じぬ己で在れるよう、この先もまっすぐ前を向き、歩いていく――……




第一章これにて完結です。

ここまでお付き合いのほど、ありがとうございました。


リチェの物語、いかがだったでしょうか。

前作グレンダに比べて、即行動で走って行ってしまうリチェ。

主人公としては大変助かるのですが、仲間も私も置いて先に行ってしまいそうな勢いに慣れるまでは、書いていてちょっと大変でした。

中盤でやっと相方のセシル君も出てきてくれたので、この先は少しはマシに……なるといいなぁ。


お話は巻末のオマケを挟んだ後、第二章に続きます。

思いっきり引いている部分で第一章が終わってしまっているので、第二章はそこからになります。

新たな被害とはどんなものなのでしょうか。

リチェは幼馴染のトゥーレを見つけることが出来るのでしょうか。

そして、前作のリドルフィ並みに甘やかすタイミングを探しているセシルは果たして報われるのでしょうか。

良ければ、続きもお付き合い頂けると嬉しいです。


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