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憧れるもの31


 やがて。ゆっくりと視界が戻ってきた。

集落の奥側、家屋近くのなんてことのない空き地で、私は、ふぅ、と深く息を吐きだす。

目を細め、それから一度目を閉じる。

静かに呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと気配を探り、そこにもう凝った魔素がないことを確認する。


「浄化完了。終わったわ」


 振り返り、皆に宣言する。

好き勝手に翻弄された髪を左手でかきあげ、隣を見る。

私の隣では、司祭のゲイルが少しほっとしたような顔をしていた。


「お疲れ様」

「お疲れ様です」


 目が合えば互いに少し疲れた笑みを浮かべる。

浄化は疲れる。今日はさほど深いところまで潜らなくて済んだが、それでも本能に抗って魔素溜まりの中を進んでいくのはしんどいし、何度やってもキツい。出来ればやりたくない。

右手に持ったままだった錫杖を斜めに構え、左手をその柄に這わせると、本来の姿へと戻った。

一度振り、手に馴染んだ剣を鞘へと納める。


「……おい、リチェっ」


 強張った体を伸ばそうとした時、背後から鋭い声で呼ばれた。


「ん?」


 手前のところで待機していたはずのセシルが、すたすたと歩いてくる。

彼は私の肩に一度手を置きつつ、呪文を唱えている。その視線の先を追いかけるようにして見て、私は言いかけた言葉を呑み込んだ。

手に光を纏わせたセシルが、私より前へと歩いていく。魔素溜まりがあった場所の中心で止まった。ゆっくりと屈み、無造作に地面に転がっていた物を拾い上げる。


「『欠片』……」

「あぁ」


 さっきまで穏やかな笑みを浮かべていたゲイルも真顔に戻っている。

私はセシルの横まで行き、その手にあるものを覗き込み、振り返る。


「クリスっ! ちょっと来て!」

「はい」


 呼びつつその場で地面を確認する。『欠片』が落ちていた地面を観察する。……特に何もない、極普通の土に見える。私にはそれ以上は分からない。その辺はクリスがしっかりと調べてくれるだろう。

私たちの様子を見て察したらしいクリスもまた渋面になっていた。

こちらの様子がおかしかったからか、弟子は騎士たちと一緒に元の場所に待機させてくれたらしい。一度視線をやれば、少し不安そうな顔でこちらを見ていた。


「ごめん、ちょっとだけ待っていて」


 とりあえず説明もなしに言えば、気になるだろうに、それでもわかったと頷いてくれた。

視線を戻し、セシルの手元をもう一度見る。

クリスが観察できるように、セシルの手のひらに置かれた『欠片』は、今まで見たことのあるどの『欠片』とも違っていた。

 植物の……小さな葉の形をしているのはいい。『欠片』は大抵、種だったり葉だったりと植物を模した形をしている。私が今までに見た物も全てそうだったし、残っている記録でもそうだったと出ていた。

 違っていたのは、その色合いだ。通常魔素溜まりで見つかった『欠片』は黒く染まり、鉱物めいた硬質な光を跳ね返している。それを浄化すると黒さが抜け、僅かに緑がかった透明な水晶のようになる。

しかし、セシルの手にある今回の『欠片』は場所により黒い部分と透明に近い部分が混在していた。その合間の部分は深い蒼。


「……なにこれ、黒く染まる途中だったってこと?」


 思わず口に出して言うも、セシルもクリスも答えない。当然だ。彼らだって答えをもっていないのだから。

私はクリスを見る。彼、星芒の賢者は、現時点で最も神樹や『欠片』について知っている。セシルの前で『欠片』を見つめながら何か考えいてた彼は、こちらの視線に気が付いて顔を上げた。


「……もしくは、黒くなったものが浄化される途中だったか。……ただ、状況的に見てリチェが言う通り、染まる途中だった可能性の方が高そうですよね」


 その場にいる四人で額を突き合わせて『欠片』を見つめる。

少し距離が近いから、後で全員まとめてゲイルに浄化してもらった方がいいかもしれない。


「このまま持って帰って研究……というわけにはいきませんね。黒い部分がある以上、周囲を汚染してしまいますし。……ちょっとだけ待っててください。スケッチだけしてしまいます」


 言って、クリスが鞄からメモ紙と鉛筆を出す。セシルに『欠片』を持たせたままさらさらと描き始める。形をしっかりと写すように描き、染まった部分と正確に塗りつぶしていく。横で見ていたが画家顔負けの描写力だ。セシルに裏側や側面も見せてもらって、クリスは『欠片』を書き写し、走り書きのメモをたくさん残した後、顔を上げた。


「とりあえずはこれで。二の聖騎士、ありがとうございました」

「いえ。……リチェ、やれるか?」

「えぇ」


 セシルの問いかけに、私はこくりと頷く。

司祭のゲイルが少し済まなそうな顔でこちらを見た。気にしないの、と、首を横に振る。『欠片』を浄化できるのは司祭でもほんの一握りの者だけだ。なぜか私は出来てしまうが、ほとんどの司祭は出来ないし、聖騎士ではもちろん私しかできない。

魔力の多さではない何か他の原因があるらしく、守護盾や治癒などで活躍する者も浄化は得意ではないことも多い。逆に他の魔法はさっぱりなのに浄化だけ得意な者もいたりする。同じ光の守護でも、人により性質がかなり違うのかもしれない。


「セティ、『欠片』の浄化をするよ。見学したかったらおいで」


 思い出して、振り返り言う。

『欠片』が普通と違う状態であることは特に伝えない。まだ少年にそれを伝える必要はないから。

少年と一緒に待機してくれていた騎士二人と銀狼も寄ってくる。私はセシル以外に数歩離れるよう伝えた。皆が見える場所に移動したのを確認し、さきほどセシルが唱えていたのと同じ呪文を唱え、私も両手に光を纏わせる。

一度目を閉じて、息をついた。


「やるわ。ちょうだい」


 瞼を上げ、向かい合う位置にいる二の聖騎士に言う。

彼は私の顔を真正面から確かめるように見て、それから差し出した私の手に『欠片』をおいた。

私は手のひらに置かれた『欠片』を改めて見る。繊細な細工をされた輝石のようで、これはこれで美しいが、染まった黒さに少し落ち着かない。魅せられるのに本能的な恐怖のようなものも感じる。


「……」


 つい釘付けになりそうになる視線を断ち切って、両手で『欠片』を包み込む。

ここからは呪文は要らない。

一度息を吸い込み、止め、吐き出すのと共にゆっくりと手に力を籠める。意識を集中してその手に魔力を流し込む。

びりびりと暴れるように手の中の『欠片』が振動している。

私はそれを無視して、ぎゅぅと両手でそれを閉じ込め続けた。


 やがて、静かになる。

念押しのようにさらにもう少しだけ手に力を籠めてから、そうっと開いた。


「浄化完了。透明になったわ」

「お疲れ様です」


 ゲイルが先ほどと同じように言った。「ありがと」と笑みを返し、間近でこちらを見守っていたセシルに視線を上げる。


「魔封じの瓶を持っているからこのまま私が預かるわね」

「了解した。……それが良いと思う」


 腰のポーチから小瓶を引っ張り出す。

特別誂えの瓶を聖水に長い時間つけておくことで『欠片』の力を封じることのできるようにした、魔封じの瓶。そう言えば、これの数もそろそろ足らなくなってきていると報告が上がっていた。近いうちに対処しなければならないだろう。

『欠片』を瓶の中へと落とせば、ちゃり、と、軽い音がした。




リチェが思い出していた、始めて欠片を浄化したシーンは番外編にて書いていたりします。

もしよければどうぞ♪


▼▼▼

 https://ncode.syosetu.com/n9890ju/45

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