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憧れるもの30


 慎重に開始位置を確認する。

私もそんなに多く浄化の経験があるわけではない。神樹が切り倒された後は魔物や魔素溜まりも少ない。戦乱期を超えてきた世代に比べると、平和な時代を生きてきた私たちは圧倒的に経験量が足りていないのだ。聖騎士という立場から普通の司祭よりも多くその場に立ち会った私ですらも、まだ一桁。これがようやく十回目。

ここから、と決めた場所で念のため司祭のゲイルに視線を向ける。彼もこちらの様子を窺っていたらしい。同じ見立てだと知らせるように首肯してきた。


「セシル、ここから二歩ね」

「了解」


 振り返り、介添え役の二の聖騎士に言う。

私と同じ光の祝福を貰っているとはいえ、セシルに司祭としての素質はない。いや、逆だ。普通の聖騎士は浄化や治癒は行えない。光の祝福で得た力は魔を滅するために使う。私が聖騎士としてはかなりイレギュラーなのだ。本来なら司祭になるべき特性をもっていたのに、無理矢理聖騎士になったのだから。

私の言葉を受けて、セシルが指定した位置に立った。表情に変化は見えない。澄ました顔でごく自然に立っているが、彼もまた介助役の経験は多くないはずだ。昔から感情を隠すのが上手いから、実はこっそり緊張したりしているかもしれない。


「……」


 顔を上げ、改めて魔素溜まりを見る。過去の少ない経験を元に深さを計る。今回の魔素溜まりはそこまで大きくはない。しかも浄化を行う司祭役は二人だ。必要以上に深く潜る必要はない。安全に且つ、確実に浄化できるところまでで良いのだ。


「ゲイル、私たちはそこから更に三歩ね。この規模ならそれで足りるはず」

「承知しました」


 ゲイルが杖を抱えるようにして、隠しから小袋を出した。さらさらと自分の左手に呪い粉を出す。量を確認してから小袋をしまい、右手で杖を握り直した。

その様子を見守り、彼が前を向いたタイミングで「大丈夫そう?」と目配せする。「大丈夫です」と目で頷きが返ってくる。こちらももう一度頷きを返して、宣言する。


「始めましょう」


 暗く凝った魔素溜まり。勢い任せに私の剣圧を使って払うには、濃く、深い。

ゆっくりと確かめるように、三人一緒にまずは二歩、進む。

一度ちらりと右を見れば、こちらを切れ長の目が見ていた。「大丈夫だ」と、目で返事をする。

彼がすぐ横にいるのはここまでだ。この先にいけるのは浄化を行える司祭のみ。


 右手の錫杖を確かめるように持ち直し、私は前を向く。

一度目を閉じる。意識して、呼吸する。吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って……。

そうして一度、息を止めた。瞼を上げる。しっかりと、見据える。


 しゃん。


 右手を軽く動かせば、錫杖の輪が澄んだ音を響かせた。


「――――……」


 唇を開き、音を出す。

今の言葉ではない、今は意味を知る者もいない、歌。

司祭たちはその音を口伝で教わり、口伝で次の世代へと繋ぐ。

私の出した声に合わせて、ゲイルの太さのある声が重なった。

それに合わせて、もう一度錫杖を鳴らす。


 しゃん。


 ふわり、風もないのにマントが空気を纏い膨み、揺れた。

栗毛色の髪が、マントと一緒に舞い始める。

浄化のためにゆっくりと己の中の何かが周囲に溶け出しているのを感じる。


 しゃん。


 歌を止めずに、私は一歩踏み出す。

一拍置いて、ゲイルが続いた。

肌がちりちりと何かに反応している。本能的な拒絶に一段階体が重くなったような気がした。


 しゃん。


 もう一歩。一段階、視界が暗くなる。

ねっとりと瘴気が濃くなったのを肌で感じる。微妙に呼吸しづらい。

じりじりと何かに焦がされているような感覚に、体の至るところで鳥肌が立ちはじめた。

寒さとは違う、なにか嫌なものを見てしまった直後のような、ぞわりとした感覚に、怖気づきそうになる。


 しゃん。


 さらに、一歩。

息苦しさを感じても、歌は止めない。

掠れようとする声を腹で支える。その私の声を支えるようなゲイルの声が横から聞こえた。

ねっとりと質量をもつ瘴気に逃げ出したい衝動に駆られる。

これだから、こちらの浄化は嫌なのだ。剣圧で圧し切れるならこの感覚を味わわずに済むのに。


 しゃ、しゃん!


 まだ、行こうと思えば行ける。でも、今はここまででいい。これで足りる。

手にした錫杖で、力強く大地を二度、叩いた。

それを合図とし、ゲイルが呪い粉を巻き散らす。

私は、ほんの一瞬に息をしっかりと吸い込み、声を張る。


「――…… 

 ここは生あるモノの場所。

 風とめぐり、水に育まれ、

 火に教えられ、地へと還るモノたちの場所。

 闇に許され、光に守られ、

 健やかなる命のための場所。

 光よ、この地を照らせ。祝福を……!」


 しゃんっ!!!


 私の声とゲイルがまいた呪い粉を触媒にして、ぶわりと光が噴き出した。

圧をもった光にバサバサと私のマントが、髪が、聖騎士の騎士服がなぶられる。

眩しいのに、けして目を射ることのない、聖光。

息苦しいほどに重く淀んだ魔素が、その光に押しやられるようにして一気に霧散した。



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