憧れるもの26
集落の前まで来れば、そこで立ち止まる。
報告にあった通り、集落の門は正しく閉じられていた。神聖魔法による結界もそのまま残っている。
問題なく、閉じられている。周辺調査を行ったメンバーが立ち去った時そのままの状態で封じられている、はずの状態、なのに。
「淀んでいるわね」
私は現状に、すぅっと目を細める。
門の向こう、ここまで近づけばはっきりと分かる魔の気配。探査の魔法では、羽虫やネズミサイズの魔物と、それよりも大きな、いまいち輪郭の分からない何かがいると表示されている。
振り返り後ろに続くメンバーを見渡せば、皆、少し硬い表情をしていた。
それも仕方ないかと思う。聖騎士の私やセシル、それに神樹の件より前から冒険者であったクリスはともかく、今は、魔物に遭遇したことがある者の方が少ない世の中だ。
騎士や司祭たちも対魔物の訓練はしていても、実戦経験など一回あるかどうかだろう。
「手筈は先に説明した通り。特に変更なし。何か確認したいことは?」
ゆっくりと視線を巡らせ、全員と目を合わせる。
緊張の見える顔だが、一人ずつ頷いたり小さく笑んでみたりなんて形で反応が返ってくる。
最後に横にいるセシルを見れば、いつも仏頂面で少し偉そうに頷いてきた。
「よし、いこうか」
両開きの門の真正面に立ち、ゆったりと構える。
ユノーとレオン、騎士二人が門の横へと移動した。司祭のゲイルが呪文を唱え始める。
クリスは片手には杖を構え、逆の手は弟子のセティの肩に置いた。彼らを守る位置に銀狼がのそりと立つ。
口の中で神聖魔法をいくつか唱えれば、ふわりと体を包む大気が数度温度を上げたように感じた。自己強化の術が齎す、よく知った感覚に勇気づけられる。
私の右側にいる、二の聖騎士に小さく頷きを返す。
「開門っ!」
喉を開けて、太い声を出す。
私の声を受けて、司祭が門に施していた封印を解除する。騎士たちが両開きの門を勢いよく開いた。
視界を遮るものがなくなって、集落の内部の様子が見える……ようになったはずなのに、薄暗い。小さな広場の奥の方、何かが凝っているのが分かる。
私は、腰を落としさらに呪文を唱える。右手が剣のグリップを確かめるように握り直す。
「戦闘開始っ!!」
呪文を唱える私の代わりにセシルが宣言した。
それと同時に、私は走り出す。鞘から抜いた剣が淡く光を帯び始める。左手が右手が抜いた剣を支える。
「……はぁぁぁっ!!!!」
光を纏った細身の剣が、眩い軌跡を残した。
空間を切り拓くような斬撃に、凝る瘴気が斬り払われた。奥の一部を残して薄暗さが一掃され、集落内部の様子が露わになった。
一気に広場途中まで走り込んだ私に、魔物たちの視線が集まる。
予想していた通り、細かな羽虫型の魔物が一斉に向かってくる……っ。
「光よ、我らを守れ、守護盾っ!!」
背後からの声。ゲイルが私の前に光の盾を具現化させる。
それに阻まれた魔物たちを、一拍遅く走り込んできたセシルが剣圧をもって撃ち落とした。
目の前にあった障害を取り払った私は、その奥にいるモノを視認する。
「……なんで、あれがいるかなっ」
つい、吐き捨てるように悪態をついてしまった。
両手で剣を握り直す。
「……昔、一度、戦ってみたいって言っていなかったか? 良かったな、念願叶ったな」
「全然よくないわよっ」
候補生時代の浅い発言を掘り起こされれば、噛み付くように返す。
「敵、中型無形一体、極小多数! 戦闘陣形予定通り、セシル以外は前に出るな! クリス、ゲイル援護をっ!!」
じり、と、間合いを計るように奥の敵との距離を詰めながら指示を出す。
後ろから、「はい!」とか「了解!」といった応えが飛んできた。
「まずは広場の真ん中までおびき出すわよ」
「承知した」
早口で言えば、私と同じように剣を構え直した二の聖騎士が応じた。
私は一つ意識して深く息を吸い込み、吐き出す。止める。
ぞわぞわと肌に感じる悪寒に似た気配。本能的な恐怖に震えそうになる腕を力を籠めることで止める。
視界の先、黒い魔物……神樹が具現化した時に現れたという、大きな葉を模したものが、次第に姿を変え始めていた。
その表面で黒い管のようなものがうねうねと動き、大地に突き刺さったたまご型の葉が、ゆっくりと厚みを増し、膨れ上がるようにして蠢く様は、気持ちが良いものではなかった。
魔物の気配に合わせて、生理的な嫌悪感を覚える。あれはこの世界にあってはならないと強く感じる。思わずえずきそうになるのを、ぐっと堪える。
「嫌な形になろうとしてるわね」
「あぁ」
変身している間は攻撃しても意味をなさない、ダメージは与えられない。
そう教えてくれた先人たちの凄さを、改めて私は噛みしめる。
あれと、師匠たちは戦ったのか、それも囲まれるようにして。
憧れた背中は、まだ、遠い。
それでも――……。
魔導師と魔導士、こっそり使い分けています。
クリスは魔導師。セティは魔導士。
魔導師は称号のようなもの。魔導士は職業、なんて風に感じ取ってもらえたら。




