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憧れるもの24


 私たちは、サイルーンにもう二日足止めされることになった。

馬でモーゲンからこちらまで走ってくる時に感じた風は、雨雲を運んでくるものだったらしい。

夕方ぐらいから空模様が怪しくなり、あれよあれよという間に酷い雨になってしまった。

集落周辺の探索をさせていた部下たちは土砂降りの中、サイルーンに帰ってくることになった。

朝一で王都に走らせた騎士の一人が、応援を連れて戻ってきたのも同じ頃合いだった。

『あれ』の存在を相談したくて、星芒の賢者クリスをこちらに呼び寄せたのだ。

 多少天候が荒れていても、整備された街道のおかげで王都とであれば行き来出来るが、現場となった集落とはそうもいかない。

サイルーンから集落までの道は細く、途中谷川を渡らねばならない。小型の馬車なら辛うじて通れる橋がかかってはいるのだが、この悪天候の中、その橋を渡るのは危険すぎる。

仕方なく、私たちはクリスを交えた現地確認を延期し、領主館に滞在せざるを得なかった。

 それに喜んだのはサイルーンの領主をはじめとした人々である。

これ幸いとばかりに会食の席を設け、こちらの情報をあれこれ引き出そうとする。挙句には茶会に招待するなどと言われたが丁重に断った。そんなことをするために来たわけではないと告げれば、作った笑顔のまま謝罪されたが、翌日また誘われた。……こういうのがあるから、本当は領主館ではなく街の宿屋に泊まりたかったのだが、状況的に私に選択権はなかった。

 そんなわけで、ようやく風が止み再度現場に行けるようになった時には、まだ小雨が降っているうちに領主館を出ることを決めた。横でセシルが何か言いたげだったが言わせなかった。言わせてたまるものか。


 霧のような雨の中、細い道を馬で進む。

調査用に来ていた部下たちの一部は既に王都に戻している。サイルーンでの作業を任せてきた者もいるので、今回同行しているのは少人数だ。クリスとその弟子の魔導士、司祭が一人と騎士が二人、それにセシルと私。暁の風もごく当たり前の顔で私の横を歩いている。

数日前、一人で暗い道を行った時とは随分と違う行軍に、私はこっそりと苦笑する。雨天とは言え昼間で明るいこと、それに頼ることが出来る仲間がいる。一人ではないという事実は、こんなにも心強い。


「確認が終わったら再びここは閉鎖だね。残っていた馬たちはサイルーンに一時的に預けたんだっけ?」

「うん。あのまま二頭だけ、人の居なくなった集落においていくわけにいかないからね」


 クリスにいつもの口調で訊かれて、私も村にいる時のような調子で返事をする。

クリスとも長い仲だ。

私が幼い頃、駆け出し冒険者だった彼は仲間と共にモーゲンにあのカエルの討伐にきた。今では星芒の賢者なんて仰々しい二つ名を冠しているが、私からすると昔から変わらない、ちょっと気弱でお人好しな魔導師殿である。


「これで六カ所目か。……そろそろ民間にも本格的に告知しなきゃだろうね」

「そこは王都で各所と相談しつつね。王立魔導宮側の調整はお願い」

「はいはい。……らしいよ、セティ」

「なんで俺に振るんですか。自分でやって下さいよ」


 クリスの馬に相乗りになっている弟子の魔導士が嫌そうに言う。


「だって、セティの方がそういうの得意だからね。僕がやるより手際いいでしょ」

「それはお師匠様がお人好し過ぎるからです!」

「そうかなぁ」


 まだ少年の弟子の言葉にクリスが苦笑する。賑やかな魔導士師弟のやり取りに私も笑う。


「クリスは昔から仕事を押し付けられることが多かったもんね。良かったじゃないの、押し付けられた仕事を片付けてくれる人が出来て」

「リチェさんも! 俺は召使いじゃなくて弟子!」


 あはは、と声を出して笑えば、セティがふくれっ面になった。クリスが、ごめんごめんと謝りながら弟子の頭を撫でている。孫ほどの歳の差もあって可愛くて仕方ないのだろう。

神樹や聖女、神話についての研究に生涯を捧げているクリスは未婚で、若い頃も浮いた噂一つ聞かなかった。それでも本当は家族のような存在が欲しかったのかもしれない。

私も弟子を取るかなぁ、なんて、つい思う。

実家に帰れば、姪っ子やその子どもたちもいるけれど、あくまで親族であって自分の娘や孫ではない。家族ではあるが責任を取らなくていい立場なので、やっぱりどこか違う。


「あ、やっと雨止んだかな……? そろそろ雨除けの術を外そうか」


 クリスに言われて、空を見上げる。

彼の好意で一行全体に雨除けの魔法を使ってもらっていたのだ。水系の生活魔法を応用した新しい術で、名前そのままに多少の雨なら弾いてもらえる。雨具が不要になるのでちょっと便利だ。ただ、微妙に調整が難しくて私は使えない。今のところ魔導士の専売特許状態だ。


「本当だ。ありがとうね、セティ」

「どういたしまして」


 修行の一環として術の維持をしていたセティが、ちょっと嬉しげな顔になった。

私は全体に声をかけ、一度行軍を止める。

少年が術の解除を行う様子を皆で見守り……。




 ざわり、と、嫌なものを感じた。

私は咄嗟に顔をそちらに向ける。


「暁っ!」


 守護の狼の名を呼び、ちらりと確認すれば私と同じ方を向いていた。


「リチェ、どうしたっ!?」


 私と暁の風のただならぬ様子に、セシルが鋭く問う。

全員に緊張が伝わっていくのが分かる。


「……どうやら、和やかにおしゃべりしながら調査はさせて貰えないみたいよ」


 反射的に確認した方、まさにこれから向かおうとしていた集落の方を見つめながら、下唇を軽く舐めた。




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