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憧れるもの23


「それで、確認なんだが……」


 そう促して、セシルは私があの場で行ったこと、感じたことを全部吐かせた。

暁の風と一緒に『何か』から五メルテの距離まで詰めたこと、検討した結果手紙付きの鉛筆を投げ込んだことと、その手紙の内容、その後反撃のような酷い耳鳴りのようなものを感じたこと。そういったことを全て、だ。

現地では部下たちの手前話せなかったことなども含めて詳細まで情報を共有する途中、何度も渋面を作られる。そんな顔をされても、困るのだけども。あの場では『何か』が消えてしまう前に、何らかのアクションを起こす必要があったのだから仕方なかったのだ。

放っておけば、おそらく、また何一つ手掛かりを残さずに自然消滅してしまったことだろう。

どういう仕組みかはさっぱり分からないが、鉛筆を投げ込んだことで、あれが空間を歪ませ、触れた物をどこかにやってしまうような性質を持っていることは分かった。一歩前進だ。


「リチェ、いいか」


 いろいろ言いたいことを呑み込みまくって、最後まで私に話させた後、セシルはじとりと私の目を見た。静かに怒っている時の師匠に似た目つきだ。反論は許してもらえなさそうだ。


「次、あれに遭遇しても、一人の状態で触ってみようとするな」


 あの場で暁の風に言われたのとほぼ同じことをここでも言われ、私は「分かってるわよ」と渋々返した。


「絶対に、ダメだからな」

「分かったってば。私だって流石にそこまでは……」

「しないって言いきれないだろ」


 被せるように言われて、そうっと目を逸らす。……が、逸らしていることも許してもらえなかった。男の手が無遠慮に私の顎を掴み、強制的に目を合わさせられる。

そのまま、じっと睨まれて、つい相手と同じ眉間に皺を寄せた顔で見つめ合い。私の方が先に根負けした。


「あぁ、もう、分かったわよ。やるならあなたがいる時にする。これならいい?」

「やらない、とは言わないんだな」


 低めの不機嫌そうな声で確認されれば、そこは譲らない、と私も顔を顰めたまま頷く。


「一連の事件の原因らしいと分かった以上、最終的には触るなり何なりして、あれの先がどこに繋がっているか確認せざる得ないでしょ」

「あぁ、そうだな」

「そうなった時に、私以上の適任者なんていないじゃないの」


 神聖魔法を使え、自分自身で防御も治癒もでき、しかもそれなりに戦える。聖女から貰った祝福は今も私を守ってくれているし、特別誂えの聖騎士の制服もある。おまけに未婚で婚約者もいない。家族はいるが将来的に責任を持たねばならない相手は一人としていない。

つらつらとその辺りを話せば、大きなため息をつかれた。


「言いたいことは分かるが、分かりたくない」


 私を横に座らせ、肩を抱くようにして拘束している男は、ぶすりとした口調で言う。


「いいか、リチェ、このイノシシ女」

「何、喧嘩でもしたいの?」

「良いから、聞けっ!」


 語気を強められて、思わず口を噤む。


「やる時は必ず俺を巻き込め。単独でやるな!」

「……いない時にあれが出たらどうするのよ」

「当分、行動を共にする」


 ぼそぼそと言えば、被せるように返ってきた。


「聖騎士がずっと二人セットで動いていたら効率が悪いじゃない」

「今必要なのは効率性ではなく、確実性だ」


 悪足掻きのような言葉を無理に重ねれば、正論で切り捨てられた。

他に何か、と、考えているうちに、私の顎を掴んでいた男の手が上がり、そのまま私の口を覆う。

物理的に言葉を封じられた私は負けじと睨む。いっそ、噛んでやればいいだろうか。


「リチェ」


 こちらを言い負かすような勢いだったセシルの声が、ふっと静かになる。

私をがっしりと捕まえて、何も言えなくした状態で彼はぐっと眉を寄せる。深く深く眉間に皺を刻んだ顔は怒っているものではなかった。そんな顔で呼ばれた私の名前は、どこか切なさを含んだ響きをしていた。


「お前が、あちら側に行きたがっているのは分かる。どれほど行きたがっているのかも分かっている。……誰よりも、分かっているつもりだ」


 ゆっくりと、言葉を選んだと分かる早さで、男は囁く音量で言う。


「それでも、俺は行かせたくない。行くならせめて俺も連れて行け。あいつを探すお前の背中は俺が守る。置いていくな」


 肩を押さえつけるようにしていた手が緩み、そのまま静かに落ちるようにして背中に回る。口を塞いでいた手も外された。先ほどまでとは違い、抗えば簡単に外れる強さで背を押される。とん、と自然に額が彼の肩についた。ゆっくりと抱きこまれた。


「……師匠の惚気話を聞く時はいつも、なんて重い男なんだろって思っていたけれど、私もあなたも大概よね」


 私は小さく吐息を漏らし、苦く笑いながら囁いた。


「私はいなくなった幼馴染を諦められず、あなたはそんな馬鹿な女を放っておけない。それこそ、伊達眼鏡が必要なぐらい引く手あまたなあなたを縛ったまま、私はいつまでもあの子を忘れられない」


 どっちも本当に重いし馬鹿だわ、と嗤えば、彼は緩く首を横に振った。


「そんな風に言わなくていい」

「ねぇ、知っている?」


 彼の腕の中で聖騎士の私は問いかける。


「あの武勲詩には、歌われていない一節があるの」


 私は、小声で人々の知らないその部分を歌ってみせる。


 それは、聖女を守り切った聖騎士が、聖女を娶り幸せになったという、なんてことのない詩。

世界を救った後の聖騎士が、その先も聖女を守り続けるために、わざと切り取り人々に教えなかった、短い一節。

何よりも、私が憧れた愛の形が、そこにあった。






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