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憧れるもの22


 たっぷりとバスタブに湯を張り、時間をかけて入浴をした後、用意されていた室内着をありがたく借りて、ベッドへと潜り込んだ。

そこから割とすぐに寝入ってしまったらしい。起きた時にはしっかり休めた後特有の爽快感があった。

 柔らかで温かなベッドに若干の未練を残しつつも抜け出し、身支度をする。

入浴の際に呼んだメイドに預けた騎士服は、ぱりっとアイロンまでかけてた状態で戻ってきていた。

身につけた私までなんとなく背筋が伸びる。浄化の魔法でも清潔さは保てるが、やはりこういうものは、人が手をかけてくれた物の方が心地いい。

ブラシで長い髪を丁寧に梳れば、ふわりと石鹸のいい香りがした。

仕上げに、鏡の前で色付きのリップを小指で唇にのせる。何度か上下の唇をすり合わせて馴染ませれば、くい、と、口の両端を引き上げた。先ほど敗北感を与えてきた鏡に勝ち誇った顔で笑んでみせる。


「……何をしているんだ」

「うわっ!?」


 声に振り返ったら、寝室と応接室の扉がいつの間にか開いていた。知った顔がそこに腕組してこちらを見ている。


「ちょっとっ! なんでそこにいるの!」

「何でも何も、呼んでも出てこないから見に来たんだが」

「レディの部屋に勝手に入らないでくれる?」


 噛み付く勢いでレディなんて単語を出せば、はんっと鼻で笑われた。

長身の男は、遠慮する様子もなく部屋に入ってくる。私は鏡から向き直って、そんな彼を迎える。


「粗方話はつけてきた。お前が見たものについては伏せてある。どうせ数日は部下たちを置いていくから、今までと同じ説明で済ませた」

「そう。ありがと」


 こちらと揃いの騎士服姿。薄鈍色のベースにした上着、黒いズボンに黒いブーツ。鉄紺色のシャツの首元には白いスカーフを巻き、その肩からは大きな宵闇色のマント。

近くに来れば女性にしてはかなり背の高い私より、更に頭一つちょっと高い。

黒髪に切れ長の目、今はそこに眼鏡が掛かっている。鍛えてあるのにどこかインテリ臭い容姿は、若い頃とあまり変わらない。

昔、目が悪いわけでもないのに、なぜ眼鏡をかけているのかと訊いたことがある。

すると、彼は厄介ごと除けだ、などと返してきた。どうやら、その容姿に寄ってくるご令嬢やご婦人除けらしい。「どれだけ自信過剰なの?」と私が言えば、残念なものを見る目で見られた。本当に失礼な奴だ。


「少しは休めたようだな」


 見上げる私の前で片手の手袋を外し、その手で私の頬に触れる。確かめるように目の下を親指の腹が撫でていった。


「お陰様で」


 わざとぶっきらぼうに言えば、また吐く息で軽く笑われた。

腹が立ったので、頬に触れて来ていた手を、ぺち、と払う。


「あなたは少しは休んだの?」


 礼の代わりに問えば、彼は軽く肩を竦めた。


「残念ながら。なので、少し場所を貸してくれ」

「頼めば別の部屋も貸してくれるでしょ」

「面倒くさい」


 怠そうに言って、こちらは良いとも答えてないのに、二の聖騎士は置かれていた長椅子に腰を下ろした。しゅるりと音を立てて首元のスカーフを緩める。眼鏡を外し、胸ポケットへと無造作に押し込んだ。

その様子に仕方ない、と、私もスツールに改めて座り直そうとしたら、彼はもう一度立ち上がり、私の手を引っ張る。


「……私、未婚なんだけど」

「俺も未婚だな」

「婚約者でもないのに、未婚の女の寝室で寛がないでくれる?」

「今更。どうせ周りからは会議してるようにしか見られない」


 強制的に長椅子に一緒に座らされれば、片腕で抱え込まれた。甘さはない。集落での仕草同様、勝手にどこか行かせないために捕まえている、といった拘束のしかただ。

私は口を尖らせて、ぶつぶつと文句を言う。


「……それに、全部知った仲だろ」

「……っ!!」


 ぼそりと耳元近くで言われた言葉に、思わず飛び退きそうになったが、彼の腕がそれをさせてくれなかった。私を抱え込んだセシルは、こちらの肩に額を置いて、はぁ、と、ため息をついた。


「少し休ませてくれ。というか、一人で走って行くな、このバカ女」


 悪態に奥に潜む心配させてしまった気配に、私は不貞腐れた顔のまま、「悪かったわよ」と可愛くない謝り方をした。




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