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幼き日の約束

リチェとトゥーレ6歳、春。


 ずっと、一緒に育っていくのだと思っていた――……。




「ねぇ、リチェ。ほんとうにせいきしになるの?」

「うんっ!!」


 元気よく頷いて見せれば、少年はそっかぁと小さくため息をついた。

私はそれがなんとなく気に食わなくて、問い返す。


「トゥーレは、わたしがせいきしになるの、いやなの?」

「そんなことないよ! ……でも」

「でも?」


 登った木の上から、少し下の枝に腰かけているトゥーレを見下ろし、私は眉を寄せる。

つい先日までは聖騎士になると言えば、「カッコいい! リチェならなれるよ」と心から応援してくれたのに、今は何か言いたげに表情が曇っている。


「……だって、べんきょうしに、おうと、いっちゃうんでしょ?」

「うん。デュアンみたいに、りょうにはいるんだって!」


 楽しみだと続ければ、ますます少年の眉はへの字なった。

それでやっと私はピンときた。ちょっと嬉しくて、ふふー、と笑う。


「もしかして、トゥーレ、わたしと、まいにちあそべなくなるの、さみしいんでしょー」

「……そうだよっ!!」


 違う、と言われるか、そうだよって言われてもいつもと同じ優しい笑顔が見られると思ったのに、トゥーレにしては珍しく強い口調で、そんな言葉が返ってきた。

木の枝に立っていた私は、思わずビクッと体が揺れて。慌てて近くの太い幹にしがみつく。

トゥーレも同じように幹に掴まって、座っていた枝から近くの木に移り、立ち上がった。しっかり私を見れる場所に立ったまま、じぃっと見つめてきた。


「リチェは、ボクとあえなくなっちゃっていいの!? さみしくないの!?」

「え…… それは、さみしい、けど……」


 でも、リドのおっちゃんみたいに聖騎士になりたい、と言えば、少年の目にじわりと涙が浮かんだ。

私は、お兄ちゃんだからと転んでも泣かないトゥーレの涙に、どうしていいか分からず、「え、あ、えぇと」などと、意味のない声が出た。


「リチェのばかっ おうとでもどこでもいっちゃえ!!」


 うあぁぁぁ、と、トゥーレが泣き出す。泣き出したまま、ものすごい勢いで木を下りていく。


「え、トゥーレ、まって!」


 言われたことに呆然としていた分だけ、私の方が遅かった。

慌てて動き始めた時には少年はもう地面についていて、そこからどこかに走って行くところで。私が地面についた時には、もう背中も見えなかった。

家に帰ったのかなと思って、彼の家を訪ねたけれど違ったみたいで、私はとぼとぼと自分の家に帰るしかなかった。




「そう、あのトゥーレがねぇ」

「おばちゃん、リチェ、もうトゥーレとあそべないのかな」


 ぐず、と、鼻が鳴る。

帰った先にはいつも通り養母のグレンダがいた。私の家は、村の食堂だ。厨房で忙しく働いている養母の姿を見た私は、なんだかすごく悲しくなって、手も洗わずに厨房に駆け込めば、養母の腰に抱きついた。

「こら、手を洗わないとダメでしょ、というか、厨房の中は危ないよ!」なんていつもの口調で叱られたけれど、しがみついて離れなければ、それで養母も私の様子に気が付いたらしい。

料理中の鍋の火を止め、よいしょ、と私を抱き上げてくれた。

厨房から出て、私を抱き上げたまま食堂の椅子に腰を下ろし、ぽんぽんと優しいリズムで背を叩いてくれる。どうした、と問われ、相槌に促されるままに話せば、養母は苦笑した。


「リチェは、どうしたい?」


 責めるでもなく、諭すでもなく。ただ、とても優しい声だった。


「トゥーレとあそべないのヤダ……」


 養母の胸にしがみついた状態で言えば、そうだね、とただその言葉だけが返ってきた。


「じゃぁ、どうする?」

「……なかなおりしたい」


 養母は、もう一度、そうだね、と言って笑った。




 翌日、養母と一緒にトゥーレの家を訪ねた。

そうしたら、私と同じような赤い目をしたトゥーレが、ノーラおばさんと一緒に出てきた。

私とトゥーレ、どっちも親から背を押されて前に出れば、じいっと私を見たトゥーレが唐突に頭を下げてきた。


「ごめんなさい!」

「ううん、わたしもごめんなさい」


 そんな私たちを見て安心したのか、養母とノーラおばさんが雑談を始める。

トゥーレは私の手を引いて、歩き出す。いつも通り遊びに行くと判断されたらしい。親たちが付いてくる様子はなかった。


「ねぇ、トゥーレ、わたし、きしがっこうにはいるけど、たくさんかえってくるね」

「うん。……ぼくも、ひとりでいけるようになったら、そっちにあそびにいくよ」


 手を繋いで歩き、昨日登っていた木のところまできたところで、トゥーレが止まった。

振り返って、もう片方の手も私の手を掴む。

向き合ったトゥーレは、ものすごく真面目な顔をしていた。


「ねぇ、リチェ」


 呼ばれて、私は瞬く。そんな私を見てトゥーレは微笑んだ。


「ボクとリチェはなりたいものがちがうから、ちがうところでべんきょうしなきゃだけど。……ボクは、リチェといっしょにいたい。まえもはなしたけれど、おおきくなったら、ボクのおよめさんになってくれる?」


 一生懸命に考えて言っているのか、ゆっくりゆっくりな言葉。

私と本当に一緒にいたいのだと分かる表情に、私も自然と笑顔になった。


「……そうしたら、りっぱなせいきしになって、トゥーレはわたしのだー!ってするね!」

「やっぱり、それはするんだ?」

「うんっ!」


 私の言葉にしょうがないなぁと笑ったトゥーレが近づいてきて。

ほっぺたに、ちょんとキスをした。


「うわっ!?」

「ふふふ」


 慌ててキスされた頬を手で覆ったら、楽しげにトゥーレが笑う。


「やくそくだよ」

「うん、やくそくした!」


 明日には私は王都の騎士団学校に入る。養父や養母とたくさん話して毎週帰ってこれるように手配してもらった。帰ってきた時にはたくさんトゥーレと話をしよう。たくさん一緒に遊ぼう。

私たちはこの村で大きくなっていく。

目指すものは違うけれど、そんなのは小さなことだ。だから、きっといつか本当に――……。





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